第五章 決意
同時刻、捕虜から引き出した情報をもとに上層議会が行われていた。
捕虜からの情報を深月中将が報告している。
「まず、昨日捕らえたスパイは邪鬼の帝のものであることがわかりました」
ここまでは予想の範疇だ。
問題はここからだ。
「邪鬼の帝がスパイを送り込んできた理由は、邪鬼の帝が陽月の帝への攻撃を計画しているとのことで、それに対する情報集め、具体的には兵の数や"D"の数、組織構造、地理、今の呪術や兵器の技術レベルです。攻撃は早くて三日後、遅くて二ヶ月後だそうです」
「何っ!?」
全員が声を上げる。
「それで……情報はどの程度漏れているんだ?」
源太郎元帥が聞く。
「兵の数や組織構造、地理に関しては全て漏れているそうです。"D"人数や技術に関しては中々口を割らず、はっきりとしたことはわかりません」
「なら、おまえはどう考える?」
「"D"に関しては、綾斗大将、火印中佐、私の三人の能力は八年前、東西分裂した事件で確実に漏れていると考えます。光中将の能力は目立ちにくいため、恐らくは漏れていないと。武藤少尉、進道少尉は訓練舎で能力を使う練習をしていたため漏れていてもおかしくありません。邦坂二等兵は今朝の時点で能力を使ったのが一度、火印中佐との面接時のみ、話したのが二度、会議室で火印中佐と通少尉に、兵舎の邦坂軍曹の部屋で同じ隊のメンバーに、その時、二回とも、スパイの五人は訓練舎で訓練をしていましたし、訓練時間外も監視をしていましたが、盗聴器などを付ける素振りは見せませんでした。だから、漏れていないと思われます。呪術に関しては旧式の呪術符を渡していましたが他の隊員から何か聞いているかもしれませんし、何とも言えません。兵器に関しても同じです」
「そうか……その調査もしなければならない、たが、今はそれどころではない。早ければ三日後に攻めて来るとのことだ。スパイを活動中に捕らえたのだから相手は連絡が途絶えたということになる。相手も迂闊には手を出せんだろう。だが、その裏をかいてくる可能性もある。ここで綾斗大将、どう考える?」
次は綾斗大将に振られる。
「まずは攻めて来ると仮定しての話ですが、攻めて来る場所は恐らく陸からでしょう。海には多くの降三世明王呪が仕掛けられています」
順を追って話し始める。
「空は八年前の東西分裂した事件で全て止められるとわかっています」
そう言って火印中佐を見る。
そして、話を続ける。
「だから、対策としては、東と西の境界付近に陽光の組、月光の組の隊員を配置します。これでいつ攻めて来ても早急に対応ができるでしょう。攻めて来た兵の数がこちらよりも少なかった場合、そこで防ぎます。多かった場合、時間稼ぎをし、裏取り部隊として月影の組の隊員を向かわせます。それで戦況が変わるのを願うしかないでしょう」
「まあそうなるか……兵の数に差が千以上もある。まともにやりあっては分が悪い。それで、裏取りは成功しそうか?」
この作戦での最重要事項だ。
これに対し、火印中佐は微笑して
「やってみせますよ。なんせ月影の組はエリート揃いの少数精鋭なんでね」
と答える。
「言うね~」
光中将が楽しそうに笑っている。
「よし、今から全隊員を訓練舎に集めろ。明日朝七時にここを出て旧長野県南部にある中部第一拠点まで行き、物資を受け取れるようにしろ。そして、それが終わり次第旧岐阜市にある境界拠点で戦いの準備。ただし、月影の組は長野や岐阜には行かず、名古屋拠点まで行け、物資は他の隊が届ける」
『了解』
そして、戦いはまもなく始まる。
『全隊員に告ぐ。訓練を中止し、直ちに訓練舎に集まれ、訓練舎で訓練中の隊も中止。繰り返す―』
俺が訓練舎での訓練を終えようとしていた時、スピーカーから放送が鳴った。
「訓練舎って、ここだよね?」
蓮が確かめる。
「はい。昨日のスパイの件然り、何か大きな動きがあるとみてよいでしょう」
巴が不安そうな顔で言う。
ガチャッ、―他の隊員が入ってきた。
二分も経たない内に全ての隊が集まり、整列した。
一人の男が前に出て、スピーカーで話し出す。
「俺は陽光の組、皇剛一大佐だ」
あれ?この声、何処かで聞いたことがあるような……。
「昨日、捕らえたスパイからの情報で邪鬼の帝が早くて三日後に攻めて来ることがわかった」
辺りにどよめきが起こる。
「迎え撃つため、明日朝七時にここを出て―」
剛一大佐が説明を続ける。
「ただし、月影の組は別動隊として今日十五時から名古屋へ向かえ。あと、陽光の組、月光の組の以下の隊は東京付近の防衛としてここに残る。宇田隊、小野隊、……」
幾つかの隊が呼ばれた、ざっと百人ほどか。
「陽光の組は皇綾斗大将が、月光の組は皇光中将が、月影の組は火印中佐が、東京に残る隊は俺が指揮を執る。それでは解散、出発の準備を始めろ」
剛一大佐の話が終わっても数十秒はどよめきが続いていた。
どよめきの中、俺の前に剛一大佐が現れる。
「きみが邦坂祐二等兵かな?」
「はい、そうですが……何か御用でしょうか?」
「"D"であるきみの初陣、輝かしく終わること期待している。呉々(くれぐれ)も死なないように」
何処か、含みのある言い方で言う。
「期待に添えるよう、努力します」
剛一大佐が去っていった。
「なあ巴」
「何ですか?兄さん」
「俺は記憶を失う前、剛一大佐と話したことがあったか?」
もしやと思い、声を潜めて聞いてみる。
「いえ、私の知る限り無かったと思いますが……どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
矢張りあれは気のせいだったのか……。
「なあ、櫂、蓮、二人は初陣の時、剛一大佐や他の人に話しかけられたりしたか?」
剛一大佐は"D"である俺の初陣と言った。
なら、この二人も話しかけられたことが……
「う~ん、無かったと思うよ」
蓮が答える。
櫂も首を横に振っている。
「えっ……」
どういうことだ?
何故、俺だけ……?
何かが引っかかる、あの声は俺の記憶に深く根付いている。
「急がないと出遅れてしまうよ」
通が言う。
「そうですね……」
巴が時計を見た。
時刻は十二時半を指している。
「私は火印中佐から指令書を貰って来ます。皆さんは先に食堂へ行き、昼食をとっておいて下さい。そこで指令に関してお話しします」
月影の組は戦闘に専念しろ、とのことだったので出発までにすることは少ない。
俺たちは巴の指示通り、食堂へ向かった。
食堂はいつもより空いていた。
恐らく、他の隊の多くは出発の準備に追われているのだろう。
巴は直ぐに来た。
「皆さん、お待たせしました。それでは説明を始めます。……」
巴の説明が終わると昼食をとり、解散した。
俺は今、兵舎の自室に居る。
時刻は一時過ぎ、呪術符や銃の準備をしつつ、今回の作戦の流れを思い起こす。
まず、東京ですることはほとんどない。
自分の装備を整えておくことくらいだ。
次に、午後三時にここを出発。
そして、名古屋拠点に着いてからは、敵が三日以上早く攻めて来て、陽光の組、月光の組が到着していない時に戦闘、それ以外は戦いが始まるまで待機だ。
因みに、陽光の組と月光の組は月影の組より一日ほど遅れて到着するとのことだ。
準備を終え、心を落ち着かせる。
ここで、何故か、あの施設に居たとき、施設の統治者―皮肉にも、俺をここまで強くした人が言っていたことを思い出す。
「何か強い決心をしている者ほど強い者はいない」
記憶をすり替えたのがあいつなら心を落ち着かせ、自分と向き合った時、思い出してしまうのも無理がない。
戦いが終わっても、今の暮らしが続くように―これが俺の願いだ。
俺はこの願いを本当にする―巴を、通を、蓮を、櫂を、仲間を守り抜く、そう誓った。
そして、外に、戦いに出た―。
あっという間に三日が経った。