第二十章 水無月
忘れもしない僕が八歳だったときのある夜。
数年後、陽月の帝の主力になると言われていた三人の暗殺計画。
その時よりも強くなる前に殺してしまうという邪鬼の帝の算段だったのだろうと言われている。
だが違った。この計画は邪鬼の帝のものではなく――。
「やっぱりね。陽月の帝がこんなにも邪鬼の帝に対して遅れをとるはずがないしね。皇剛一大佐が手引きしていたんだろう。八年前だけじゃなてつい先日のスパイの件もお前たちだろう?」
冷静に聞く。
「よくわかったねえ」
「それでさっきから天井が崩れてるのもそいつの爆発能力だろう?」
「そこまで気づいててなんで三人を先に行かせた? 情報よりも敵の”D”が一人増える可能性が出てくる。人数がわけられるのは得策じゃないだろう」
「そうでもないさ。”D”じゃない僕が”D"を一人殺せばいい話だ」
対して、嘲り笑うように言う。
「まだ私を殺す気でいたのかい。この能力の強さを知っておいて?」
八年前、通が八歳だったとき。
陽月の帝で対”D"戦最強と言われた皇綾斗、対軍戦最強と言われた火印正斗、対人戦最強と言われた水無月綾を狙った暗殺計画。三人はまだ十六か十七だった。そして綾は――。
「姉さんが強かったのは能力に依存していたからじゃない。依存いているお前とはわけがちがう。それを僕が――」
呪術符を取り出しつつ、鋭い声で言った。
「――証明してあげるよ」
「姉の代わりに? 笑わせてくれるねえ! ただの人間であるおまえに何ができるんだ」
右手の力を増大させていく。
憑依能力、生物や魔物の力を身体に付与する。野生に現存する生き物からキメラや妖怪、伝説上の怪物まで。だが通にとっては見慣れた能力だった。
驚くことなく、流れる動作で毘沙門天呪を展開し、コンバットナイフを取り出す。
刹那――
「何っ⁉」
通は既に敵の背後にいた。そのまま一閃。
受け止める、いや、振り向く時間さえなかった相手は背中を向けたまま躱す。
のけぞり、不安定になったところを
「爆ぜろ――火界呪!」
爆発で吹き飛ばす。
多少、腕でカバーできたようで傷は少ない。
「貴様っ! ”D"でもないのにどうしてそんな速さを……」
「水無月の家は陽月の帝の中でも呪術が進んでてね」
その次の言葉を発するときには肉薄していた。
「扱いも一番ってことだよ!」
狙いは心臓、穿つ!
「させるかぁ!」
ナイフと右手がぶつかる。
それでは流石に分が悪い。体を回転させ、背後に回り込む。
そして毘沙門天呪を二枚、慈救呪を一枚取り出して空中に展開、合成して力だけを抽出、ナイフに付与。
ナイフの周りには溢れ出んばかりの力が漂っており、大きさまでもを増大させている。
呪術符の合成や抽出、物質への付与は水無月の人間以外でできる者は少ない。
強化されたナイフを振り翳す。
再びナイフと右手がぶつかる。鬩ぎ合い、両者弾こうとしてナイフと腕が離れる。そして二度、三度、ぶつかり合う。
通は飛び上がり、身を翻して相手の頭上から一撃を叩き込む。
相手はそれを真正面から受け止め、威力を受け流すようにして逸らし――通の視界から消えた。異常な速さだった。
次に見た時には後ろ三メートル程の距離で構えていた。
見ると全身に憑依がされている。
さっきの尋常でない速度といい、憑かせているのはかなり高位の生物だろう。神話の怪物に相当する程の。
「テューポーンの炎をくらいなあ!」
テューポーン、ギリシア神話で怪物たちの王といわれた竜、あるいは巨人。その炎は全宇宙を崩壊させたといわれる灼熱の火炎。その力は神々の王であるゼウスと肩を並べる程であるという。
辺りの温度が一気に上がった。
両手から灼熱の火炎が放たれる。
「慈救呪、多層展開!」
即座に慈救呪を複数枚取り出し、掛け合わせ、多重防壁を展開する。
だがその炎で一気に半分以上もっていかれる。勢いはまだ止まらず、一枚一枚破壊されていく。残り二枚。
――確かに強力な炎だ。だけど、所詮は憑依、彼の炎に比べれば死んでいる。
もう一枚守りが壊される、残り一枚。
――今だ。
残りの一枚の展開を広げて防壁の内側に空間をつくる。そしてそこに一定数の種類と量の呪術符を展開する。
「っ!」
かなりの量を同時に展開しているため脳への負担が大きく頭が痛む。
――この程度の量、姉さんは簡単に使ってみせたじゃないか!
自分を鼓舞し、呪術符を操作する。
毘沙門天呪、慈救呪、降三世明王呪、千手観音呪、これらの呪術符は一つ一つが呪術符でありながら、大きな呪術のもとになる型だった。そしてその最大呪術、神殺しの魔術ともいわれる高エネルギー砲――グングニル。
「呪術展開、グングニル!」
グングニル――北欧神話で必ず勝利をもたらすといわれた槍。
最後の一枚の防壁が破壊されるとともに
「発射!」
灼熱の火炎を貫き、心臓を貫く。
「がはっ、何っ……」
辺りの炎は止み、地面に血が滴り落ちる。
「テューポーン程の力をもってして、何故っ……!」
「他人の能力を奪ってなんの努力もしないで図に乗っていたお前にはわからないだろうな」
能力を使いこなせていなかったこと、能力が死んでいたことに。
「おのれ……!」
地面に倒れ伏して、息が途絶えた。
「姉さん、返してもらったよ。う~ん、本当に受け継げてるのかな」
通に実感はあまりなかった。
「祐君ははじめ自分が”D”だって知らなかったらしいしこんなものかな」
そして地面に膝をつき
「はは、皆ごめん。もう力が出ないや」
そのまま倒れ、眠りに落ちた。




