第4章 女神覚醒 Ep4 闇・・・再び Part6
変身したトアの眼に、起きたリーンの姿が映る。
慌てて魔闘衣を脱ぐトアにリーンの声が掛けられた・・・
瞬時にトアの姿が元へと戻った。
フェアリア近衛士官少尉の姿に戻ったトアが振り向き、
「あ、リーン様。お気付きになられましたのですの?」
何も聴かれてはいないと思いつつも、それとなくカマを掛けた。
「あのねぇ、トア。グランと何を話していたのよ」
リーンの声からして、魔獣との会話は聴かれてはいないようだった。
<ほっ>としたトアが、魔獣と目配せする。
「グランも。
私に聴かれてはいけない様なお話だった訳なの?」
ベットに横になったままリーンが2人に尋ねた。
ゆっくりと起き上がるリーンを観ながら魔獣と使徒が顔を見合わせる。
「いいえ、他愛ない世間話ですの。
ワタクシがどうして神の使いとなったかを、教えていたのですの」
トアはリーンから眼を逸らして2人が話していたある程度の事実を教えた。
「ふぅーん・・・そうなの。
私はてっきり私の事を噂しているのかと思ったわ」
((どきりっ))
トアとグランがビクリと身体を反らして、
「そ、そんな事ありませんっですの!
ワタクシの魔闘衣姿を見せていただけ・・・ですの」
慌てて言い繕うトアに、リーンは上目使いに見詰め。
「白い魔法衣・・・あれがあなたの闘う姿って事ね」
<観ていた・・・じゃん>
トアとグランがリーンの言葉に固まった。
「あ・・・あの。リーン様・・・いつからお聴きになられていたのですの?」
冷や汗を垂らすトアが恐る恐る訊くと。
「んー?私が神様だ・・・なんて言っていたけど。
そんな訳がある筈無いでしょ?
もし私が神様だったら・・・トアをぶっ飛ばしてやってるわよ」
あっけらかんとリーンが答えたので、グランとトアがヘナヘナと崩れ落ちる。
「?どうしたのよ2人共?」
2人の態度にリーンが小首を傾げて尋ねたら。
「リ・・・リーン様。私めはこれにて・・・失礼致します」
グランは居辛くなって、逃げの一手を打つ。
「あっ、魔獣さん!逃げるなんてひきょうですのっ!」
パタパタ羽根を羽ばたかせて逃げ出すマヌケな縫ぐるみを追いつつ、声を荒げるトアへ、
「そう言って逃げようとしているのは何処のどなたなのよ・・・」
リーンが呼び止めた。
「ひぃ!?リ・・・リーン様?」
振り返ったトアの眼に鋭い瞳のリーンが映る。
起き上がったリーンは傍にあった紅いリボンで髪を括りながら尋ねる。
「それでトア。
あなたは何故フェアリアに来たの?
どうして私の傍に居ようとしているの?」
どこから聴いていたのか。
どこまで知っているのか・・・解らないが。
リーンはトアに向かって訊いて来る。
「あ・・・ワタクシは。
産まれ故郷を失ったのです。
民に肉親を奪われし王家の人間・・・滅亡した王家の姫。
これが本当のワタクシの身分・・・貴族とは仮の身分なのですの。
身分を隠してリーン様に近付いたワタクシの願いは、東プロイセン王家の再興。
フェアリア王家の力をお借りして、再び彼の地に我が王家の旗を建てんと願い此処に居るのですの」
最期は俯いて答えたトアに、薄く微笑んだリーンが試すかのように言った。
「それで・・・トア。私に何をして欲しいというのよ。
私にプロイセンの内政に干渉しろとでも言うの?
東プロイセンまでも統一せんとする西プロイセン政府に恫喝しろとでも?」
両手の指をモジモジさせたトアが首を振って断った。
「いいえ、違いますリーン様。
産まれ故郷に王家を再興しても、国政には干渉するつもりはございません。
ワタクシ達、元王家の人間は名前さえ残れば良いのです。
東プロイセン王家の名籍さえ残せれば・・・滅亡の汚名さえ拭えれば。
それがワタクシの願い・・・お姉様への罪滅ぼしなの・・・ですの」
悲しそうに微笑むトアに、リーンが頷きながら答えた。
「そう・・・トアは国政を掌握する為とか、再び王家が統治するとか・・・
そんな事を願っている訳ではないと言うのね。
あなたの願いはささやかで清らか。
トアの想いはとても美しい・・・でもそれは辛く厳しい現実が待っているわ」
瞳を曇らせたリーンに、生き残った王家の姫トーアが尋ねる。
「辛く厳しい現実・・・これ以上無い程の悲劇を上回る出来事があるのですの?
肉親を奪われたワタクシに、未だ足らないというのですの?
これ以上ワタクシから何を奪うというのですの・・・」
トアが・・・その身の中に居る天使フォウの声を発する。
「教えてください。
ワタクシはどうすれば良いのですの?
王家の名を再興させる事さえも叶わないというのなら・・・
ワタクシはいつまで経っても<トア・フォウ>のまま。
東プロイセンの<トーア・プロイセン・ミュルン>には戻れませんですの」
トアが求めているのは自らが本名の復活。
フォウの寄り代たる娘の願い。
「トア・・・あなたは知っているかしら?
この世界は変わろうとしている事に。
私達王族が支配した世界は終わりを告げようとしている事に。
民主主義が王族たる者を退け、民達が新たな時代を造ろうとしている事に」
リーンの言葉に少女は首を振る。
「私達王族が支配していた時代は最早、終わりを告げようとしているの。
いずれこのフェアリアも民の力で政治が執り行われるでしょう。
その時、私達王家の者は一体どうすれば良いのか。
あなたと同じ運命を辿らないとは限らないの・・・トア」
首を振り続ける少女トアの涙が、頬を濡らす。
「だけどトア。
あなたの願う事は、私にも良く解ってるつもりよ。
あなたがフェアリアの力を借りてまで復興させたい気持ちも判る。
せめて喪われた名を再興させたいと想う事にも・・・」
リーンはトアの肩を抱いて諭す様に言った。
「私に出来る事といえば、トアが再び東プロイセンへ還れるように道を切り開く事位しかないの。
国境付近の騒乱を鎮め、緩衝地帯にトアの名籍を築く事。
これだとて、本当の意味の再興とは云い難い。
でも、それが私達フェアリア王家がトアに出来るたった一つの道しるべ。
東プロイセンのリラ姫様へ対して私達が贈る事が出来る唯一つの方法・・・」
トアはリーンの蒼き瞳を見詰めて涙ぐむ。
「リーン様・・・いつからワタクシの事を?
何故そこまでプロイセン王家の事をお思いくださるのですの?」
呟く様に聴いたトアに、
「私・・・ね。
あなたのお姉様、リラ王女にお逢いした事があるの。
この王宮の中で。
私の姉達だった罪人に・・・一喝してくだされた事を。
今でもはっきりと覚えているわ・・・」
リーンがウィンクしながらトアに教える。
「私とユーリ姉様が上の姉達に疎まれていた時、リラ様が仰ったの。
<<馬鹿者!姉が妹を足蹴に云う等以ての外!その様な姫が居る国とは国交は結ばない!>>
私・・・あの時観たリラ様の事。
決して忘れはしない・・・あのお方こそ王家の姫だと思ったのよ」
新たな涙が頬を伝う。
トアはリーンを見上げて微笑んだ。
「ありがとうございます・・・ですの。
リーン様とリラお姉様がお逢いになられているなんて。
ワタクシ少しも存じておりませんでした・・・」
姉の事を聴いて、心が休まったのか。
トアは涙を拭いて顔を挙げると、
「ワタクシの願いはリーン様に尽くす事。
今は・・・今はこれが願いなのですの!
トアの願いはリーン様の傍に居られる事なのですの!
どうかお近くに居させてくださいませ。
リーン様の為に・・・ワタクシの女神様の為に!」
大きな声で元気善く答えてから、足早に部屋から出て行った。
走り去るトアの後姿を見詰めたリーンが、耳に残る言葉に呟いた。
「女神様・・・かぁ」
その言葉に持つ意味より、自分の事をそう呼んでいた娘の事に想いを馳せる。
「ミハル・・・私。
私って・・・何者なのかしら?
皆が言う通り・・・神なのかしら・・・」
リーンは机の上に飾ってある一枚の小さな額を手に取った。
リーンはトアの想いを知り、心が少し和んだ。
だが、トアもグランも教えてはくれなかった・・・本当の事を。
自分が一体何者なのかを。
次第に気づき始めるリーン。
闇の中で苦しむ愛しい人を観た時。
何かが身体中で目覚め始めるのだった・・・
次回 闇・・・再び Part7
君は苦しむ想い人に手を伸ばす・・・だが、闇は再び襲い来る!