魔鋼騎戦記フェアリア第2章エレニア大戦車戦Ep3エレニア平原Act31再出撃待ち構える影
再び出撃に移るMMT-6。
バスクッチ車の斜め前方を進むリーン達、その前に現れたM4中戦車を迎え撃つ2両。
リーンの車体を観測し続ける影が迫る?!
砲手席に座り直して気分を切り替えることにしたミハルが、照準器をチェックする。
斜め前方を行くバスクッチ車が砲手側スリット越しに見えた。
ー バスクッチ少尉、アルミーア。
どうか無事でいて。
お願い、ミコトさんが言っていたみたいにならないで・・・
今、一番心配な事が頭の中を支配する。
ー アルミーアの膝枕で眠った時、私の中に現れた神官巫女。
ユーリ大尉から聞いた事のある伝説の巫女が私に話した。
私を護る為にバスクッチ少尉とアルミーアが討たれてしまうと。
その運命を変える事は誰にも出来ないと・・・
スリットから見える車両を見詰めて拳を握り締める。
ー でも、私はその運命を変えてみせる。私が彼等を護ってみせる。
そんな運命に抗ってみせる。
もう、私の為に大切な人が死ぬのは見たくないから・・・
決意を胸に秘め、握り締めた手を更に強く握る。
「決して諦めない。諦めてしまっては何も変える事は出来ないんだから」
ポツリと呟くと、照準器に視線を戻して射撃ハンドルを握った。
照準器の中に、数十本の煙が見える。
その煙の元には、敵味方の戦車の残骸が炎と黒煙を噴き上げていた。
「前方4000メートル付近に味方中戦車隊が敵M4と交戦中!」
リーンが双眼鏡で戦況を知らせる。
「右舷遠方でいまだ軽戦車隊が交戦中です!」
ミリアも装填手側スリットから見える状況を報告する。
「司令部から入電。<<市街地付近からの砲撃に注意せよ>>です」
キャミーが無電を受けてリーンに伝える。
「市街地付近から?重砲を平射撃ちしてきているのかしら?」
砲撃と聞いて、咄嗟に重砲の平射撃ちを考えてしまったリーンが電文の意味に困惑した。
「そうかも知れませんね中尉。
目の前に居る戦車だけでなくて、重砲の砲撃にも注意が必要になってきましたね。
この闘いでは・・・」
キャミーがリーンの疑問に頷いた。
「中尉、どうしますか?
敵に近付いた方が同士討ちを嫌って重砲も射撃して来ないと思いますが?」
ラミルも接近戦に持ち込む方が善いかと訊ねてくる。
「いいや、奴等の事だ。
お構い無しに撃ってくるかもしれない。味方を撃つのが平気な奴等だからなぁ」
リーンは突撃する事を躊躇して考えた。
「撃たれない距離で攻撃する。
撃たれたとしても当てられない所から攻撃を掛けよう」
リーンは前へ出る事を辞めて、砲の特性を活かした遠距離射撃を選択した。
「よし、目標味方戦車隊と交戦中のM4。
左舷砲戦距離3000。停車している車両、攻撃始めっ!」
リーンが攻撃目標を決めて命令を下す。
「ミリアっ、徹甲弾装填!」
照準器を睨んで目標を捉えたミハルが装填を促す。
「徹甲弾、装填完了!」
ミリアがベンチレーターの作動ボタンを押して返答した。
「よし、ミハル。目標左舷11時距離3000。停車中のM4。
あの砲塔にキルマークの付いている奴を狙え。
多分指揮車両だろう。射撃始めっ撃てぇっ!」
リーンが目標を選択し、射撃命令を下した。
「ラミルさん、停車して下さい。射撃しますっ!」
ギアを抜いてブレーキを掛けるラミルが、
「停車っ、車体正面12時の方向っ!」
車体の対敵角度を教える。
「了解です。目標捕捉、撃ちますっ!」
照準器のレクチル一杯にM4の砲塔側面を捉えて、ミハルの指がトリガーを引き絞る。
((ズグオオオォーンッ))
高初速の徹甲弾がM4目掛けて飛ぶ。
3000メートルもの距離をあっという間に飛翔した弾がM4の砲塔に吸い込まれる様に命中し。
((バッグアアァーンッ))
開口部ハッチから炎を噴き上げて、撃破されるM4。
「よし。まず一両撃破!」
ラミルが撃破を確認してミハルに知らせる。
「敵が気付いた。ラミル、後退。射線を外して!」
リーンがキューポラのハッチを閉めながら命令する。
ギアをバックに入れて、直ぐに後退させるラミルに声が掛けられた。
「ラミルさん、バスクッチ車より退がらないで!」
ミハルがリーンの指令に注文を付ける。
「何故だい?」
ラミルが隣に並ぶバスクッチ車を確認してからミハルに訊き返す。
「いえ・・・そう思っただけです・・・」
ミハルは苦しい胸の内をラミルに話す事が出来なかった。
ただ、照準器を睨んで歯を食い縛るだけだった。
「・・・何か訳があるんだな。解ったよ、お前を信じているからな、ミハル」
ラミルは後退を止め、停車する。
「ありがとう、ラミルさん」
ラミルの操縦に感謝して、更なる敵に砲を向けるミハルが次の射撃命令を待つ。
「ミハル。彼等を護りたい気持ちは解るわ。
けど、戦闘中は何が起きるか誰にも解らない。
私達は私達に出来る最善を尽くすのみよ」
リーンがミハルの様子を察して言葉を掛けた。
ー リーン解っているよ。だけど、今回は違うんだ。
何が何でもアルミーアを助けたいの。ごめんなさい
そう考えて射撃ハンドルを握るミハルの宝珠が、蒼く紋章を浮き立たせていた。
((ガッガーンッ))
ミハルの思考を遮るように砲塔右側側面にM4の75ミリ弾が当たり、弾け飛んで行った。
「くそっ!右側に廻り込まれた。M4が一個小隊バスクッチ車の方に向うぞ!」
ラミルが気付いてミハルに叫ぶ。
慌てて砲を旋回させるミハルの眼に、M4が砲をこちらに向けて突っ込んで来るのが写った。
「リーン中尉、バスクッチ車の援護射撃命令を!」
全速力で右側に廻り込んで来る3両の先頭車両に狙いを付けて命令を求めるミハルに、
「よし、撃てミハルっ!」
間髪を入れずリーンが叫ぶ。
((グッオオオォーンッ))
75ミリ徹甲弾がM4の車体を狙って飛ぶ。
M4に対して車体の向きを変えたバスクッチ車も射撃を開始する。
こちらの2両に対して3両のM4は走行中射撃を始めたが、全くあらぬ方に弾が飛んでいく。
そして・・・
「命中!先頭車両撃破。3番車両もバスクッチ車が撃破しました」
キャミーがペリスコープを覗き込みながらマイクロフォンを押えつつ観測を続ける。
前後の車両を撃破されたM4は、それでも突き進んでくる。
ー 何故?突っ込んでくるの。何に急かされているのよ?
リーンがそのM4の搭乗員が一体何を考えているのかが解らず、心の中で訴える。
「撃っ!」
リーンの思考が纏る前に、ミハルが発砲した。
砲声が轟き、狙われたM4に弾が飛び車体後部エンジン部分を貫通した。
後部から火災を起し、つんのめる様に停まったM4からその乗員が脱出する光景が見える。
「M4小隊撃破。次はどうしますか中尉?」
ラミルが何処へ向かうかを訊いて来る。
ー 重戦車隊も、今のM4小隊もそうだった。
仲間の被害を省みずに、やたらと突撃して来る。
どうしてそんな無謀な事をするんだろう?
まるで何かに怯えているかのような・・・
「リーン、どうかしたの?」
呼び掛けられて、我に返ったリーンが。
「ごめん。考え事してた。何かなミハル」
「あの、次はどの敵に射撃したらいいのかなって・・・」
ミハルがリーンの反応に戸惑って訊いて来た。
次の目標を探すリーンが、一つ気になる部隊を見つける。
右舷真横2000メートル付近で味方4号中戦車部隊と撃ち合っているM4部隊は、
進むでもなく退くでもなく一箇所に留まって闘っている。
味方4号はその敵部隊に苦戦を強いられているみたいだ。
ー あっちは普通に闘っているな。こっちみたいに無謀な突撃は掛けていない。
右舷の敵中戦車部隊を叩こうか、それともこのまま正面部隊を追撃しようか・・・
リーンは戦況の全体像を知りたくなって、
「キャミー、司令部へ訊いてみて。今、戦況はどうなっているのかをね」
司令部へ情報を求める。
無電を打つキャミーを見てリーンはその返答を待つ間、
キューポラから半身を出して双眼鏡を使って前方を観測する。
焼け焦げた戦車から上がる黒煙が邪魔になって市街地付近が良く見えないが、
市街地の手前にある土が盛り上がった所で何かが光った様な気がした。
ー ん?今何かが光ったような・・・
もしかしたらあそこに何かが潜んでいるのかもしれない
双眼鏡の倍率を最大に上げて光が見えた所を更に見詰めるが、もう見当たらなかった。
ー おかしいな。必ず何かが居ると思うんだけど。
注意は必要なのかもしれない。
あんな手前に重砲が配置されている筈は無いと思うけど・・・
双眼鏡から目を離したリーンは一応の警戒はしていたが、更に用心深く観測する事を怠ってしまった。
その気の緩みが後にとんでもない結果を招く事も知らず・・・
リーンは一度見掛けた妖しい光に気付きながらも慢心したのか放置してしまった。
その油断がその後の悲劇の元となる事にも気付かず・・・
次回 ミスリード 誤った判断
君は悲劇の始りに気付かなかったのか?その油断ゆえに