第4章 女神覚醒 Ep3 護りし騎士 Part1
「リーン様ぁ、何処に居られるのですかぁ?」
ルマの涙声が宮殿に響く。
「あああ・・・またですかぁ?」
半ベソで呼ぶその声は、諦めに似て空虚だった。
「ルマ!リーンは何処に居るのですか!」
((ビクッ))
ユーリの声に肩を震わせ怯えるルマ。
「今日は国儀を計る大切な会議があるって言っておいた筈よ。
政務官補ルマ、どうなっているのです!」
怒られたルマが身体を小さくして謝る。
「すみません・・・また。お出かけに・・・」
そう答えようとしたルマに、
「ルマ!私はここよ。どうかしたの?」
どこから現れたのかリーン宰相姫が声を掛けて来た。
「リーン姫様ぁ、探しましたよぉ」
救われたように声をかけるルマに、微笑んだリーンが肩を竦める。
2人を観てからユーリがリーンに命じた。
「じゃあリーン、これから直ぐに会議ですからね、仕度を終えて列席するように」
「はい・・・解りました」
お辞儀したリーンに頷いたユーリが侍女達と立ち去ると。
「ルマ・・・お願いがあるの」
リーンが政務官補に小声で頼んできた。
「・・・駄目です!たった今、皇太子妃様にお返事されたばかりではないですか!」
先走るルマが断りを入れると、リーンは首を振ってから頼んできた。
「違うよ、ルマ。実は私の寝室に置いてきたモノをどこかに捨ててきて欲しいの・・・」
「・・・はぁ?」
意味が解らずルマが眼を丸くする。
「い・・・やぁ。とんでもない奴が・・・ベットに入り込んでいて・・・ね」
リーンが頭に手を置いて答えると。
「えっ!?リーン様のベットに・・・ですか!」
「うん・・・そうなの」
ルマが驚きの声をあげ、リーンが頷く。
「早急に対処致します!そのような暴漢がこの王宮に出没するとは!」
我を忘れたルマが直ちに衛兵を呼ぼうとするのを、
「あ。衛兵はやめてルマ。私の恥になるかも知れないから」
「は・・・い?どう言う事ですか?」
リーンに停められたルマが訳を聴こうとすると。
「それは・・・ね。アイツだから・・・」
「・・・アレ・・・ですか?提灯鮟鱇娘ですか・・・」
リーンがため息を吐くのに釣られてルマもため息を吐く。
「リーン様・・・お気の毒です・・・」
ルマがリーンを慰める一言を投げ掛け、
「解りました。直ちに処理しておきますので。ご安心を」
深々と一礼してから寝室へと向かった。
ルマに言付けたリーンは隠れていたライオンの縫ぐるみに目配せを打ち、
「グラン、邪なる者は何処に出たの?」
臣下の魔獣に尋ねる。
「はい、リーン様。どうやらここより然程遠くない場所のようです」
グランは躊躇無く答える。
「そう・・・だとしたら。会議が終る頃には動きが観れるかもね」
縫ぐるみに話し掛けるリーンの瞳が鋭く光った。
「・・・ですの~っ・・・」
ルマに雁字搦めに縛り上げられたトアが涙目で言い訳する。
「ですからぁ、先程も言いました通りぃ、濡れ衣ですの~っ」
「はいはい・・・言い訳無用。皇女様の寝室に入る事自体越権行為だから」
政務官補に睨まれるトアは身体を捩って逃れようとするが。
「第一、いくら副官補だからって寝室に許可も無く入っていい訳が無いじゃないの。
どんな理由があろうとも!皇女殿下に失礼でしょーが!」
ルマが職権で副官補少尉を取押さえて尋問していた。
「ですから~っ、護身の為ですの~っ。
これも任務の一環ですの~っ、信じてくださいですの~っ!」
涙目で言い訳するトアに、腕を組んで見下げていたルマがもう一度確かめる。
「では、訊くわ。だったらどうしてリーン様のベットに入り込んでいたのよ?
護身の為なら寝所に入り込む必要なんて無いんじゃないの?」
「う・・・それは・・・ですの・・・」
痛い処を突かれたトアが口篭もる。
「ほら!答えられないじゃないの。・・・懲罰が必要な様ね」
ルマが勝ち誇って結論を言い渡す。
「この事はユーリ様やカスター殿下に報告するから。首を洗って待っていなさい!」
言い渡したルマが政務官事務室へ向かう。
「あ~っ、解いてくださいですの~っ」
縛り上げられたままのトアが、立ち去るルマにお願いしたのだが。
「そのまま、反省していなさい!」
にべも無く、断られてしまった。
「そんな~っ。・・・ですの」
立ち去ったルマが観えなくなると。
((シュンッ))
魔法で戒めを解く。
「まったく・・・融通の利かない人ですの」
紅い瞳を会議室に向けたトアの瞳が何かを感じ取っているのか鋭くなった。
「この事を鑑みても、我がフェアリアは未だに政情安定とは言いがたいのです」
内務大臣が報告を終える。
「ふむ。では、まだ国家転覆を目論む輩が潜んでいると?」
皇太子カスター卿が今一度確かめる。
「はい皇太子殿下。ヘスラー供に操られていたと信じない者が策謀しているのです。
それが自己の欲望を叶えさせられる道筋だと信念を曲げない者が居るという事です」
内務大臣が答え、着席する。
「困った者達だな・・・警備長官にこの事は?」
カスターの下問に内閣首相が、
「警察部門の長に厳しく言い渡してありますが、なにぶん終戦のごたごたで・・・」
人員不足だと、言いたげにカスターへ返答した。
「そこをしっかりしなければいけないのです。
折角手にした和平の道を転覆させるような事でもあれば・・・
民になんと詫びても済む様な事ではありません」
ユーリがしっかりしなさいと檄を飛ばす。
「は。誓って反乱分子を取り締まりさせます」
首相は恭しく首を下げた。
「・・・取り締まるのは良いけど。罪も無い人を巻き込まないように」
話を黙って聴いていた宰相姫が、口を挟んだ。
「あら、リーン。珍しいわね、注意をするなんて」
ユーリが妹の言葉に顔を向ける。
「皇太子殿下。罪無き者を巻き込む惧れがあるのなら、話を聴いてみるのは如何でしょう。
国家転覆を目論む者にも理由があるのでしょうから。
武力で押さえ込むだけではなく、話し合いで解決する道を執るべきではないのでしょうか?」
リーンが会議の席に列する皆に向けて口を挟んだ。
「リーン・・・あなたって娘は。そこまで人を信じられるの?」
ユーリはリーンの心優しき処が大好きだった。
尋ねながらも微笑みかけてしまう自分に、気付いて咳払いしてしまう。
「はい、ユーリ皇太子妃。
闘いの場に出た私は、敵であっても心が通じられると知りましたので」
リーンは確固たる信念を持って言い切った。
「宰相姫が、そうまで言うのなら。
首相、そう取り計らってくださいな」
ユーリはリーンの眼差しに、心の奥から信頼を寄せていた。
「直ちに取り計らいます」
会議に列した者達が、深々と首を下げて承った。
「では、外交問題について・・・外務大臣」
首相が促すとメガネを掛けた気短そうな大臣が立ち上がり上奏する。
「我が国とその周りを囲む隣国の間で、不可侵条約を締結する運びになりました。
これは一重に、ロッソアとの戦争により我が国の力が認められた証拠。
大国相手に一歩も退かずに闘った我が国に対する隣国の信頼があっての事。
先ずは一安心・・・と、言った処ですか」
メガネを直しながら話した大臣が着席するのを待って、カスターが尋ねる。
「外務卿、不可侵条約で侵攻されないとは言い切れないぞ。
外冦を防ぐには一国同士の条約など、意味を成さないのだからな」
世界情勢に詳しいカスターが外務大臣に忠告する。
「は?では、どのような条約を結べと?」
不可侵条約を結べば侵攻を防げると思い込んでいる節のある大臣が聴き咎める。
「簡単な事ではないが。
両国の間に複数の国を巻き込むのだ。
もし締結した一方の国が破棄したら、複数の国との戦争を余儀なくされるようにすれば。
簡単には不可侵条約を破る事は出来ないだろう」
周りの国とも同時に締結をすれば、少なくとも二国間での戦争は回避出来るのではないかと、
カスターは想っているようだった。
「なる程、確かに。
連合すれば、勝手に破棄する事は周りの国を全て相手にする様な物ですからな。
おいそれとは破棄出来難くなるでしょう」
外務大臣はカスターの提案に頷く。
「では、この事を隣国に提案します」
外交の始まりに周辺国が、どう付き合ってくれるのかの心配が付き纏ってはいたが、
兎に角も、一からのスタートを切れたと考えていたリーンが気になっていた事を尋ねた。
「そういえば、東プロイセンは・・・西プロイセンに合併されたのよね。
東プロイセンの王はどうなされたのかしら?」
少し離れた国でもある東プロイセンは歴代の王が治めていた王国だったのだが、
数年前からの暴動に国は荒れ、その混乱に乗じた西プロイセンに依って統一されたと聞いていた。
東プロイセン国王一族の末路を知らないリーンが尋ねると。
「宰相姫、その末路を聴いてどうするの。国を追い出された国王の末路なんて・・・」
ユーリが辞めておきなさいと停めた。
「そう・・・追放されたの。死刑じゃないのね・・・」
少しだけ安堵したかのように息を吐いたリーンを観て、
「死刑の方が良かったかも知れないわよ、暴君だった者には」
ユーリはリーンに顔を逸らして教えた。
「そんな・・・死より惨い事はないでしょう?」
ユーリの言葉に聞き返すリーンが、思い当たる事があった。
<そういえば・・・アイツも東プロイセンから来たと言っていたな。
今度聴いてみようかな・・・>
トアのカチューシャから跳ね出ている髪を思い出しながら、
リーンは、国外の事情を知りたくなっていた。
フェアリアを囲む隣国との折衝。
一国だけでは成り立つ事の出来ないのが世界情勢。
リーンはフェアリア以外の国に眼を向けたいと想っていた。
そんな事とは想いもしないのか、トアはリーンに気に入られようと必死の努力をしたのだが?
次回 護りし騎士
君は根っからの<損な娘>だった。そう、手の着けられないくらいの・・・





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