第一章 "D"
「違う! 俺は斎藤卿人だ!!」
「いいえ、あなたは邦坂祐です」
俺は斎藤卿人。
昨夜、俺はとある施設から知らない少女達に連れ出され、車に乗り、車の中で寝てしまい、目が覚めたらこの狭い部屋にいた。見たところ拘束はされていない。
寝ていた時、久しぶりに違う夢を見た。
夢に出てくる四人は同じ、邦坂家の人達で、子の名前は祐と巴と言ったか、双子の様だった。その人達が普通に生活したり、遊んだりしていた。
部屋には、連れ出された時、少女が言うには助け出された時、俺を兄さんと呼んだ少女とその時近くにいた上官らしき人物、そして俺の三人がいる。
少女が口を開く。
「あなたの名前は斎藤卿人ではなく邦坂祐です。そして、私があなたの双子の妹、邦坂巴・軍曹です。これに関しては既にDNA鑑定が施されています。」
「なっ!!」
DNA鑑定は寝ている間にされたのだろう。
それよりも、これは夢に出てきた双子ではないか。
「あなた――兄さんは四年前十二歳のとき、敵襲時にさらわれました。そして、昨夜まであの施設にいました」
あの施設、か。俺は四年間暮らしていた施設の名前さえ知らない。
「それよりも兄さんは記憶がないのですか!?」
巴は取り乱して聞いてきた。
俺はこの問いにどう答えれば良いのか分からなかった。
なぜなら、俺の記憶は自分が斎藤卿人という人物になっている。
斎藤としての記憶はあるが、邦坂祐としての記憶は一切ない。
別人ではないかと思う。
巴は俺をじっと見つめている。
返答に困っていると、四年前にさらわれた、と、言われたことを思い出した。
そこで初めて気がついた。
斎藤としての記憶は四年以上前のものがない。
よく考えれば、牢屋で寝るのもおかしな話だ。
他の兵士達は兵舎で寝ていたはずなのに。
さっき抱いた疑念が確信へと変わった。
あれは夢ではない。記憶の断片だった。
ここまで来てやっと答えられた。
「俺は記憶を失っている」
「っ……!」
巴は顔をしかめた。
「だが、断片的には思い出している」
巴の顔が僅かに明るくなった。
他人なら絶対に分からなかっただろう。
もしかすると、これが兄妹というものなのかも知れない。
そして巴は上官らしき人物に話しかけた。
「どうしますか?」
その人は俺の前まで歩いて来て言った。
「記憶が操作されている可能性が高いな……」
そう言って少し考えた。
「邦坂祐。俺は火印正斗。階級は中佐。今は一度帰れ。そして明日もう一度話をする。おまえが今、何を覚えている、知っているか、あの施設で何をしていた、されていたか、聞きたいことはたくさんある」
あの施設、敵とはいえ、中佐という階級を持っていても名前は知らないようだ。
だが、それよりも、
「帰るって、どこへ?」
「兵舎におまえの部屋が用意してある。巴が案内する」
巴の案内で建物を出ると、空が赤く染まっていた。
さっきまでいた建物はこの国の中心であるようだ。
「こちらです」
巴に連れられ、二、三分歩いた所に兵舎はあった。
部屋まで行き、明日の予定を告げられた後で別れた。
部屋はベットにバスルーム、クローゼットといったシンプルな造りだった。
クローゼットには昨日見た、黒と白の軍服が入っていた。
その日はシャワーを浴び、すぐにベットに入った。
そして、今までいた、あの施設と今いる国のことを考えていたが、また一つ不可解な点があることに気が付いた。
俺はあの施設にいた時、外に出たことが一度もない。
そんなことを考えている内に眠りについた。
兵舎を出てすぐのところに広場がある。そこに九時半に待っておくよう巴に言われていた。
広場に行き、時計を見ると九時十五分だった。
ベンチに腰掛けて待った。
そういえば、昨夜は夢、いや、記憶を見なかった。
もしかすると、一昨日見たものが思い出せる全てなのかもしれない。
そんなことを考えている内に巴がやって来た。
「おはよう」
俺に気付くと巴は、
「おはようございます。では、行きましょう」
昨日と同じ建物の地下に連れて行かれた。
そして、巴が地下室の扉を開いた。
「失礼します」
中に入ると火印中佐を含む六人が立っていた。
「おう、来たか」
火印中佐が応じた。
「用件を始める前にこいつらを紹介しておく。向かって右から、北条時雨中尉、皇氷華少佐、光牙翔大佐、闇導絢香大佐、皇光中将だ」
皇少佐は俺と同じくらいの年、他の人達は火印中佐と同じくらいの年で二十四、五といったところか。
でも何でこんな階級の高い人達が?
「で、今日の用件は四つだ。一つ目は、おまえがこの世界についてどれだけ知っているか。二つ目は、四年前の事件について。三つ目はおまえがあの施設で何をしていたか、どのような生活をしていたか。そして、最後にこれからおまえはどうするのか。それでは早速始めさせてもらう」
火印中佐が淀みなく話す。
「まず、おまえはこの世界についてどれだけ知っている? この国がどういう国か分かるか?」
「分かりません。日本というくらいしか……」
そう答えると、この場にいる全員が驚いたような顔をした。
「正斗~、これ、全部一から話さないといけないよ」
皇中将が言った。
「そうみたいだな」
そう言いながら火印中佐は説明を始めた。
「日本は現在、東西に分裂している。八年前、東では陽月の帝、西では邪鬼の帝という組織が栄えていた。この二つは平和協定を結んでいたが、あることがきっかけでそれが崩れ、そうなった。そして、この国は陽月の帝だ。陽月の帝は皇という主家が支配している」
そう聞いて俺は皇中将と皇少佐を見た。
「そうだ。こいつらは皇家の人間だ。まあ、光は養子だが」
と、言い、話を続けた。
「そして、その主家に仕える名家が水無月、木暮、光牙、闇導だ」
そう聞いて、次は、光牙大佐と闇導大佐を見た。
「こいつらは名家の人間だ」
そこで、彼らが年の割に、高い階級を持っている理由が分かった。
だが、火印中佐は?と思ったが、聞くのも憚られたため黙っていた。
「そして、軍に関しては、主家直轄の陽光の組、光が指揮官である月光の組、そして、俺が指揮を執っている月影の組だ。この国のことに関しては以上だ、質問は?」
「いえ、ありません」
いきなり聞かれ、慌てて答える。
「ならば、次に移る。四年前の事件についてだ。おまえはその事についてどの程度覚えている?」
「えっと……」
俺は、目的が自分だったこと、両親が殺されたこと等を記憶として話した。
「そのことについてはしっかり覚えているな。では、なぜ、おまえが目的だったか分かるか?」
「えっ――」
この質問をされた時、俺の思考は止まった。
「この事件での死者は二名、おまえの両親だ。そして、おまえが拐われた。この事件での人的な被害はこれだけだ。この結果を見ても、敵がおまえだけを目的にしていたことが分かる。だが、普通なら、ただの少年一人を目的にするなんてありえない」
火印中佐は続けた。
「それは恐らく、おまえが超能力者だからだ」
「超能力者!?」
「そうだ。この世界には僅か数人、"D"または、タイプ・デーモンと呼ばれる超能力者が存在する。タイプ・エンジェルと呼ぶ奴もいるがな」
「で、俺がその、"D"と言うんですか?俺は今まで何も変わったことをしたことがないですよ!?」
「後で検査をする。今は質問を続ける。いいな?」
「あっ、はい」
階級の高い人達が来ているのはどうやらこのせいらしい。
「では三つ目だ。あの施設ではどのような生活をしていたか?」
俺は牢屋で寝て、その他は他の兵士達と同じように訓練を受け、生活していたことを話す。
「あの施設の名前は分かるか?他には施設での権力者や、西・邪鬼の帝の施設であるかは?」
「分かりません。施設の統治者を見たことはありますが、仮面をつけていて……」
「そうか……ならば、次に移る。最後の質問だ。これからおまえはどうする? 陽月の帝に入るか、それとも入らない場合は……」
そこで、俺は火印中佐の言葉を遮って答えた。
「自分は陽月の帝に入ります」
「何故だ?」
「記憶はありませんが、単に故郷だからというのもあります。また、"D"だなんて言われると検査もしたいです。ですが、それ以上に俺のように連れ去られ、記憶を消されるなんて事を二度と起こさないために」
「分かった。今日からおまえは陽月の帝、月影の組の一員だ」
「え? 配属とか勝手に決めちゃっていいの?」
皇中将が聞いたが、いつものことなのか別段驚いているわけでもなさそうだ。
「まあ、いいだろう。それよりも、今から検査を始めるぞ」
そう聞いて、俺は、
「始めるって、ここでですか?」
不思議に思って尋ねる。
「ああ、そうだ。この部屋は戦っても大丈夫なくらいに補強されているからな」
「検査というので、もっと機械とかがあるところに行くのかと思っていました」
「超能力は心の問題だ。機械とかは必要ない。おまえが"D"であるか調べるだけだからな」
「そうですか……でも、超能力と言われてもいまいちピンとこないのですが……」
「なら、こっちに歩いてこい」
なぜかわからないまま歩き出した。
しかし、火印中佐に届くまでに何かに阻まれた。
「うわっ! なんだこれ!? 見えない……壁?」
「そうだ。俺とおまえの間に結界をつくった」
俺は驚きのあまり、声が出なかったが、火印中佐は続けた。
「では、次。光」
「は~い」
皇中将は俺の所まで歩いて来て、耳元で囁いた。
「今日、青色のパンツ穿いてるでしょう?」
「何で分かったんですか!?」
またも驚いた。
「透視したからだよ」
火印中佐と皇中将はどうやら"D"らしい。
「さあ、次はおまえの番だ。まあ、"D"でない可能性もあるが…」
火印中佐は言った。
「でも、俺は一度もそんな能力なんて使ったことないですよ、"D"でないのでは……」
俺がそう言うのを遮って、
「超能力は能力者が明確な意思表示をしないと現れない。だから、とりあえずやってみろ」
「やるってなにを?」
「言っただろ? 超能力は心の問題だ。だから、自分が超能力だと思うことをやってみろ」
七人の視線が俺に集まる。
意を決し、手を前に出して念じる。
すると、辺りの気温が上昇した。
手を見ると、そこには、赤い炎が煌めいていた――。