第4章 女神覚醒 Ep5 幻覚(まぼろし)Part2
観閲を終えたリーンは、独り部屋に閉じこもってしまう。
それは・・・彼女の元に起きた不可思議な出来事を知らせていたのだが・・・
戦車学校の観閲を終えたリーンは、王宮に帰ると一人部屋に閉じこもってしまった。
「副官補!おいっ、トア少尉。これは何とした事なのだ!」
赤栗毛をツインテールに別けた政務官補が武官室に乗り込んで大声をあげる。
「はぁ・・・ルマ政務官補殿。ワタクシにも判らないの・・・ですの」
しょんぼりした栗毛の少尉がうな垂れて答えた。
「むぅ?判らない・・・ですって?何か問題があったからじゃないの?
リーン宰相姫様が酷く落ち込まれているのには訳がある筈よ」
政務官補の位の方が上位なので、ルマが少尉に任官しているトアに上から目線で聴き咎めると。
「そ・・・それが。ワタクシにはトント・・・判りません・・・ですの」
うな垂れたままのトアが、首を振って答える。
「判らないって・・・それでお付の副官補が務まるとでも・・・」
更にしつこく訊こうとした時。
トアの瞳に涙が湧いているのが見て取れた。
「し・・・仕方ないわね。落ち着かれたら報告するように。
ユーリ皇太子姫様もご心配あらせられておられるから。
わかりましたね、トア副官補!」
ルマ政務官補は、それだけ言い含めると足早に政務官室へと戻って行った。
うな垂れていたトアはルマが去った後、立ち上がると宰相姫の私室に向いて呟いた。
「リーン様・・・どうなされたのですの?
戦車に乗られている時は、あんなにもはしゃいでおられたというのに・・・
輝く瞳でワタクシの顔を見詰めておられたのに・・・」
悲しげに顔をリーンの私室に向けたトアが手をぎゅっと握り締めた。
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「・・・あの娘の叫びが聴こえた。
闇に襲われているミハルの声が・・・聴こえた・・・」
ベットに横たわったリーンが呟く。
「何故・・・なぜ、ミハルの声が届いたの?
あの娘は今・・・どんな危険な目に遭っているというの?」
写真の中に居る愛しい子へ、そっと尋ねる。
「ねぇミハル。そこにはあなたを苦しめる者達が居るのね。
今直ぐにでもあなたの元へ行きたい・・・行ってあなたを助け出したい」
写真の中で微笑む少女の顔を撫でて、顔を歪ませる・・・心痛を表すように。
「でも・・・なぜミハルの声が聴こえたのか・・・
何故こうもはっきりとミハルの叫びが聴こえてくるのか。
今はもう、空耳なんて思えない。今は間違いなく聴こえるのよ・・・ミハル」
その時・・・
写真の中で微笑む少女の声がまた聴こえてきた。
<リーン・・・リーン・・・助けて・・・闇に呑まれちゃいそうだよ・・・>
微かな声が。
今はもうはっきりと耳に入ってくる。
「ミハルっ!どうしたというの?
今どうなっているというの?
あなたを闇に飲ませるなんて事、誰が出来るというの?
あなたの様な天使を誰が闇に貶められるというの!?」
耳を押えてリーンが叫び返す。
<リーン・・・私・・・この闇に捕えられちゃってるの。
この大いなる闇に・・・このままじゃあ身も心も・・・魂さえも奪われちゃうよ。
助けて・・・助けに来て・・・>
それは・・・信じられない光景。
リーンは我が目を疑った。
在り得ない光景が目の前に拡がった・・・
「う・・・嘘。ミハルっ!?」
身体に一糸纏わぬ姿のミハルが黒い触手に絡め獲られている。
<リーン・・・助けて・・・>
か細い声で助けを求めてくる少女の顔が苦痛に歪む。
「ミ・・・ミハルっ?やめなさいっ、ミハルを放しなさい!」
映し出された光景に向かって声の限りに叫んだリーンへ、
<リ・・・リーン・・・もう・・・駄目・・・>
触手に絡め取られたミハルが助けを求めて手を伸ばす。
「いやぁっ!ミハルっミハルゥッ!」
その手を掴もうとするが。
(( フッ ))
掴めると思った瞬間に、目の前から消え去ってしまった。
「・・・ミハル・・・本当の事なの?だとすれば・・・私はどうすれば・・・」
消えた光景に向かってリーンは悲しげに呟くしかなかった。
(( ドン ドン ドン ))
乱暴にドアがノックされる音で、漸く我を取り戻した。
「五月蝿いわね・・・誰よ」
気だるげにリーンがノックした主に声をかけると。
「あ・・・あの。トアですの・・・叫び声が聴こえたので・・・」
ドアの外に居る副官補の声が返ってきた。
「どうもしないわ!あっちに行って」
心配して駆けつけたトアの心情をも無碍にする言葉に、リーン自身が驚いた。
<私・・・どうしちゃったんだろう・・・こんな酷い事を言うなんて。
一体私の中で何が起きようとしているのだろう・・・>
心にも無い事を言ってしまったと気付いたリーンが、声を和らげてトアに良い直した。
「トア・・・ごめんなさい。入って・・・」
((かちゃり))
そっとドアノブが廻り、ドアを開けて少尉の副官補がリーンの前に進み来る。
「リーン様・・・訳を。
その涙の訳を・・・お教えください・・・ですの」
静かに語りかける少女の瞳は、深く悲しみに暮れていた。
まるで、全てを知っているかのように。
リーンが何を求め、何を知ろうとしているのか。
それがこの先のフェアリア・・・いや。
この世界に、どの様な影響があるのか・・・
トアの紅き瞳は、リーンの蒼き瞳を覗き込み涙の訳を訊いた。
リーンが何を求めようとしているのかを知る為に。
トアの紅き瞳が見据えているのは、其処には有る筈も無い魂。
それは知る者だけが判っている本当のリーン。
今、トアに知らされたリーンは過去の自分に気が付き始める・・・
次回 Ep5 幻覚 Part3
君は自分の中に在る力に気付かされる・・・そう、在りえべからぬ<神>の力に・・・