第4章 女神覚醒 Ep4 闇・・・再び Part2
リーンは夢を観ていた。
霧に霞んだ彼方で、その人は苦しんでいるように観えた。
だが、気遣うリーンの心配はトアの所為でそれこそ霧散してしまう。
「あ・・・まさか・・・」
霧が立ちこめる中、その人が居た。
「ミハル?
ミハルじゃない。どうしたというの?
どうしてそんな苦しそうな顔をしているの・・・」
目の前に立つミハルが苦しそうな・・・悲しそうな表情で此方へ手を伸ばしてくる。
「ミハルっ!?
苦しいの?辛いの?どうしたというの?
私にどうして欲しいの、助けがいるというの・・・あなたが?」
ミハルの能力を知るリーンもミハルを求めて手を伸ばす。
「ミハルを苦しめる相手がいるなんて・・・天使ミハルを苦しめる者がいるなんて」
霧の中で手を伸ばしてくるミハルに手を併せようとするが、
「ミハル、助けが要るというのなら今直ぐ私も往きたい。
彼の地で苦しむミハルの元へ・・・あなたの傍に・・・」
手を併せ様とすればする程、遠のくその手。
「ミハルっ!待っていて。直ぐにグランをそちらへ向わせるから。
あなたの下僕たる魔獣に向って貰うからね!」
霧の中に消え行く愛しい影に手を指し伸ばしながら叫んだ。
霞み行く視界の中、リーンの心は張り裂けんばかりに辛かった・・・
「リーン・・・リーン様。
お気付きになられましたか・・・ですの」
茶毛が揺れている。
「あ・・・心配しましたですの。突然倒れられて・・・」
紅い瞳が見詰めている。
「ここは王宮の私室ですの。リーン様のお部屋ですの」
トアが説明してくれている。
「今少し、御休みになられたほうが・・・宜しいですの」
ベットの上に寝ているのが解った。
ぼんやりとトアの顔を観ていたが・・・やっと気がついた。
「ぎゃあっ!?トアっ、また私のベットで寝てるのね!」
そう。
見詰められているだけならまだしも・・・
なぜか、どうしてなのか?・・・裸。
「どうして寝るのに裸になってるのよ!
パジャマくらい、着ておきなさいっ!この鮟鱇娘ぇっ!」
トアは問答無用の一撃で部屋の隅まで吹き飛ばされて・・・った。
「酷いですの~っ!介抱していても吹き飛ばされるのですの~っ?」
「え?・・・介抱?」
シクシク無く損な娘トアに、間の抜けた声で聞き返したリーン。
「そうですのっ、ワタクシ・・・無実なのですの!」
首を振り振り、必死に抗議するトア。
・・・・・。
物凄い沈黙が2人の間に流れた・・・
「リーン様ぁ、信じて下さい・・・ですの」
介抱していた事を言ったトアに、リーンの眼が吊り上がる。
「私はその事を咎めた訳じゃないの!どうして裸なのかを訊きたいのっ!」
ベットから起き上がったリーンが裸んぼうのトアに怒ると、
「それは・・・リーン様のベットに服を着たまま寝るのは失礼かと・・・」
((ギラリ))
「ひぃっ!本当は肌で温めて差し上げようと・・・ぎゃぁっ!ですのっ!!」
拳骨を喰らったトアが頭を押えて痛がった。
「あなたねぇ・・・本当に失礼なのは裸で一緒に寝る事なの!いい加減覚えなさいっ」
怒るリーンが、トアに言った後。
「でも・・・確かにトアの体は温かかった・・・
介抱してくれてたのなら・・・今回だけは赦してあげるわ」
少しだけ微笑んでトアの髪を撫でてやった。
「はい・・・ですの。次からちゃんと下着だけは着ておきます・・・ですの・・・って」
一言多いトアにリーンの拳骨がもう一度墜ちた。
__________
「そう言う事なのグラン。
私の夢でね、ミハルの身に危機が迫っているのが観えたのよ。
どう言う事なのかしら・・・あのミハルが・・・危ないとは考え難いけど」
椅子に腰掛けたリーンの足元に平伏す魔獣に問い掛けた。
「それは夢なのですか?予知夢と言われるモノなのでしょうか?
それだけでは私も答えようがございません・・・何か思い当たる節でも?」
グランは平伏せたまま顔を上げなかった。
「う~んっ、思い当たる事と言えば。
トアが一緒に寝てた位かなぁ・・・それで悪夢を観たのかしら?」
リーンが頬に指を当てて考え付く事を答えた。
「なる程・・・確かにそれは悪い夢でも観そうですな。
私があの娘を監視致しましょう。何を企んでいるのか解りませぬから・・・な」
グランは何故だかほっとした様に笑い声でリーンに応じた。
「うん・・・何を考えて私に近付いて来たのかも解らないし。
グランに頼ってみる事にするわ、お願いね」
「御意・・・」
リーンの命に頷いた魔獣は早速、トアの居る副官室に縫ぐるみの姿になって偵察に赴く。
ドアの隙間から中を覗き込むと・・・
「今度こそ・・・今度こそ。必ず気付かせてみせますですの・・・」
背中を向けて何かを造っているトアの姿が見えた。
<むむっ・・・こいつは。ちょうど良いタイミングで来たぞ。
きっとリーン様に何かを造っているに違いない。
もしも・・・災いを齎そうものなら・・・只ではおかないぞ>
様子を伺うグランが観ている事も知らずにか、黙々と何かを造っているトア。
「ふむふむ・・・ここでこれが・・・こう。
それからこのジャムを・・・これくらい・・・」
トアは独り言を呟きながら手元の本を参考に作っている様だ。
<・・・ジャム・・・だと?おいおい・・・それって?>
「ふふふっ!これで完成ですの。
今度こそ・・・美味し~いイチゴプディングの出来上がり・・・ですの!」
<・・・・はぁ?>
ずっこけたグランが眼を点にする。
「今度こそ・・・リーン様に褒めて頂くの・・・ですの!」
・・・・。
呆れ果てた魔獣が力なく呟く。
「確かに・・・リーン様の身に危害が及びそうだが・・・
ほっておこうか・・・な。死にはしないだろうし・・・」
魔獣が拍子抜けした顔でトアの後姿に呟いた。
<トア・・・その本は。多分・・・駄目だと想うぞ、闇のレシピだから・・・さ>
魔獣でも解る勘違いに、リーンを想って天を仰いだ。
「リーン様ぁっ!お茶に致しましょう!」
懲りもせずに現れた副官補へ視線を向けたリーンが。
「あのねぇ・・・毒見したのよね?
今度不味かったら・・・オシオキ倍増するからね?」
頷いたトアが、
「大丈夫れす・・・ちゃんとロク味しましゅた~っれちゅの~っ」
呂律が廻らない言葉で答える。
「・・・全然大丈夫じゃないじゃないの!
呂律が廻らないのは毒見したからでしょ?そんな危険物食べさせる気?」
リーンが怒り気味で聞き返すが。
「ワタクシ・・・じょこかおかしいれすの?
ちょっとイチゴが効き過ぎたぐらいですの・・・らいジョブれすの・・・」
全然言葉が普通じゃないトアが小首を傾げて、
「ほら~っ、美味しいですの。気絶しちゃうくらい、美味しいですの~」
揉み手を組みながらトアが迫る。
「ひいっ!そんな危険物を食べれるものですか!」
慌てて逃げるリーンに、ぐるぐる眼を廻したトアが用意したお茶菓子を無理矢理勧めた。
「リーン様ぁ、お逃げにならないで・・・ですのっ。
これは絶対美味しいの、ですの~っ!」
トアが逃げるリーンを魔法で掴まえる。
「こっ、こらっトア!こんな時に魔法を使うんじゃないっ!」
捕らえられたリーンが振り返って叫んだ・・・口に、
「ど~ぞぉ、リーン様ぁ!」
無理矢理、謎のプディングを放り込まれてしまった!
「うぐっ!?もごぉっ!ごくん・・・・」
にこやかなトア。
真っ青になるリーン。
2人を見つめて頭を押える魔獣グラン。
一瞬の間を措いて。
「あらぁ・・・本当だったのね。
トアにしては上手に出来ているじゃない。
とっても美味しいけど・・・何故だかクラクラするのは・・・何故?」
眼を回したリーンがトアに尋ねた。
「それは・・・多分これが理由では?・・・ですの」
ポケットから小瓶を取り出したトアが胸を張る。
「うん?それは、何?」
空かさず訊き返すリーンの目に映った標示は・・・
「あ。これは南の国から伝わった秘伝の薬なのですの。
なんでも・・・<山鼠の干物>ヤマネの干物らしいのですの。
身体に良いみたいですから、入れてみましたの。
・・・・ですの?」
トアが答えている間に眼を廻したリーンが気絶していた。
「ああっ!?リーン様っ!如何なされました・・・ですの~っ?」
トアが叫んだ時には・・・最早、損な姫は人事不詳となっていたのだが。
<おいたわしや・・・リーン様>
グランは涙を零して天を仰ぐのみだった・・・
「冗談はこれくらいにしておけよ、副官補トア」
魔獣がベットに寝かされているリーンを気遣いながら言った。
「まあ・・・ね、魔獣さん。
どこまでワタクシの事を調べたの?
どこまで知っている?女神の事を・・・女神バリフィスの覚醒について」
いつもと口調が全然違うトアの前で、魔獣の姿となったグランが居た。
「何も知らんぞ。
大体、お前が何者なのかも知らんのだ。
その狙いがリーン様にある事は解っているがな・・・」
獅子の鬣を振り、紅き瞳でトアを見る。
「そう・・・それならば。
覚えておくがいい・・・私はお前と同じ者だという事に。
お前と同じ・・・闇の者だった事を。
そう・・・今は違うが、前は私も闇に属す者だったという事を」
見返してくるトアの返事にグランは眼を剝く。
「な・・・なんだと!?
闇の者だったと云うのか!ならば今はどうだと言うのか?
闇から抜け出せた私と同じ様に誰かと契約したと云うのか!?」
叫ぶグランに手を振ったトアの瞳が更に紅くなる。
頷いたトアが、信じられない一言を告げる。
グランの知らない間に起きていた遠い国での事実。
それは東プロイセンからの亡命者たるトアの現実と重なり合う事でもあった。
「私が此処にいるのも・・・我が主人の命なればこそ。
東プロイセンが滅亡した時、この娘が願った事に主人がお認めになられたのだ。
このフェアリアに亡命し願いを遂げさせる為に、宿せられたのだ。
私の主様に・・・魔王から神に戻られし方に。
その時私も闇から抜け出せた・・・この人間に宿れたのだグランよ」
紅い瞳で魔獣を見詰めるトアの姿はどこか悲しげに観えていた・・・
やはりトアは何かを隠して近付いて来たのが、
自らの口から話されたその事実にグランは耳を疑った。
次回 Ep4 闇・・・再び Part3
君は少女の過去に触れてしまう事になる・・・悲しき運命の家族を知る