エピローグ~現実視~
「ここはどこだ?」
空中に浮いているような物理法則を無視したような感覚が身体を包む。周りには何もない。
――やあ、はじめまして。
どこからともなく声が聞こえてくる。
「誰?」
――私は火の精霊、君たちの世界ではサラマンダーと呼ばれることが多いかな。
「もしかして、あの力は君が?」
――そうとも言えるしそうとも言えない。
「どういうこと?」
――私は君に人間には有り余る力を与えただけさ。それを呼び起こしたのは君の潜在能力。
「要するに俺を″D″にしたのが君ってこと?」
――そういうことになるね。
「何で俺なんかを″D″に?」
――う~ん。君の性格が気に入ったから、かな。
「それはどういう……」
――今日はここまでだね。君の生きる世界で君の肉親が待っている。
「俺に肉親なんか……」
巴のことを思い出し、目を伏せてしまう。
――それじゃ、ばいばい。
「あ、待て! もっと聞きたいことが!」
目が覚めた。視線の先には白い天井。
居場所を探るべく、寝転がったまま首を動かして辺りを確認する。どうやら病院のベッドの上で寝ているらしい。
「兄さん?」
物音に気付いてか、カーテンの向こうから巴の声がする。
ああ、夢か。それも酷く質の悪い。
カーテンの間から顔が出てくる。
「兄さん! 目覚めたんですね!」
「巴……」
「よかった、ほんとに……」
涙を流して喜ぶ。よほど質の悪い夢なのだろう。
「これは夢か?」
「何を言ってるんですか、兄さん。れっきとした現実ですよ」
くすりと笑いながら返してくれる。
「じゃあなん…………いたっ……」
身体を起こそうとすると身体中の傷が痛み出す。
「もう、何やってるんですか。怪我だらけなんですからじっとしていて下さい」
と言い、近くに駆け寄ってくる。
「痛い……、痛い? 痛い!」
「何言ってるんですか」
「痛い……これは現実なんだな!」
最高の現実だった。
「だから初めからそう言ってるじゃないですか」
少し呆れながらもどこか嬉しそうに返事をしてくれる。
「巴、生きてるのか?」
手を出して巴に触れる。すると以前と何ら変わりのないあたたかさが伝わってきて思わず目尻に涙が浮かぶ。
「え、私ですか? 少なくとも兄さんより無事ですよ。あ、兄さんは私が心臓を貫かれたのを見て」
首を縦にふる。
「″D″の能力の継承に関してはもう兄さんもご存知ですよね? 私、少し前から″D″なんですよ」
「え?」
「邪鬼の帝に攻め入ったときに私は″D″と戦ったと言いましたよね? なんと治癒能力者になってたんですよ」
驚きで声を出すことすらできない。
「さ、堅苦しい話はここまでにして。皆さんを読んできますね。皆さん、兄さんのことをずっと心配してらっしゃいましたから」
「そうか、それは迷惑をかけたな。すまない」
なんとか情報を処理して返答をする。
「いえ、迷惑だなんて……」
「じゃあ、ありがとう」
「えっ……」
少し顔を赤らめ、照れくさそうに下を向く。
「で、では、呼んできますから!」
駆け足で部屋を出て行った。
後ろ姿を見送ってやることがなくなる。
そこで、巴とほぼ入れ違いで人が一人入ってきた。
「調子はどうだ?」
「すみません、火印中佐。こんな姿勢で」
「そんなのどうでもいい。気持ちの整理は着きそうか?」
巴のことについてだろう。
「まだ少し混乱していますが、良かったことなので嬉しくて仕方がありません」
「そうか。ほんとに……よかったな」
そう言って出入口の方へと向かう。背中越しに声が聞こえる。
「そうだ。暫くは大人しく療養だ。軍のことも考えなくていい。あれだけ無茶な戦いをしたんだ。ゆっくり休め」
出て行った後、またほぼ入れ違いで巴が帰ってくる。今度は四人だ。
「あれ? もしかして、火印中佐ここにいらしてました?」
「うん。休めって言われた」
「用事とかは?」
「いや、寧ろ軍のことは何も考えなくていいって」
「いつまでもそんな話してないで。寿命が縮むよ~」
巴の横から蓮が現れる。
「怪我、大丈夫か?」
櫂が声をかけてくる。
「ああ、そのうち治るだろう。ん? 通、その手……」
通が片腕を首から吊るしてギブスをつけていた。
「ああ、これ? 見かけほど大したものじゃないよ」
「そうなのか」
他愛ない話が続いた。凄くつまらない話。
だが、それが特別に思えた。
「兄さん。動き辛いと思いますし、困ったことがあればなんでも言って下さい! 全力で力になりますから!」
「大したものだ。あの炎を浴びて身体が残っているとは」
部屋の中で拘束された男を前に一人の男が話しかける。
「褒められてもあまり嬉しくないな。負けたら身体が残っていようと意味がない」
「そうか」
拘束された男に背を向けて部屋から出ようとする。
「あ、そうだ。父上はお前のこと、ちゃんと子どもとして育ててたぞ」
「深月~」
「何? 光」
「この先どうなると思う?」
「少なくとも今まで通りとはいかないだろうね……」
「そうだよね~」
「あ、正斗! 会議中に突然部屋を出ていったと思ったら。全くどこへ行ってたんですか」
「あっちのほう」
と、来た道を指す。
「あなたはいつも誤魔化して……今日という今日は…………」
噛みつく絢香に
「はいはいそこまでそこまで~」
翔がふざけてわってはいる。
「あなたもいつもそうやって……」
『ははは』
時雨と氷華の笑い声が飛ぶ。
みんな、好き好きに話した。
この間までの波乱が終わったことを意味するように。
そして――――――――――――――――
『悪鬼羅刹のサラマンダー』最後まで読んでいただきありがとうございました。今後のことに関してはこの話を投稿した後に活動報告にて話します。そちらもご確認いただけると幸いです。




