魔鋼騎戦記フェアリア第2章エレニア大戦車戦Ep4闘う意味Act2死せる恩人
「第97小隊リーン中尉同じく砲手シマダ兵長。参りました!」
師団長の前へ通された2人が敬礼する。
「ご苦労でした中尉。楽にしてくれたまえ」
少将が答礼して足を弛める様に言ってくれた。
「君達のおかげで敵戦車部隊に勝てたと言ってもいい。
ありがとう、良く闘ってくれた。礼を言います」
軽く頭を下げて師団長が健闘を讃えてくれる。
「いいえ。師団長閣下。お礼を言うのは我々の方です。
よく戦車戦だけに闘いを絞ってくださいました。
戦車兵全員を代表してお礼を申し上げたいと思います」
リーンとミハルは上層部の命令に反してまで、
戦車部隊を護ってくれる判断を下した恩人に頭を下げる。
「その事はもういいのです。
いくら中央軍司令部の命とはいえ、君達には済まない事だったと思っている。
初めからこんな無茶な戦を強いられて心苦しく思っていたのだからな。
彼が進言してくれなかったら、私は鬼畜にも劣るこの命令を鵜呑みにしていただろう。
すまなかった、私は恥じている」
師団長が自らの命令を質したのが誰なのかを教える。
「あの特別小隊長・・・バスクッチ少尉が私の間違いを教えてくれなければ。
今頃は多くの部下が無駄に死んでいただろう。
彼が来てくれなければ我が師団は壊滅してしまったかもしれない。
今はもう、彼に礼も言えない。
何と詫びればいいのか・・・」
師団長はそう言うと、眼を閉じた。
リーンとミハルは初めて知った。
師団長がこの無謀な命令に反したのは、バスクッチの進言があったからこそだと言う事を。
ー 少尉・・・あなたのお蔭だったのですか。
あなたが師団長を説き伏せてくれたからこそ・・・
私達戦車隊の多くの命が救われたのですね!
ミハルの瞳から新たな感動の涙が溢れてくる。
「それで師団長閣下はご存知なのですか?
彼の小隊に属した車両は3両共撃破され、少尉と共に5人が戦死した事を」
涙を溢れさすミハルの横で、歯を食い縛り師団長を見詰めるリーンが訊ねる。
「ああ。先程知った。
彼に礼を言う機会は失われた。残念な事だ」
師団長の言葉に手を強く握り締めたリーンが、声を荒げた。
「残念な事だ・・だと!
彼は誰よりもこの国を愛していた。この国の未来を案じていたのよ。
若者が無駄に死んでいくことを最も憂いていたその彼が、
何故死ななければいけなかったの?
そんな言葉で彼がうかばれる筈ないじゃないっ!」
師団長にリーンは怒鳴る。
その手は強く握り締められ震えていた。
涙を瞳に溜め亡くなった者を想い心の丈を吐くリーンにミハルはその手を取り、
「リーン中尉、失礼ですよ。おやめ下さい」
それ以上言うなとばかりに諌める。
「うっ・・・くっ!」
ミハルに諌められ、言葉を失い立ち尽くすリーンに師団長は頭を下げる。
「いや、中尉の言う事はもっともだ。
彼の死は何物にも変えがたい。
無二の若者を我国は失ったのだから・・・」
そう詫びた師団長は横に控える副官に。
「彼の事は全軍に知らせるべきだと想う。
この闘いで散った全ての者と共に。
我国の陸戦騎搭乗員の誇りとして」
そう言って目配せする。
副官は師団長に求められた書状をリーンに手渡す。
「・・・これは?」
リーンはその書状を見て固まった。
ー そ、それは感状。
しかも皇王陛下から賜る一級聖騎士誉状。
内閣閣僚のそれに順ずる栄誉、騎士にしか賜ることが出来ない栄誉の証?!
「ど、どうしてこれを?師団長閣下」
リーンはその書状を見て驚く。
一介の師団長が、この様な書状を持っている訳がなかったから。
「リーン中尉、いや、マーガネット・フェアリアル姫。
この書状はあなたの御父、皇父様から託された物なのです」
「えっ?皇父様から?」
リーンは自分が皇族である事をこの師団長が知っている事にも驚いたが、
皇父とこの師団長が面識があるのにも驚いた。
「ええ。
ここの師団長に親補された時に。
この闘いで必ずあなた様がその力を発揮するであろうと言う事を。
そして闘いに活躍するであろう事も。
その言葉通りあなたはこの闘いに勝利をもたらしてくれました。
バスクッチ少尉と共に。
この書状を渡せて光栄です。この書状を贈れる事を嬉しく思います」
師団長は書状をリーンの手から取り、机の上でサインを入れる。
「まっ、待って下さい師団長。私の名を書き入れないで。
そこにはバスクッチの名を書いて頂きたいのです!」
リーンがサインを入れている師団長を止める。
「何故かなマーガネット姫。
これを受け取ればあなたは少佐となれる。
一小隊長ではなく、大隊を指揮する権利を持てるのだがね」
師団長はサインを止める事無く訊く。
「私は自分の小隊に誇りを持っています。
大隊長になるなんて考えてもいません。
それより彼に贈られるべきです。
彼が来てくれなければ今頃私はきっと戦死していたでしょう、多くの戦車兵達と共に。
だからっ! 」
そこまで話したリーンを手を上げて止めた師団長が。
「解っているよ姫。
あなたがそう言ってくれると願っていました。
さあ、これで良いでしょう、彼の遺族の方に渡してあげて下さいませんか?」
書き終えたサインに判子を押した師団長が賞状を見せた。
ー あ、バスクッチ・・・大尉。2階級特進・・・
賞状を見たリーンの眼から一滴の涙が零れ落ちる。
渡されたリーンが、賞状を押し擁いて泣いてしまう。
「バスクッチ、ごめんなさい。
こんな事しかしてあげられない私を許して。
私のミスリードであなたを殺してしまったというのに。
こんな紙切れ一枚しか贈ってあげられない私を許して・・・」
彼が自分の判断ミスを身を持って庇ってくれた事を。
ずっと気に病んでいるリーンが許しを乞う。
「中尉・・・ずっと悩んでおられたのですね」
ミハルが泣き続けるリーンの肩に手を置いて宥める。
「そう、あの時。
私は一瞬見たの、あの魔鋼騎の光を。
なのに良く確かめもせずに前進して隙を与えてしまった。
その油断が彼を、バスクッチを殺す事になってしまった。
全て私が悪いの。
私の甘い考えが彼を、アルミーアを皆を殺してしまったの。
師団長は何も悪くない、悪いのは全てこの私なの。
ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
リーンは堪らず両手を床に着いて泣き崩れてしまった。
「マーガネット姫。
自分を責めるなら、彼の死を無駄にしない事です。
彼が望んでいるのは自らを責める事ではなく、
あなたがこれからもっと強く生きていく事なのではないのですか?
悔しくても辛くても・・・
それを越えて強く生きてくれるのを願っているのではないのですか?」
師団長の言葉にリーンは顔を上げる。
「バスクッチ少尉は別れる時に、こう私に言いました。
私は諦めないと。
例えこの闘いに負けたとしても生き残れた者がいるなら、必ずこの国は滅びはしないと。
例え自分が死んでも自分と想いを同じくする者が生き残れるのならば諦めはしないと」
顔を上げたリーンに近寄った師団長の手が、リーンの肩にそっと載せられる。
「マーガネット姫、あなたはバスクッチ少尉と想いが違いますか?
この国を、愛する人を護りたいと思いませんか?
バスクッチ少尉の志と違いますか?」
リーンの瞳が大きく見開かれる。
その瞳を見詰めて師団長が諭した。
「想いが同じならば闘うのです。
愛しい人達を護る為、この国を。
それがこの国に住む者皆の願い。
それが彼らの願いだと信じるならば」
バスクッチは死して尚、リーンに教えを与えた。
どこまでも国を想い、愛する者達を想い続けたその信念にリーンは言葉を失う。
ー バスクッチ・・・お兄様。お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・
リーンの思い出の中に初めて会った時からの記憶が蘇り、そして流れ去って行った。
ー まだ士官学校へ入ったばかりの頃、彼が私の処へやって来た。
軍隊なんて何も知らなかった私に、優しく手ほどきしてくれた初めての男の人だった。
皇族育ちで甘やかされて育った私に初めて叱り付けてくれた恩人。
彼が傍に居てくれなかったら、とうの昔に私は殺されていた。
何時も私を庇い、何時も笑い掛けてくれていた。
そう、私は彼を愛していた。
彼も私の気持ちを知っていた。
けど、彼は私と一線を越えてはくれなかった。
私が皇族だったから、姫だったから?
「姫になんかなりたくなかった・・・」
ポツリとリーンは呟く、心の内を。
そして涙を拭いて師団長にはっきりと言った。
「バスクッチの想いと同じです、少将閣下。
このマーガネット・フェアリアルは彼に教えられました。
死んで尚、私に教えてくれたのです。
愛する者を、愛する国の為生き続けろと!」
立ち上がり両手にしっかりと賞状を持ってリーンは師団長にそう告げた。
その美しい瞳に頷き師団長が告げた。
「彼らの死を決して無駄にせぬ様に我々は闘わねばなりません。
邪なる者からこの国を救う為にも」
リーンに教える。
戦闘だけではこの国を救う事が出来ない事を。
それがリーンの闘わねばならない本当の相手なのだと。
それがこの国に生まれた聖王女の運命と言う事を・・・
死して尚教えを与えた恩人に、感謝とお礼を込めて決意を告げたリーン。
師団長はミハルにも賞を与える、予期せぬ賞を・・・
そしてミハルの記憶は閉ざされ、これからの行動に想いを廻らす。
次回 みんなで休暇を取ろうか
君達は休まねばならない。傷付いた心を癒す為。