第十三章 それぞれの想い
邦坂隊が待機しているという部屋の前に着く。
インターホンを鳴らすと蓮が内側から鍵を開けてくれた。
部屋に巴はいないようだ。小声で蓮に「巴は?」と聞くと無言でベランダを指す。
通と櫂とは視線を交わすだけでベランダへと向かう。彼らも大体は察しているようだ。
ベランダへのドアを叩き、開ける。
巴がこっちを振り向き口を開きかけたが、何も言わず向き直った。その顔は、矢張どこか元気がないというか、怯み、怯えているようだった。
ベランダの塀に体重を預け外を眺める巴の横に並ぶ。
少しの沈黙が訪れた。
こんなときどうすれば良いか、記憶を失う前の俺ならわかっていたのだろうか……、何から話せばよいかわからず言葉を探していた時、隣で声がした。
「事情は聞きました、また……戦いですね」
どうにかいつもの声を保とうとしつつ、だがどうしても弱々しくなってしまう声で精一杯話し出した。そして、また体が震えだした。
そこで巴が何に怖がっているのか気付く――戦いに怖がっているのだと。
でも何故? 数時間前、突然震えだした。それまでも戦いはあったし、もっと前、俺があの施設に囚われていた頃だって戦っていたはずだ。
それとも今までずっと俺が気付いていなかっただけなのか――それはない……と、信じたい。
それなら、邪鬼の帝で俺を含む四人が影の能力に捕まっていたときに何かあったのだろう。
「父さんと母さんが殺されて、兄さんが拐われたとき、私は路頭に迷いました」
今にも途切れそうなか細い声で話し出した。
「そんなとき、警察と共に現場に来ていた火印中佐に出会いました。当時は火印少佐でしたが。そして、これから私がどうするかを聞かれました。私は兄さんに言った通り、兄さんを助ける、と答えました」
それに関しては記憶がある。俺が拐われる間際に叫んでいた。
「そして私は陽月の帝に連れられ、一連の訓練を見せられました。そして、もう一度聞かれました。今ならまだ止めれる、と。私は迷わず、やります、と答えました。初めの内は他の人達とは別で基礎体力づくりでしたが毎日訓練をしました。一対一での模擬戦、"D"との実戦形式の訓練も受けました。先日、スパイとの戦闘で"D"と実際に戦うこともできました」
巴が今にも切れてしまいそうな精神を繋ぐようにして言葉を紡いでいく。
「それなのに、そのはずなのに……昨日、兄さんたちとはぐれた時、"D"と初めて実際に一対一で戦った時、今一度、超能力の怖さを思い知らされたんです。今まで死と瀬戸際の戦いをしてこなかった反動かもしれません。兄さんや蓮さん、櫂さんたちの戦いを見ていればわかります――呪術や兵器なんて超能力の前ではまるで役に立たないことが。昨日私が戦った"D"の能力には殺傷効果がなく、基本的な対人戦闘においてまだまだ未熟だったため勝つことができました」
巴の声にはどんどん余裕がなくなっていく。
「でも……今回はどうなるかわからないんです。私は死ぬのが怖い。それと同時に自分の弱さが怖い。もう自分の中にあるよく分からない感情に飲み込まれてしまいそうなんです……」
涙を必死に堪えようとするが途切れ途切れに流れ出す。
――泣いている妹を前にして俺はどうすればよいかわからなかった。
だが、じっとしていることができなかったのだろう。俺は巴をぎゅっと抱きしめた。
「にい……さん?」
そして自然と湧き出てくる言葉をそのまま連ねた。
「怖いなら、自分が耐えきれないなら吐き出せばいい。涙も堪えなくていいんだ」
そして誓った。
「俺が巴を守る。絶対に死なせたりなんかしない。超能力が怖いなら、自分が弱いと思うなら俺が助けになってやる。だから――」
自分の体が震えているのがわかる。
「俺に巴の兄である資格をくれ――」
すると巴が口を開いた。
その声は恐怖を帯びたさっきまでの声とは違い、安心に包まれていた。
「兄さんも怖かったんですね……私、自分のことばかり考えていました」
そして満面の笑みで答えた。
「そう言っていただけて安心しました。兄さんはとっくに私の兄さんです。」
昔のことを、今度はいい思いでを思い出すようにして話し出す。
「以前、私たちが四人で普通に暮らしていた頃、私は学校でいじめられたことがありました。そのときも兄さんは言ってくれたんです――私を守ってくれる、と。確かに兄さんがあの施設から戻ってからは昔とは全く違うように感じました。でも、全く変わっていなかったんですね」
俺は、それに対し「ありがとう」としか言えなかった。
兄妹とは本来どちらかがそれを求め、どちらかが認めるものではないはずのに。
巴が決心づいた声で言った。
「兄さんは私の怖さを拭ってくれました。だから私は兄さんの怖さを拭います。兄さんの記憶を取り戻してみせます」
俺はこの時、本当に兄妹というものを感じた。巴のおかげで救われたように感じた。
そして、笑顔で答えた。
「ありがとう」
「兄さん、戦いが終われば剛一はどうなるの?」
ここは指令室、兄、そして戦いが終われば恐らく陽月の帝の実権を握ることになるであろう綾斗に話し掛けた。
「深月か」
綾斗は少し考え、私に答えるのに抵抗しつつも言った。
「最悪、殺すことになるだろうな」
「やっぱりそっかぁ……」
悲しみつつも話す。
「やっぱり、戦争って人が死ぬんだね。もう父上に叱ってもらうこともできないしね」
私は戦争が嫌いだ。だからそれを終わらせるために戦う。
おかしいと言われた。矛盾しているかもしれない。でも昔、そう心に決めた。
「また顔に出てるぞ」
「え?」
いきなりで理解できずに聞き返した。
「もう皆の前では戦うのが嫌いだからといって悲しい顔は見せないっていってただろ?」
「え、嘘? また顔に出てた?」
もう一度聞き返す。
「出てた。ついでに言うと月影の組と協力して境界拠点の敵を倒しに行くときも出てた」
それを聞いて思う、口からこぼす。
「私もまだまだだなぁ」
「火印中佐、準備が整いました」
時雨が報告に来る。翔、絢香、氷華も揃っている。
氷華を除く四人の腰には剣が刺さっていた。
氷華は飛び道具や暗器を使うのが得意なので正面から戦う剣は滅多に握らない。
「おまえら、絶対死ぬなよ」
俺はそう呼び掛けた。
「大丈夫だって」
翔が言った。
「人の心配の前に少しは自分の心配でもすればどうです?」
絢香が言った。
「はい、わかりました」
時雨が言った。
「わかってる」
氷華が言った。
――いつも通りだ。
「よし、行くか」
交差するそれぞれの思い
だが、その交わりは一つの方向を向いていた――




