魔鋼騎戦記フェアリア第2章エレニア大戦車戦Ep4闘う意味Act7兄の想い、妹の気持ち
銀髪を風に靡かせた一人の少女が墓標を前に佇んでいた・・・
銀髪を風に靡かせて墓地で一人立ち尽くして、涙を堪えていた。
ー 帰って来れたよ、兄さん・・・
涙が溢れてくるのを抑えて一人墓の前に立つラミルが、心の中で伝えた。
ラミルは兄の墓に手を合わせる。
「どうして・・・逝ってしまったんだよ。
必ず還るって言ったじゃないか。バカ兄!」
墓標にはフェアリア暦176年8月26日没、とあった。
僅か3ヶ月前の事だった。
この墓が出来たのもつい先日だと言う。
同じ陸軍の同じ陸戦騎乗りとして務めて来た兄の戦死を聞かされたのは、家に辿り着いた時だった。
父母に帰郷を喜ばれたが、それと同時に兄の死を知らされた。
<<フェアリア皇国陸軍少尉ケビン・バンガール。アラカン南方の会戦にて戦死。功二級>>
墓標には短くそう記してある。
「護っていてくれよケビン兄さん。私と、父さん母さんの事を・・・」
頬を零れ落ちる涙も拭かずに、墓に向ってそう呟いた。
「ラミル、ラミルや。兄さんに何と言って来たんだい?」
兄を失い、急に老け込んでしまった母がラミルに訊いて来た。
墓から家へ帰ったラミルが,父と母との時間を過していた時の事である。
「ああ、護っていて欲しいと。父さん母さんを・・・ね」
ラミルが久しぶりに帰って来た自宅を懐かしそうに見回すと、一箇所に眼が止まる。
そこには兄、ケビンの遺影と軍からの戦死通知書。
そして功二級の表彰状が置かれてあった。
まるでそこだけが兄が生きていた証の様に。
「ケビン兄・・・」
ー 未だに信じられない・・・
あの勝気で元気良く笑い掛けてくれていた自分の兄が死んでしまうとは。
ラミルの記憶の中に居るその兄は、ラミルの誇りでもあった。
兄が軍に志願し砲術学校を卒業する時が、最後に会った場所だった。
ケビンは戦車部隊へ配属される事になっていた。
ラミルの瞳に写るケビンは更に男らしく、立派に見えた。
「私もケビン兄みたいに陸戦騎乗りになる。ケビン兄みたいに立派な人になりたい!」
3つ年上のケビンにそう言うと、兄がラミルに言った。
「駄目だぞラミル。
ラミルは父さん母さんを護ってあげていて欲しいんだ。
もしも戦争になったら、誰が家を守るんだ?
父さん母さんの事を誰が観てやれるんだ。
兄さんは男だから戦さ場へ行かなければいけないけど、ラミルは女の子なんだ。
戦争になんて行かない方がいいに決まっているじゃないか」
ケビンがまだ幼い妹に諭すように言う。
「ラミル、兄さんはお前や父さん母さんが大切だ。
だから護りたいんだ、皆をこの国を。・・・判って欲しい」
優しく諭す兄にラミルは頷く。
「うん。ケビン兄がそう言うなら・・・
だけど私だって同じだよ。
私だって父さん母さんを護りたい。それが、たった一つの想いだから・・・」
そう言って背の高いケビンの顔を見上げて、ラミルが微笑んだ。
ー けど、やっぱり私は諦め切れず戦車兵になってしまった。
その事を一番心配してくれたのもケビン兄だったっけ・・・
兄の遺影を見詰めて、悲しい想いに心を痛めているラミルに母が。
「なあラミル。軍を辞めておくれ。ここにずっと居てくれないかい?」
無理な事を言ってくる。
「もう、お前が戦場へ戻るのは耐えられないのよ。
お国の為とはいえ、我が子を戦場へ送り出すのは・・・」
涙ながらに話す母を観て、心が潰れそうになる。
「母さん、そんな事許される訳がないじゃない。
いくら母さんの頼みだからって、軍が許してくれる筈がないもの」
じっと母の顔を見て断わると横から父が慰めるように言ってくれる。
「ラミル、母さんはケビンの戦死を知らされてから、心が壊れてしまったんだ。
許してやってくれ、お国の為に身を捧げたケビンの事を誇りに思わねばならんのに。
私達が軍に志願したお前達を止めなかった事を後悔してばかりいるのだよ」
そう言う父もケビンの遺影を見て、すっかり気力を失っているかのように見えた。
そんな2人を見て、ケビンが言っていた事を思い出す。
ー ケビン兄。
兄さんが言っていた事がやっと解ったよ。
兄さんが心配していた事が、今は良く解る。
ごめん、ごめんねケビン兄・・・
両親と共にケビンの遺影を見て、ラミルの心は張り裂けそうになっていた。
その日、ラミルは一晩中寝着かれずに居た。
父母の事を想い、ケビンの最期はどんなだったのだろうと想いを廻らせていた。
薄明るい灯かりの中で、ケビンが両親へ送って寄こした最後の手紙を何度も読み返す。
その中には兄がラミルの事を痛切に想う一文が書かれてある。
ー ケビン兄。私の事を最期まで想ってくれてたんだ。
私なんて自分の事で精一杯だったのに・・・
3つ年上の兄を改めて思い返すラミルの眼に写る兄の文面・・・
「「父さん母さんごめんなさい。
僕が軍に志願さえしなければ、きっとラミルも軍に入るなんて事はしなかったでしょう。
僕は今、その事を後悔しています。
妹にまで戦争に行かせてしまった事を悔やんでいます。
僕達兄妹の内どちらかでも生き残れるとすれば僕は神に祈ります。
どうか妹を生きて父さん母さんの元へ返してあげて下さいと。
ラミルを生き残らせて下さいと。
父さん母さん、どうか親不孝な息子を許してください。
妹まで父母から奪ってしまった馬鹿な息子の事を・・・」」
ラミルの頬を涙が止めどなく零れ落ちてゆく。
何度も読み返した兄の手紙を胸にいだいて、
少しでも優しい兄を求めてしまうラミルだった。
翌朝、帰隊の為制服に着替えているラミルに父が一つのピンを差し出した。
「ん?父さん、それは?」
手の上に銀色に輝く髪留めが載っていた。
「これはな、ケビンが母さんに贈ってくれた物なんだが。
お前が使ってくれないか。形見だと思って・・・」
父の手にある髪留めを見たラミルが、
「でも、母さんの物でしょ。
ケビン兄が贈ってくれた大切な物なんだろ。母さんに悪いよ」
そう断わるラミルに父は首を振る。
「そうじゃないラミル。
これを観る度に母さんは泣くのだ。
仕舞い込んでも見つけては泣くのだよ。
ケビンの形見は、お前を護ってくれる筈だから。
ラミルが肌身離さず持っていておくれ」
ラミルの手に髪留めを渡す父が、着ける様に勧める。
ラミルは受け取った銀色の髪留めを左の髪に着けると、
「うん、これで何時もケビン兄と一緒に居られる気がする。父さん、ありがとう!」
寂しそうな父に微笑んで礼を言いカバンを手にした。
「それじゃあ、行って来ます父さん」
きちんと踵を合わせて別れの敬礼をするラミルに父は一言。
「元気でな。また帰って来るんだぞ」
軽く手を挙げて別れの言葉で送り出す。
ラミルはリュックを肩に掛けて家の門を後にしようとした。
「ラミルっ、ラミルや!」
母が走り出して来て、ラミルの背にしがみ付いてきた。
振り返るラミルに母が叫んだ。
「死んだら駄目、死んだら駄目なんだよ、ラミル!」
目の前が暗くなる様な一言で、ラミルは立ち尽くす。
「・・・母さん・・・」
背中にしがみ付かれたまま振り返らず、立ち尽くすラミルに何度も呟く母の姿があった。
「死んだら駄目、死んだら駄目・・・」
呟き続ける母に振り返らず歯を食い縛る。
「約束するから母さん。
私は必ずこの家に帰って来る。帰って来るって約束するから・・・」
背中の母へ約束する。
「本当に?約束してくれるのね、ラミルや・・・」
しがみ付いた手を離して、求める様にそっと呟く母に振り向いたラミルが、
思いっきり母に抱き付いた。
「母さん!母さんっ!!」
愛しい母に甘える様に呼び続けた。
「ああ。ラミル。私の娘」
母と娘は、惜別の涙を流して別れを惜しんだ。
ラミルは父母と別れて基地へと戻っていく。
そして一人の少女が一つのえにしの為にやって来る。
愛しき人のたった一人残りし肉親の元へと・・・
次回 愛しきえにし
君はその人に伝える、その人の生きざまを・・・