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第二十三章 本当の能力

 周りを二十ほどの敵兵に取り囲まれ、その中央に背中を合わせて身構える三人の精神は擦り切れ、限界までかなり近付いていた。二人の”D”、それも一人の能力の見当がつかない中で太刀打ちできるかわからない。だが離脱することもできない。

 それなら短期決戦、一気に全力を出して戦う他ない。

 巴は後ろにいる二人に視線で合図を送った。

 一斉に向かってくる敵兵の前で同時に唱える。

『爆ぜろ、火界(かかい)(じゅ)!』

 爆発した呪術符は狙い通り相手の視界を奪う。

 直後、三人は位置を入れ替わり数人を仕留める。

 一瞬の出来事に敵は混乱して隊列を崩す。

 そしてまた数人を仕留める。残りは一人、それを(れん)が飛んで近寄り、喉元を掻き切る。そこを通過点として勢いを付けたまま刀を持ったほうの”D”に迫る。室内では飛行能力が役に立つことが少ない。だが、体が空中に浮いている間に無防備になり辛いことを考えれば役に立つことを認めざるを得ない超能力だろう。

 蓮の後ろで(かい)が爆発能力者への牽制と蓮への援護を送る。

 蓮が相手の眼前にたどり着いたところで、相手は表情を一切変えることなく立ったままだった。

 束の間、空中に浮いていた蓮の体は無理矢理床に引き摺り降ろされる。蓮に合わせて背後に忍び寄っていた(ともえ)も、少し離れた位置にいた櫂でさえも。

「あぁっ……!」

 床に自分の体がぶつかり、衝撃が加えられる。

「この程度……飛んでみせ、っ……」

「無駄無駄、地球にいる限り重力には逆らえないんだからさあ」

 ――重力操作、果たしてそんなことがあり得るのだろうか。でも、今目の前にあるものは正にそれだ。嘘ではない。

 相手の言った通り、地球にいる限り抗うことはできない。それは負け、即ち死を意味する。

 重力という概念・・に抗えないのだ。

「すぐ楽にしてやるよ」

 刀が迷いのない動作で蓮の首を断とうとした瞬間、蓮の体がはねた。

 瞬時に理解が追い付かなかったが、距離をとる。三人共の身体にのしかかる重りが消えていた。

 視線の先には黒と白の隊服、そして大将の階級章を身に着けた男が一人。

「余分にのしかかっている重力を曲げて無効化した」

 (すめらぎ)綾斗(あやと)大将の姿。

 概念には概念を、曲げるという概念を用いたわけか。

「――須田すだ!」

「おうよ」

 天井が爆発して瓦礫が落ちてくる。しかもその瓦礫は重力操作によって加速されている。

 これだけ分散された重力を瞬時に曲げて処理するのは流石の綾斗大将といえど無理がある。

 全身に瓦礫が降り注ぐと思われた矢先、瓦礫が空中で止まる。なにか見えないものに阻まれて。

「重力を最大で加え続けているのに……!」

 巴の横に中佐の男が現れる。

 ――そうか。空間という概念の中に仕切りを作る火印かいん中佐の能力はことにもよるだろうが、こと概念同士のぶつかり合いに関しては威力なんて微塵も意味をなさないのだろう。

「巴! 蓮! 櫂! ゆうは屋上に行った。もう始まっているだろう、急げ!」

 ここを火印中佐と綾斗大将が請け負ってくれるということだろううか。

 綾斗大将も無言で頷いている。

 三人は軽く一礼だけして、何も言わず言われた通りに、いや、本能のままに急いで走り出した。


「馬鹿なここの連中は何も知らない。”D”が殺されたとき、そいつがもってた超能力は殺したやつに受け継がれることもなあ!」

 ――そんなことがあり得るのか? 疑問が浮かぶ。だがその疑問は目の前の実例によって搔き消される。

「私は対人戦で到底綾斗や火印に敵わなかった。深月みつきひかるにもだ。”D”じゃなかったから敵う筈もなかった。ある日、俺は戦場で偶然能力の継承を目にした。都合のいいことにこのことを知っている奴はいなかった。だから”D”を殺した奴を殺す、そうすれば簡単に能力を手に入れられるだろうと思った」

 口元を歪めて続ける。

「簡単だったよ、”D”を殺した奴は、自分が”D”になったことも、私に殺される理由も知らないまま死んでいった。私とて罪悪感がなかったわけではないよ。だが必要な犠牲だった。おかげで私は危険に立ちあうこともなく”D”に、それも概念系の能力を手に入れられたんだからな! これであの二人にも追い付いた。

いや、もう追い越した」

 言い放つ。俺は無性に腹が立った。

「必要な犠牲なんて……あるわけ、ないだろうがっ……」

 どくどくと血が流れ落ちる左腕を押さえながら立ち上がる。

「施設長……あなたを……許さない」

「許さない? 誰が? まさかきみが? はははははっ、冗談はよしてくれ。そのみすぼらしい心象で何ができる」

 瞬時に炎を足にブーストし、跳びかかる。

「無駄だ」

 冷徹に言い放ち、鬱陶し気に片手を振るう。

 施設長に迫るよりはやく身体に無数の斬撃が加えられ、地面と正面衝突した。

「がはっ……」

 口から血が漏れる。

 深い切り傷だらけの身体には力が入らず、立ち上がろうとすることさえできない。

「では、斎藤さいとう卿人けいと。――いや、邦坂くにざか祐」

 俺の喉元に照準が合わせられる。

「ぐっ……はぁっ……」

 振り絞る無我力で一つの火の玉を形成する。しかし風が吹くだけでそれは消えた。

「愚かな」

 ――斬撃が肉体に入り込み、血しぶきが飛んだ。

「兄さん……」

 上から俺に血しぶきが降り注ぐ。生きたまま、それを感じた。

「えっ……」

 目の前で心臓を貫かれた巴が倒れこむ。走ってきた巴が盾になったのだ。

「ともえぇぇぇっ!」

 地を這いつくばって巴の方へ行く。

「これは、驚いた」

 どうしてっ……俺は巴を守ると誓ったのに…………!

 手が届く距離まで近付いて必死に呼び掛ける。

「ともえっ……! ともえっ……!」

「にい……さん……。すみません、記憶……取り戻せませんでした……これでお相子ですね……」

 そしてそっと目を閉じた。

「あああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」

 ――全くお相子なんかじゃないっ……

 絶叫にかられ、力を振り絞って立ち上がる。

「よくもっ……ともえを……」

「煩わしい」

 超能力ではなく、何の変哲もないたった一発の蹴りで身体が吹っ飛ばされる。途端、全身に激痛が走る。

 だがそんな痛みなど忘れたように踏みとどまる。

「こんな痛み、巴に比べたらぁぁ!」

 力の限り吼え、無我夢中で力を振り絞った。

「何っ……!?」

 身体が炎に包まれていく。違う、身体の一部一部が、全身が炎へと変貌していく。

小癪こしゃくなっ……」

 片手を振るう施設長の頬に冷や汗が滴る。

 だが斬撃は無意味。施設長もわかっていただろう。さっきも、炎が切れないから空間を断って防いでいたのだ。


 そして、邦坂祐の身体全身は空間をも焼き尽くすほどの火炎へと変わり、火の精サラマンダーへと覚醒した。

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