魔鋼騎戦記フェアリア第3章双璧の魔女Ep1闇の魔鋼騎Act12制裁
車庫に戻った車体から・・・
「整備員、整列っ!」
車上から降り立ったリーンが命じる。
「搭乗員班長も来なさい!」
リーンがミリアをキューポラから手助けして降ろしているミハルを呼ぶ。
「はい・・・」
暗い気持ちで整備員と共に並んだミハルに一瞥を与えてから、リーンが訓示をする。
「本日、整備上の手違いか、砲に不備があり負傷者が出てしまいました。
今日の砲を整備した者、一歩前へ出なさい!」
何時に無く強い口調でリーンが言いつける。
戸惑った整備員達が、お互いの顔を見回していると。
「どうしたのっ!整備長っ私の言った事が解らないのっ!」
マクドナードに整備担当者を指名させる。
「おいっ、前へ出ろ!」
マクドナードは顎を癪って3名の整備員を前へ出させる。
その中にはザルバの姿も含まれていた。
ー ザルバ君・・・あなたが今日の砲を担当していたの?
昨晩の部品の事を思い出してミハルが目を伏せる。
「よし、3名。本日の整備で尾栓の確認を怠ったわね。
その所為でミリアが怪我を負った。
まかり間違えばもっと大事になっていたかも知れない。
これより罰を与えます。足を開け、歯を食い縛りなさい!」
軍隊での罰といえば、修正。
どこの国でも下級者は否応無しに受ける体罰。
それは、このフェアリアであっても同じだった。
砲術学校から幾度と無く受けて、その都度辛い想いをして来たミハルは、眉をひそませる。
上級者がその権威を嵩に、下級者をいたぶる様に思えて仕方が無い。
理不尽な行為としか想えなかった。
「搭乗員班長。あなたが修正を加えなさい!」
ミハルはリーンの言葉に耳を疑って立ち竦む。
ー えっ?リーン・・・どうして?
思わずリーンの顔を見たミハルに、
「その3人に修正を加えなさいと言ったの。聞こえなかった?」
リーンはミハルの想いを知っている筈なのに命じる。
「どうしたの班長。私の言った事が聞けないの?じゃあ私が修正を加えます!」
リーンはミハルが立ち尽くしている横を通って3人の前へ行く。
ー あ・・・リーン?どうして?何故・・・なの?
暗い表情のミハルがどうしていいのか判らず戸惑う。
「搭乗員は訓練中でも命懸けなのは知っているわね。
それが整備の不手際で起きてしまってはどうする事も出来ない。
少しでも手を抜いたら今回の様な事態となるのよ、解ったかっ!」
リーンが何時に無く厳しい声で3人に告げる。
「はいっ、解りました!」
3人が口を揃えて返事を返した。
「よし、これよりその弛んだ気持ちを修正する。顔を上げろっ、歯を食い縛れっ!」
リーンが3人の前で命じ、一歩前へ出る。
ー リーン、やめてっ!いつものリーンに戻って!
ミハルは自分が叩かなかった為にリーンが自ら修正を加えようとしているのを止める決心をした。
それは・・・
「待って下さい中尉。先任搭乗員として私が修正を加えます。私が叩きますからっ!」
弾かれる様にリーンの横に進み出て、リーンが叩くのを止める。
「そう。じゃあ班長に任せるわ。私が止めるまで何度も叩きなさい!」
リーンが鬼の様な言葉を吐いて後ろに下る。
「え?・・・はい」
瞳を曇らせたミハルが立ち竦む3人の前へ出て、その顔を見た。
ー あ・・・あ。今迄一度たりとも下級者に体罰なんて加えた事無かったのに。
どうして私が叩かなければならないの?
どうしてこんな理不尽な事をしなければいけないの?
3人の顔には理不尽な制裁を受ける前の悲しみの表情が見て取れる。
ー 私も同じだった。
私もきっと同じ顔をしていたんだ。
どうして叩かれなければいけないのか・・・解らない。私も同じ想いだったから・・・
3人の前へ出ても手を上げずにいるミハルに、
「さあ、始めなさい先任。ミハル班長!」
後ろからリーンの声がミハルの心に突き刺さる。
ー 嫌だよリーン。どうしてこんな酷い事をしようとするの?
いつもの思い遣りに満ちたリーンは何処へ行ったの?
ビクリと身体を震わせたミハルが助けを求めるようにリーンに振り返った。
ー あ・・・リーン。その瞳は?
その時、やっとミハルが気付いた。
リーンがずっとある娘を見ている事に。
その瞳の先に居る者は・・・
ー ハンネ・・さん。リーンはハンネさんの事をずっと見ている。
そうか・・・リーンが本当に警戒しているのはハンネさんの方なんだ。
この事件で何も罰さなかったらきっと、整備班の人は自分の受け持ちだけしか点検しない。
つまり誰かが悪さをしても気付かない。
誰かが何かを行っても事前で止める事が出来ないから・・・
ミハルはリーンが何を考えてこんな理不尽な制裁を加えようとしたのかの訳を知り、
その瞳に輝きを取り戻した。
ー やっぱり・・・リーンは聡明なんだね。
私に修正を任せたのは叩き方を知っているから・・・なんだね?!
そして。
「搭乗員班長が修正を加えます。いいですね!」
右手を挙げて構えた。
ー この2人は手加減するよ、リーン
心で話し掛けてからミハルは手を揮う。
((パシッ))
手加減しているが、皆に判らない様に平手で頬を叩く。
音だけが成るべく大きく聞こえる様に拍手するみたいに手をやや丸めて叩いた。
「次!」
横に居る整備兵に対しても同じ様に音だけが大きく鳴る様に叩いた。
((パンッ))
叩かれた二人が逆に驚いた様にミハルを見詰める。
ー 痛かったかな?ごめんね・・・
心で2人に詫びてからザルバの前へ立つ。
ー ザルバ君、本当はあなたを疑いたくない。けど私は見てしまったの。
あなたが何かの部品を持って車内から出て来たのを。あれは一体何だったの?
ザルバの前に立つミハルが、その顔を見て考える。
「ザルバ君、歯を食い縛りなさい」
静かに心を押し殺してミハルは右手を上げる。
前の2人と違い手の平を反り返すと。
((バシッ))
今度は本当に叩いた。
ー !?何?この感じ!?
手の平を通して違和感が身体を突き抜ける。
ミハルはザルバを叩いた姿のまま固まる。
叩かれたザルバは顔を背けている。
ー この感じ・・・初めて会った時、抱きついた時には感じなかった。これは・・・何?
固まったままのミハルの心にミコトが呟く。
<継承者よ、今の感じ・・・こいつが持つ何らかの力が影響したんだ。
こいつは何らかの力を有している様だ。詳しくはまだ解らんがな>
ミコトの声に我を取り戻したミハルが。
「ザルバ君、顔を戻しなさい」
背けた顔を自分に向ける様に言うミハルに、ザルバがゆっくりと顔を向けた。
ー ザルバ君?
ミハルに向き直ったザルバの顔が歪み、
その瞳の色が一瞬赤黒く澱んでいるのを、リーンは見逃さなかった。
「よし、班長。修正終わり。離れっ!」
リーンがそれ以上の制裁を止め、ミハルにザルバから離れさせた。
リーンはその者が放つ邪な気を感じてミハルを止める。
制裁を止めたリーンが指揮官室に戻る時、2人の新兵の後をつけようとするミハルを止める者が・・・
次回 揺れる心
君は心配してくれる友にどう想うのか