魔鋼騎戦記フェアリア第3章双璧の魔女Ep1闇の魔鋼騎エピローグ 雪
闘いは終わり、傷付いた者達はその身を癒す。
だが、その傷は癒えぬまで深く傷付いていた・・・
冬の訪れがここにも来ていた。
傷病兵を看護する病院にも・・・
「ミリア、身体の調子はもういいの?」
「はい、おかげさまで。まだ耳鳴りはするんですけど、身体はこの通りです」
リーンの前でミリアがピョンピョンと跳ねる。
「はいはい。判ったから」
手で制したリーンが、その様子を見て微笑む。
「私の事より・・・その」
ミリアは向かいの病室の方を見て、言葉を詰まらせる。
「・・・ミリアは自分の体の事だけを考えてなさい。
心配しないで、ラミルもマクドナードも寂しがってるから。
早く退院して小隊に戻って来てね」
リーンにそう諭されたミリアが黙って頷いた。
リーンがミリアが見ていた別棟の病室の方に眼を向けると、窓の外には白い雪がチラついて降っていた。
「「姉ちゃん。ミハル姉ちゃん、何で泣いてるの?
どうしてそんな悲しい瞳をしているの?」」
ミハルに呼び掛ける小さな頃の真盛。
「マモル・・・お願い、行かないで!私の元へ戻って来て。優しいマモルに戻って!」
小さなマモルが走り去ろうと後ろを向く。
ミハルはその背中に向けて手を伸ばす。
「「駄目だよ、もう遅いんだミハル姉。
もう僕は戻れはしない。・・・だって・・・」」
そう言った声は優しい少年の声ではなかった。
「どうして?どうして戻ってくれないの?
私はずっと守ってきたんだよマモルとの約束を。
どんなに辛い目にあっても耐えてきたんだよ。
マモルとの約束を守る為に、
マモルの元へ還る、たった一つの願いの為に!」
ミハルの手がマモルに届こうとした時、
「「だってもう僕は人じゃ無くなったから。鬼になってしまったから・・・」」
そう言ったマモルが振り返る。
その瞳を赤黒く澱ませて。
「!」
ミハルの手が停まる。
触れる事も出来ず。
「そう。僕は鬼だ。人殺しの殺人鬼になってしまったから・・・」
そう言ったマモルの手に握られた銃がミハルに向けられる。
「マモルっ!やめてっ!!」
ミハルの叫びはマモルの放った銃声にかき消される。
「いっ、嫌あああぁっ!」
((ガバッ))
飛び起きたミハルは涙で赤くなった目で横になっている人を見る。
その人は酸素マスクを着けて眠り続けている。
「キャミー・・・」
か細い声でその名を呼ぶ。
手術を受け、何とか一命を取り留めた命の恩人に付き添って眠ってしまった事を思い出す。
「ごめんね、キャミー」
マモルに撃たれた事。
自分の身替りとなって撃たれた事。
そして何より自分が戦車戦に負けた事で、護りきれなかった想いを謝る。
「バスクッチ大尉、ごめんなさい。
私の所為でキャミーを死地に追いやってしまいました。
どうかキャミーを、キャミーの命を繋ぎとめて下さい」
そっとキャミーの手を握り、心から願う。
ー ミコトさん。ミコトさんも力を貸してください。
私を救ってくれたキャミーが少しでも早く良くなる様に・・・
右手の宝珠に願いを込めてキャミーに翳す。
傷を癒す魔法力を使う為に。
ミハルの宝珠は、その碧き色を光らせていた。
「キャミー、初めて出会った時の事を覚えている?」
物言わぬ眠り続けている友に語り掛ける。
「あの時は何て愛想の無い人なんだろうって思ってたんだよ、私。
あなたの事を何も知りもせずに。
そして教えてくれたよね、私と同じ様に辛い想いを背負っているって。
そう教えて私を慰めてくれたよね。
私、あの時に見せてくれたあなたの微笑み・・・ずっと忘れてないよ」
そっと握った手に、少しだけ力が篭もる。
ミハルはキャミーの寝顔を見詰めて微笑んだ。
「キャミー、キャミーがバスクッチ曹長・・・大尉に告白された時、
実はね、私も曹長の事好きになっちゃててね。
ちょっとヤケちゃったんだ。
あーあっ、失恋したんだと思っちゃったんだ。
へへへっ内緒だよ。私とキャミーだけの秘密。
リーンにも言ってないんだから。
キャミーがバスクッチ大尉と結ばれた時、心から喜んだんだ。
婚約指輪を貰って嬉しそうに顔を輝かせて見せてくれた時・・・
私も本当に嬉しかったんだよ。
ああ、やっぱりキャミーに大尉は本気だったんだって。
恋愛よりも深く愛し合っていたんだと知って・・・」
またミハルの眼から涙が零れ落ちる。
「ごめんねキャミー。
護れなくて・・・バスクッチ大尉を助けられなくて。
私、私は強くない。
どんなに強くなろうとしても強くなれないんだ。
いっつもキャミーや皆に助けて貰ってばかり。
私は弱虫で泣き虫で、どうしようもない甘えんぼ・・・」
微笑んだ顔から涙がポツポツと零れ落ち握った手を濡らす。
「休暇を終えて帰って来たキャミーがすっかり大人びてたのにはびっくりしたよ。
なんだか別人の様な気がする位落ち着いてて。お姉さんになってて。
どうしてそんなに優しくなれたの?
どうしたらそんなに優しく強くなれるの?
私にも教えて欲しいな。優しく強くなれる方法。
私の魔法よりもずっと強いその力を・・・」
両手で握ったキャミーの手にそっと額を当てたミハルが願う。
「お願いキャミー。目を開けて。
私にあなたの笑顔を見せて。
もう一度私に話し掛けて。
お願い・・・お願いだから・・・」
病室で片時も離れないミハル。
入り口でミハルの声をずっと聴いているリーンは、病室に入る事もせず立ち尽くしていた。
ー 神様。どうかキャミーを救ってください。どうかミハルを救ってください。
どうか我々の罪を・・・お許し下さい!
リーンは神に救いを求める。
たった一つの願いの為に。
友を救おうとした気高き魂を救う、その想いの為に・・・