ハニーサックル
この作品は、大学のサークルの活動で書いたもので、C86で頒布されました。正直、あまりネットに載せる気はなかったのですが、とりあえず載せてみました。
泣いている声が聞こえる。すすり泣く声が。
夕暮れ時、公園のベンチに一人で座っている男の子がいた。小学生の低学年といったところだろうか。夏場で日が長くなっているとはいえ、子供はもう家に帰っている頃だと思うんだけど、どうしたんだろう。
「どうしたんだい?」
男の子は顔を上げる。
「おじさん、だれ?」
「人間から見れば、年齢的にはおじいちゃんかも……って見た目的にはお兄さんぐらいだと思うんだけどなぁ」
と聞こえるか聞こえないかぐらいでつぶやく。
「なに?」
「僕の名前は忍冬だよ」
「すいかずら?」
「うん、そう。 これでも妖怪だよ」
「妖怪ってあの怖いやつ?」
「そうそう。 僕は怖くないけどね」
「無職?」
「そうそ……って人間からいえば無職だけど無職いうな!」
というか、一個目に聞くことか!?
「ふーん」
……聞いておいて興味なさそうだなー。妖怪という点にも無関心みたいだし。ま、子供はこんなものなのかな。
「それで、どうして泣いていたんだい?」
「べ、別に泣いてなんかないよ。 ただ、門限破って家に入れてもらえてないだけだから」
「そうか……。 早く帰るといいよ。 もう君の両親もきっと心配しているよ」
「そうかな……?」
「大丈夫だよ。 なんなら僕も一緒に行ってあげるよ」
「ありがと。 お願いします」
わずかながら元気を出してくれたようだ。
「うん。 お願いされた」
男の子の家へ向かった。この子の家はなんというか、それなりに大きい家だった。人間の感覚で言うと中流階級というやつだろうか。とりあえずチャイムを押す。
「ごめんください」
「はい」
男の子の母親と思しき人が現れた。
「すいません。 あなたのお子さんが外にいたので一緒に来ました。 夏場で日が長いとはいえ、この時間まで外にいるのは危ないと思ったので」
「わざわざ、すみません。 ほら、お礼を言いなさい」
「ありがとう……ございました」
わずか出ていた元気もなくなったように見える
「本当にすいませんね。 ご迷惑かけちゃったみたいで」
母親の方はニコニコしている。他の人にはどう見えているか知らないが、愛想笑いにしか見えない。
「いえいえ。 自分がしたくてしたことですので。 それではこれで」
僕はそのまま家を後にしたのだが、男の子の様子が気になったのでUターンして様子を見に行った。
案の定というか、男の子の母親は叱責していた。それはもう荒ぶっていた。まるで、あの男の子のせいで世界が終るかのように、汚い言葉を叫んでいた。
男の子は涙目になりながら泣くのをこらえているといった面持ちだ。
あれだけ人のいい顔をしていた母親がここまで言えているのは、この家の防音がしっかりしているからだろう。
なのになんで聞こえているかって? ――それは家に入っているからさ。
母親が少し落ち着いたようなので僕は姿を現す。
透明になって聞いていたわけだが、驚かさないようにドアの向こうで姿を出してから近づく。
「落ち着きましたか?」
「え? きゃあ!」
母親は後ろを振り返り、驚いた。驚かすつもりはなかったんだが……
「先ほどぶりです。 しかし、子供相手に強く言い過ぎではないですか?」
「あ、あなたには関係ないでしょ。 それに不法侵入よ!」
「それは失礼。 ですが、僕にとって法とは意味のないものです」
「は? 何を言っているの?」
「まぁ、気にしないでください。 とにかく、言い過ぎではありませんかね?」
「さっきも言いましたけど、あなたには関係ないでしょ」
「関係はありますよ。 短い時間とはいえ一緒にいましたから」
「そんなのもの! 血縁関係もないし、縁者でもないじゃない!」
「それは、人の決めたことでしょう? 僕には関係ない」
「さっきから聞いていれば、まるで自分は人間でないみたいな言い方ね」
「えぇ。 人間ではないですから」
「何を言っているのよ。 馬鹿を言うのもた……いが……いに…………」
僕は、右腕を突き出し袖をまくった。まくったのに腕が見えない様子を見せた。
「ご覧の通り、普通の人間ではない証明にはなったでしょう?」
「も、目的は……?」
「この子の親として優しく、厳しく接してほしいだけですよ。 先程のように、あなたのストレスの捌け口にするのではなく……ね」
「わ、わかったわ」
僕は母親の頭に手を置く
「な、何をっ!?」
「約束を守るとは限らないので、破らないように戒めの呪いを掛けました」
母親はそのまま何も言えることなく、気絶した。
男の子は母親に近づく。
「お母さんに何したの!?」
「ちょっと、懲らしめただけさ。 何の心配もいらない。 ただ、君のお母さんはこれからきっと君に優しくなるから」
僕は、そう言いこの家を出た。
男の子は何かを言っていたようが、気にしない。おそらく罵声を飛ばしていただろう。自分の母親に危害を加えられたと思っただろうから。実際、そうだといえる。
それに、母親が改心して男の子に優しくするかどうかもわからない。ま、僕との約束を破れば悪夢を毎日見続けるだけだけどね。
何の当てもなく、都心をさまよい歩く。目的はないわけではない。だが、そのためには何をすればいいのかわからずさまよっているだけだ。
お昼時、お腹は空かない。
「おーい! そこのおじさん!」
人だかりが多く、認識しがたいが女性の声が聞こえた。
見た感じ女子高生だ。平日の真昼間なのだが……。それに、何故か僕のほうにやってくる。
「待ってよぉ」
気にせず歩いているとやはり僕に向かってきていたようだ。
「僕に何か用ですか?」
「何か用って、――さんですよね?」
「違いますけど」
「しまった、間違えた! ……よく見ると違うかも」
携帯を見ながら「うーん」と唸っている。
「何か困っているなら手を貸しましょうか?」
少しわざとらしい動きに手を貸してあげられずにはいられなくなった。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「立ち話もなんだし、ファミレスにでも行きますか?」
彼女は快諾し、ファミレスへと向かう。
話を聞く限りでは、泊まる場所と食べ物を買うお金がないのでネットで神待ちというのを行い、掲示板通りの場所に来たが時間になっても人は来ず、そこに掲示板の人が送った自分の写真に似ていた(僕が見た限り全然似ていない)僕と間違えたということだった。
「無一文ってわけじゃないけど、そんなにお金はないよ」
「それじゃあ、無理なんですか?」
「まぁ、今日一日ぐらいならホテルに泊まってもかまわないけど」
「……や、やっぱり……なんというか……その必要なんですか?」
「必要って何が?」
「えっ? ほら、私お金ないわけでしてそれでその……」
「体で返す、ということか?」
「そ、そうゆうこと……です」
働いて返そうなんて、いい子だ。
「でも僕、働き口なんて持ってないし」
「えっ? そ、そそそそそれって、何させるつもりなんですか!?」
「体で返すって働いて返すって意味じゃないの?」
「いや、間違ってないですけど、そうではなくてですね……その、俗にいう援助交際というやつです」
「あ、そう。 それは別にいらない」
「い、いらないって……」
「興味ないので」
「それってホ……」「違うから」
僕にとって恋愛というのは全くいらないことだ。ましてや人間になんて……。
「まぁ、しないで済むのならそのほうがいいんですけどね」
「なら、気にしないで。 お金を渡すから、どこにでも勝手に泊ってくれ」
僕は、テーブルに万札を二枚置いた。
「ちょっと待ってください。 ひ、一人にしないでください」
「何?」
「このあたり全然わからないんです」
「僕もわからない。 それじゃ」
彼女は僕にしがみつく。
「待っている間も心細かったんです! せめて一緒にいてください!」
高校生にもなってこの子は何を言っているんだ。
「はぁ……いいよ」
「本当ですか!?」
「いいから、とりあえず離れてくれないかな。 すごく恥ずかしいんだけど」
彼女は周りから視線が集まっているのに気付いていなかったようだ。
「す、すいません」
そういって彼女は僕から離れた。
とりあえず、ファミレスを出て当てもなく歩き回ることにした。散歩ともいう。
「どこに行くんですか?」
「適当にぶらつくだけだよ」
僕が歩き出すと彼女は僕の後を一歩分ぐらい離れてついてくる。
僕は彼女に興味がないわけではないが、あまり関わりあいたくない。
僕は人ではない。それだけで人を嫌煙する理由になるのに、僕には罪がある。誰も知らなず、気づかず僕が傷つけた世界。これは、贖罪の旅。
「……の」
だから、人が好きな僕に人と関わりあう資格はない。
「あの!」
唐突に彼女が叫んだ。それに驚いてしまい足が止まる。
「な、何?」
「いえ、まったく反応がなかったので……」
「ごめん、考え事をしていて」
特に誤る必要もなかった気がしたが、反射的に誤ってしまった。僕は再び歩き出した。
「それで、何か?」
「お仕事は何をされているんですか?」
「無職だよ」
「そ、そうなんですか……」
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのか、黙り込んでしまった。
「お金なら心配ないよ。 蓄えは結構あるからね」
僕の両親は力が弱い妖怪だったために、人間社会に溶け込み、僕のため精一杯稼いでくれた。それに、僕は人間に比べて生活費はあまりかからないからな。
「なんで、このあたりに居たんですか」
「特に理由はないよ」
感心しているんだか、納得しているんだかよくわからない感じで彼女は「ふーん」と言う。
「そういえば、まだ名前を聞いてませんでした。 なんていう名前なんですか?」
「僕の名前は忍冬だよ」
「忍冬さんですか……花の名前ですね。 私は、東ケ(が)崎愛花と言います」
夏の日差しを避けるために、公園の木陰へと向かう。三十分ぐらい歩いただろうか。しばらく何も話していないと思ったら、愛花が暑くてものすごく辛そうにしていた。ワイシャツは汗でべっとりになって、時々手で自分を扇いでいた。さすがに愛花に悪いので木陰になっている公園のベンチで休むことにした。
「や、やっと座れる……」
「何も考えずに歩いてたら、君のこと忘れてたよ」
「それひどくないですか」
「ごめん。 お詫びにジュース買ってくるよ」
「それじゃあ、オレンジジュースでお願いします」
「わかった」
僕は近くに置いてある自動販売機でオレンジジュースを買う。
「はい、どうぞ」
オレンジジュースの缶を手渡し、僕もベンチに座る。
「冷たっ!」
手は動かさなかったが、予想以上に冷たかったようだ。
「忍冬さんは何か飲まないんですか?」
「僕はあんまり飲む気しないんだ」
「熱中症になっちゃいますよ」
「大丈夫さ。 普通の人と比べたら規格外に丈夫だからね」
「ぷっ、あははは」
愛花は何がおかしかったのか、笑った。
「規格外に――なんて言い方あんまり聞かないですし、熱中症に丈夫も何もないでしょう」
言われてみればそうかもしれない、が
「そんなに笑うことかな?」
「いえ、あんまりおかしなことではないかもしれないですが、なんかつぼに入っちゃいまして」
つぼに入ったという割には、彼女の笑い声はすぐに止まった。そして、少し微笑んだ。
「なんだか、恋人みたいですね」
「そうかな? どちらかといえば兄妹じゃないかな?」
「恋人って言葉にもう少し反応してくれたっていいんじゃないですか?」
愛花は少し不満気に見える。
「僕と恋人にでもなりたいの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「滅多なことはいうもんじゃない。 勘違いされちゃうよ」
愛花は顔を真っ赤にしてうつむいている。
そんな彼女を見て、僕にはある意識が生まれた。なぜこの子はだれかを頼ろうとしている
のだろうか? 親は? 友達は? こんな愛らしい子が苦しんでいるのなら助けてあげたい。これは僕の悪い癖だ。僕の贖罪のため、人が好きだから人と関わらないように生きているのに、辛そうにしている人を放ってはおけない。最初は面倒な子に絡まれたと思ったが、今は本当に妹のように感じてしまっている。
「嫌なら別にいいんだけど、君が掲示板を利用して止まる場所を探していた経緯について教
えてくれないかな?」
「え?」
愛花は意外そうな顔をしていた。てっきり不快な様子を見せると思っていたので僕も意外
に思った。
「こ、こういうことは聞かないことがマナーなんですよ」
言葉とは裏腹に少し嬉しそうに見えた。
「嫌ならいい、と言ったよ」
「え、あの、その……聞いてください」
愛花の両親は、トップ企業の社長らしい。愛花の両親は互いの会社で提携しているらしい。仕事以外に特に興味がなく、愛花がなぜ生まれたのか不思議になるほど両親の関係は冷め切っていたそうだ。仕事の関係上、結婚したままの方が都合がいいから離婚はしていない関係らしい。もちろん愛花にも無関心で、適当にお小遣いを与え、学費などの必要なお金を出すだけでそれ以外に何の関係も持っていない。愛花自身は話ができないというわけではないが、特に高校に入ってからクラスメイトと距離感を感じ、友達がいないという。これらの要素が相まって色々なことから逃げ出したくなり、たまたま見つけた掲示板に書き込み、そして現在に至るということらしい。
「と、こんな感じなんです。 ……なんか言えただけでもすごくすっきりしました」
「そうか、それは良かったよ」
「はい。 ありがとうございます」
「ところで、君のその両親のほうの問題なら解決できるかもしれない方法があるんだ」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だよ。 ただ、これには二つ問題点がある」
「問題点ですか?」
「一つは、倫理的に問題があること。 犯罪というわけではない、というか誰にもできない
から検挙しようもないんだけど、一般的な感覚で言うと倫理的に問題があるね」
「もう一つは、僕の正体を明かさなくちゃならないことだ。 と言っても、信じてくれると
は思ってないけどね」
「いえ、忍冬さんのいうことなら信用できますし、この嫌な現状を打開できるのなら多少
の悪いことぐらいできます。 既にそうゆうことをしようとした身ですから」
僕にはそれがしっかりと決断した覚悟なのか、それとも単になんとかできるなら、とすが
りついているのか、あるいは両方なのかは判断はつかなかった。しかし、この子が望むの
なら話しておく必要はある。僕から持ちかけた話なのだから、今更ふいにしてしまうのは、
なんとも身勝手なことだ。だから、彼女の覚悟を受け入れることにした。
「それで、方法というのは人格を書き換えることなんだ」
「人格を書き換える? そんなことが可能なんですか?」
「できるんだよ。 ……それが僕の持って生まれ持った能力だから」
「能力の一つ……って、忍冬さんの正体というのにも関係があるんですか?」
「そうだよ。 僕は人間じゃない。 妖怪だ」
彼女は黙った。本当か、嘘かを分かりかねているのか。それとも荒唐無稽な話に呆れ果て
ているのか。
「証拠を見せようか?」
「疑っているわけではないんですよ。 ただ、突然のことでビックリしているだけで……」
「正直に言ってくれていいよ。 妖怪なんてフィクションの存在がいるはずがないって、ね」
「……正直、何を言っているんだこの人は、と思いました。 けど、すごく短い時間だけど
忍冬さんはそんな意味のないことをする人ではないと思いました。 だから、妖怪だという
ことも信じます」
「君はもっと疑ったほうがいい。 君はいつか騙されそうで心配だよ」
「はい。 気を付けます」
愛花は僕の言葉に嬉しそうに返事をする。きっと、ただ返事をしているだけ。愛花自身が気づいているかはわからないが、僕に好意に近い何かを向けている。だから、心配してくれたことに嬉しがっているんだ。これは、推測ではなく確信して言えること。それもまた僕の能力だから。あえて口にすることはしないが。
愛花から向けられる感情は、僕にとって嬉しいことであり、厄介なことだ。
「忍冬さん」
また考えに耽ってしまったようだ。
「ごめん。 また考え事をしていたよ」
「それで、具体的にはどうするんですか?」
「僕が人格を書き換えたい人の頭の上に手を載せるだけでいい」
「それだけでいいんですか?」
「そうだよ。 やっぱり少しばかりためらってしまうけどね」
「そういえば、倫理的に問題があるって言ってましたね。 どういうことなんですか?」
「人格を書き換えるということは、その人ではなくなるということなのさ。 言い換えれば
見た目が同じ別人」
「そこに何の問題があるんですか?」
「さらに別の言い方をすれば、人格の乗っ取り、都合のいい人間にするということさ。 そ
して今までいた人格は消えてなくなる。 人の生死を肉体ではなく、精神や魂といったもの
に主軸を置くならば、それは間違いなく死と同義なんだ」
愛花は息をのんだ。少しは緊張感を持ってもらえたようだ。
「それでも私は両親を変えたいです」
「君の両親は死ぬわけではないけれど、違う人間だということは理解してほしい。文句を言われても元に戻すことはできないから」
「覚悟の上です」
「なら君の両親の居場所はどこだい? 今夜、実行しよう」
日はいつの間にか沈みかけていた。とりあえず、僕は彼女をホテルに案内することにした。
ホテルに着いた後、部屋まで送る。さすがに一緒にいるのは気まずいので、僕は出て行こうとしたが愛花に腕をつかまれてしまった。
「ここにいてください……」
「人間ではないとはいえ……むしろ人間ではないからこそ、男の僕を部屋に男女二人きりにするのはよくないと思うよ」
「いいんです、忍冬さんのこと信用していますから」
愛花は何かにとり憑かれ、盲信している様に見える。期待と僕への好意で考えが滅茶苦茶になり、正常な判断ができていないのではないだろうか。
「君は……」
愛花は不安そうに僕を見ている。
「いや、なんでもない」
あんな風に見られたら、断れない。
しばらく、ベッドの上に座り無言のまま過ごした。愛花にとってどうだったかは、わからないが僕にとっては苦痛ではない時間だった。
夜も更け始め、そろそろ愛花の両親のもとへ向かおうかと考える。
「そろそろ、いくよ」
「もう行っちゃうんですか?」
「君が頼んだ事だろう」
そう言うと愛花は黙り込んでしまった。
「終わったらまた来るよ」
僕はそう言い残し部屋をあとにした。
両親の会社の場所は既に聞いており、すぐ向かった。透明になり壁抜けも可能なのでセキュリティも容易に突破することができた。社長室と思われるところに入ると、メガネをかけている男女が小難しい話をしている。株だとか、市場だとか僕には縁のないことだらけで話していることは何一つわからなかった。
この人たちが愛花の両親なのだろうか。どちらかが社長で、どちらかが秘書だとしても対等に話しているように見える。つまり、同じ立場にいる人たち。名前は確か……裕司と綾子。
「裕司さん、……ここなんだけど――」
「なんだ? これなら――で、こうすれば契約できるだろう」
何についてしゃっべているかは分からないがビンゴのようだ。
ここで僕はひとつ悩んだ。この人たちの話を聞くために姿を現してから行動に移すか、それとも問答無用で姿を消したまま行うか。こう思うのは二つ理由がある。一つは、この二人はあまり仲が悪いようには見えない。愛花の言うことを疑うわけじゃないが、本当に愛花のことをなんとも思っていないのだろうか、と思ってしまう。もう一つは、僕自身の迷いのせいだ。愛花にも言ったとおり、これは殺すことと同義。人と同じように僕にも道徳があり、躊躇ってしまう。だから……行動に移さないための言い訳探しだ。
決意が鈍る前に行動してしまおう。愛花の両親の頭に手をかざし、力を込める。そして、あいかの両親は、そのまま気絶した。放置するわけにもいかないので、電話の内線で適当に繋げて放置。あたりを物色したかのように見せかけるために少し荒らした。そしてそのまま、その会社を後にした。
ホテルに戻り、愛花のもとに向かった。
「戻ったよ」
「お帰り、忍冬さん」
お帰りなんて言われたのいつぶりだろ?
「どうしたんですか、忍冬さん?」
「いや、ちょっと感慨にふけってただけだよ」
愛花は少し首をかしげた。
「君に頼まれたことも終わったし、僕はまた外をフラフラしてくるよ」
「もうどこかへ行ってしまうんですか?」
「僕に君と関わりあいになる資格はないしね」
「そんなことないです」
このままじゃ、堂々巡りになるだけだろうな。……話すか。
「僕の昔話を聞くかい?」
「……? 是非」
「僕の両親はとても力の弱い妖怪だった。 力が弱いから妖怪としてではなく、人として共に生きることを決めたんだ。 そんな両親から産まれた僕も力のある妖怪ではなかった。けど、突然変異ってやつなのかな? 僕には特殊な力があったんだ。 それは、愛を食べる力。だから、それを都合良く得るために人格を書き換える力があったんだ。 ただ、僕にとっても僕の両親にとっても誤算があったんだ。 僕が食欲旺盛だったこと。 それと、愛が有限だったことだ」
「愛が有限?」
「愛は無限じゃないんだ。 無限みたいな人はいるけど誰もがそうじゃない。 冷めたらそこで関係が終わってしまうこともある。 ……僕は何も考えずに愛を食べ続けた。 そうし続けたから僕の両親は仲違いを起こして、僕を残してどこかへ行ってしまった。 周りの人たちも関係が悪化した。 僕のせいで僕の両親も友達も僕に近くにいるすべての人たちは、みんないなくなった。 僕のせいで……! 僕の能力を知っている人は両親しかいないけど、みんな僕を冷たい目で見るんだ。 まるで、お前のせいだと言わんばかりに! だから僕は旅に出た。 罪を償うために、贖罪の旅を。 まだ答えは見つからないけど……ね」
「……人を助ければいいんじゃないですか? 私を助けてくれたみたいに」
「まだ君の両親が君に対して良くしてくれたわけじゃないだろう? それで助けたなんて言えるのか?」
「そうじゃないです。 わたしのことを思って行動してくれたじゃないですか、それだけで私はとっても嬉しかったです」
「道徳的に当たり前のことをしたまでだよ」
「その当たり前のことができる人なんてめったにいないですよ。 それに、私は救われました」
「ありがとう。 困っている人を見捨てられなくて、人が好きだから関わらないと決めていたのにそれを何度も破ってきたけど、君のその言葉に救われたよ」
「そういえば、忍冬の花言葉を知っていますか? 確か――」「誠実、友愛、献身的な愛そして……愛の絆」
「知っていたんですね」
「自分の名前だからね。 知ってて当然さ。 ところでなんで急に?」
「それは、そのですね……忍冬さんと男女の関係のお付き合いをしたいと思ってです!」
……『体で支払う』って話を引きずっての事なんだろうけど、男女のって言わなくても流石に分かるのに。 そう考える暇があるほど僕は落ち着いていた。 言うと思ってたから。
「気持ちは嬉しいけど、駄目だよ」
「何でですか!? 理由を教えてください!」
「君はいっときの感情に身を任せすぎだよ。 自分の気持ちに向き合って本当に好きかどうか考えて。 それにね――」
「それに?」
「花は愛でられ、愛でてこそ美しいんだ。 愛が奪われたら、それはもう雑草と大して変わらない。 僕は君の愛を奪ってしまうかもしれないからね」
「そんな! 忍冬さんになら別に気にしません」
「そんな気持ちさえも無意味になってしまうかもしれないんだ。 それは、僕も嫌だ。 だから………………さよならだ」
僕はその場を去った。
僕にはたくさんの愛が入っている。 けれど、それらは憎しみの対象た。 それでも、僕のエネルギー源てあることも間違いない。 二度と愛を食べないと誓ったから、このまま死に向かうだけ。 小さい頃にたくさん愛を食べたせいで余命はまだまだ長い。 その間にその愛に報いることができるだろうか。 彼女に貰った答えをあてにしながら僕は旅を続ける。僕の名の意味の通り、愛の絆を結びに行こう。
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