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第四章 心像の塔にて(二十二歳から二十四歳)

No.94

 光が見えることがある。白く強い閃光を放つ光だ。

 人は死の間際、光を見ると言う。

 光の中に私はなく、私の精神はなく、そして、私の記憶はない。

 これは無に帰すための、精神を解き放つ光であり、私の有する空想の世界、その崩壊の前触れである、と私は考える。

 私は二十二歳になった。現実の私は三浪した末に、三次募集で私立大学の文学部に入学した。

 私は生きる目的も気力も失っていた。

 私は精神病に罹っていた。病院に通い、薬も服用していたが、治る見込みは全くなかった。

 毎日幻聴の相手をしなければならず、そして、そのためかどうか解からないが、目的意識が全く持てなかった。何かをしようとすると、何時の間にか、違うことを始めているのだ。朝起きて大学に向かおうとすると、私は何故かそれ以外の場所に立っているのだ。

 結局、私は三年生までは進級できたが、一単位も学科を修めることができなかった。学ぶどころか、文字なんて読めるはずもない。

 塔の中での私は、実生活と反比例するように、仕事の数が増していたようだ。それも細かな雑多な物ばかりである。

 その頃、特に私の記憶に残った女を紹介する。この女は、(私から見れば)大きな仕事を任されている女であった。

 その職場は、ガラス張りの空間の中に在る、模型の街の管理であった。この模型の街は、この妄想の世界の一部地域を真似て形作られている。そして、街の大きさに対して、少し大きめの人形が二百体程、糸が付けられた状態で、模型の街の中に吊るされていた。

 女は模型の真上に陣取り、人形を予定通りに動かすことが仕事であった。そして、この妄想の世界でも、この二百体の人形が動いた通りに、その割り当てられた(二百人の)人物達も動くのであった。

 そして女は、私にこのように自分の仕事を説明した。

 「私はこの夢の世界における預言者なの。私は天使からの指令によって、この世界の秩序を保つための命令を発しているの。この命令は絶対なんであって、私がここで行ったことは必ず、夢の世界でも同じように起こるの。だから私は選ばれし預言者であり、いずれ神の右の座に座る人間なの」

 女はこのガラス張りの、四角い容器のような世界の上に座っている。この模型の街の広さは、十畳程である。人形の高さは、十センチ程である。その頭部には紐が付いている。

 このガラスケースの上部には、網が掛かっていて、その上に座りながら、人形を動かしているこの女は、さながら巣の上を歩く蜘蛛のように私には見えた。

 私は彼女に質問した。

 「しかし、夢の世界で幾ら自分の思うようにコントロールしたところで、現実には何の意味もないのではないか?」

 私の質問を聞いた女は、ふふんといった感じで、余裕の有る笑みを浮かべた。

 女は答えた。

 「下らない質問ね。本当、下品で下劣。そして馬鹿馬鹿しい。さっきも言ったわよね。私は預言者だって。これは予言だから、必ず当たるの。その通りになるの! ならなきゃ予言じゃないじゃない!」

 私は少し考え、彼女は余り現実のことは理解できないのだ、と判断した。

 私は彼女が操作している人形を見ている。小さな模型の街を、地面から少し浮いた状態で移動している、誰かを示す人形を。

 彼女は人形の紐を動かし、独り言のようなセリフを喋っている。これが「予言」なのだろう。独り人形劇。

 彼女が座っているその側らに、台本がある。その台本には、この街のどこそこで、だれそれを配置し、そして、そのだれそれに何を吹き込み、そのだれそれが(誰かもしくは何かに)何を話すのか、等の細かい指示が書いてあった。そして彼女は、その台本通りに各々の人形を動かし、そのセリフを各々の人形に伝えている。

 彼女は台本の中身など、全く気にはしていないようだ。予言と言うより、「お告げ」を読み上げているだけなのだろう。

 私は、この台本は誰が書いたのだろう、と興味を持った。私はしばらくこの場所で、この台本を届けに来る人物を待つことにした。

 そして、台本を持って来る人物――彼女の言う――「天使」なる者が来た。この「天使」は、小太りの中年男性で、背中に作り物の羽を背負い、頭には蛍光灯の輪っかを付けていた。もちろん、蛍光灯で作られた輪っかなので光っている。

 彼は手に新しい台本を持っている。

 私は、彼が彼女にその台本を渡す前に、彼の行く手を遮り、話し掛けた。

 「あなたは、天使? なのですか?」

 彼は無表情であり、その佇まいもロボットのようであった。

 彼は答えた。

 「はい、私は天使です。天国から遣って来ました」

 私は尋ねる。

 「天国はどこに在りますか?」

 彼は答える。

 「太陽の真下です。そこに天国は建設されています。全てが逆さに建っており、科学技術の粋を集めて造られました。人類の英知の結晶です」

 彼は無表情であり、既に人間としての多くを失ってしまったようだ。

 私も負けじと、無表情で彼に尋ねた。

 「それは大した技術ですね。人類万歳。その逆さの天国では、人や建物は落下しないのですか? そしてあなたは、自分の年齢から鑑みて、そのコスプレを恥だと思わないのですか?」

 彼は答える。

 「ここは夢の世界なので、誰もが自由にその成りたかった者に成れるのです。その憧れに扮することが可能なのです。そして天国では、重力すらコントロールできる装置が働いているのです。というより、「重さ」から解放されているのです。魂がないため、地上に引きずり込まれることがないのです。そして、我々を永遠の生に引き留めてくれる、大きな施設なのです。そして天国では、全ての太陽の力を利用できるのです。天国だけが太陽の光を独占できているのです。天国万歳」

 彼は私を通り過ぎて歩いて行った。

 彼は彼女に台本を渡し、そして配達の仕事を終え、帰って行く。私は彼の後を付いて行くことにした。

 私は彼に追いつき、また話し掛ける。

 「少し聞きたいことがあるのです。台本は誰が書いたのですか? そして、その目的は何なのでしょうか?」

 彼は振り向いて私に答える。

 「天国に居る私の上司である、権力者が書いたのです。彼らは天使長という役職に就いています。そして目的とは、この世界をあの逆さの都市で支配することにあります。天使長は、有権者である我々天使によって、投票で選ばれるのです。公正・公平であり民主主義的です」

 私は彼に尋ねる。

 「天国が壊れた場合、この塔は、そしてこの世界と、ここで暮らしている人々はどうなるのでしょうか?」

 彼は答える。

 「天国が壊れた場合、この塔も壊れるでしょう。そして、この世界の人々の内、あの都市に暮らす人々は特に、落ちて死ぬでしょう。それ以外の人々も、都市が瓦礫と化し落下して来るので、大変危険な目に遭うことになります」

 なるほど、と私は頷いた。

 彼は階段を昇って、上の階、さらに上の階へと昇って行く。

 大きな螺旋階段がある。西洋の塔に有るような、そしてどこまでも続いているような階段であった。彼はその階段を昇って行く。途中で部屋が幾つもある。彼はその内の一つに入って行く。私も入って行く。

 石造りの部屋。ここは部屋というより、テラスのような感じの場所で、「天使」の発着場であった。部屋の中には、ゴンドラのような卵型の乗り物があり、ロープが付いていた。

 彼はゴンドラ乗る準備を始めた。通信機器でも有るのだろう、何かを報告していた。

 私はこの部屋の中に、鳥の死体が幾つかあることに気が付いた。

 私はゴンドラに近付き、彼に話し掛ける。

 「何故この部屋には、鳥の死骸が多いのですか?」

 彼は振り向いて答えた。

 「それらの生物は、この塔に魂を取られたのです。この塔に入る如何なる生物も、この塔の力からは逃れられないのです。まあ、我々元人間は、塔のために働いているので別ですが」

 私は嫌な気分で、その場に佇んでいた。

 彼を乗せたゴンドラが出発し、上空へと昇って行った。結局、あのコスプレは何の役にも立っていなかった。私はゴンドラを見上げ、悪態をついた。

 私は上空を見上げ続けた。そこには星のように輝いている、巨大な都市があった。あれは全ての生物の夢、そしてこの夢と記憶の大地をも支配する、「天国」と呼ばれる街の灯りでもあった。

 そしてこの都市は、太陽を遮るように造られており、地上には太陽の光が届かない。

 昇って行くゴンドラが、小さくなっていく。

 街は、大地に向けて建設されている。そこに暮らす人々は、この世界に対するかのように、逆さまに生活をしている。形だけの天使はゴンドラに乗って、あの逆さの街から遣って来る。

 私は、この方法ならこの塔から出られるかもしれない、と考えた。だが、あの衣装は着たくはないな、とも思った。そしてロボットのような彼の態度も気にいらなかった。

 この部屋を出る時に、私は一羽の弱った小鳥を見つけた。小鳥を外へ逃がしてやる。小鳥は夜空を飛んで行った。

 この世界には、安全な場所がないことに気が付いた。この世界には、当たり前のことが失われていることに気が付いた。

 この世界に在るあの都市と、そして、この塔は、壊れなければ、また、壊されなければならない存在である、と私は確信した。

 部屋を出た私は、螺旋階段を昇っていった。少し昇った所で、私は先程とは別の、「天使」とすれ違った。今度は眼鏡を掛けた、痩せ型の男性である。プラスチック製と思われる白い羽と、蛍光灯を頭上で光らせている、普通の男性である。

 私は何となく会釈をし、通り過ぎようとした。すると後ろから、その眼鏡の「天使」に声を掛けられた。

 「君、まだ羽と輪を授けられていない所を見ると、凡人だね? 天上人じゃないね?」

 私は後ろを振り返った。彼は眼鏡をクイッと押し上げた。

 私は言った。

 「ええ、まあ。その道具を身に付けなければならないのであれば、凡人の方がいいです」

 彼は言った。

 「ふ~ん。君は天界に仕えたくはないのかい?」

 私は答える。

 「僕は上へと昇りたいので。あなたはこの階層で、どんな仕事をしているのですか?」

 彼は答える。

 「ああ、俺をモデルにした、人物像のチェックにね。俺、人気があるみたいでね。少しずつ新しいモデルを増やしてくれって、忙しいんだよね、最近」

 私は腹の底から笑いが込み上げて来るのを抑えることができなかった。彼は死んだ魚のような目を、私の方へ向けた。

 私はより上へと昇ることにした。


   『文学の病』

 動物の頭蓋骨。三つ。

 人間・哺乳類・爬虫類。

 死と知恵。

 永遠・不死。悪魔・祈り。

 死骸・死体、それ自体を信仰している。

 「死神」に対する信仰。

 犯罪者の思考、精神病、精神異常者。

 自前の神を拝む。

 実際に居る(居た)殺人犯から、生じたイメージを神格化したもの。殺人犯を崇拝している。

 1980年代。


   『ゲーム的思考』

①学問的思考

 限られた空間で、限られた知恵を組み立てること。

 分をわきまえず、他の分野の領域まで、自分達の勢力を拡大させたこと。

②ゲーム的思考

 決められた範囲とルールに於いて勝敗を決すること。

 学問的(閉鎖的)なルールに於いて、余所者を貶めること。

③ゲーム的世界観の拡大

 心を忘れ、心を失い、自己欺瞞によって、自分の勢力範囲を広げようとすること。

 自分達の味方を増やそうと、誇大広告を始める。

④ゲーム自体の普及

 ゲーム的思考と、ゲームを普及させること。

 この流れに乗ろうと、様々なゲームが生じる。

 他人の利益を貪ろうと、沢山の人間が流入して来る。

⑤ゲーム的思考の価値が、広範囲に及ぶ

 生活の様々な面にまで、その価値が広がる。

 整合性を失った、ルールや範囲、世界を基にしたゲームが生じる。

 「ゲーム」自体を取り除いた場合の精神が露出し始める。

⑥ゲーム的思考の終焉

 ゲーム的思考に乱れが生じ、広範囲で、思考・計算が、そして、構築されて来た世界観が崩壊して行く。それでも、ゲーム的思考を最善とする者は後を絶たない。ゲーム的世界が失われるまで、崩壊が続く。


   『心の空洞化』

 他人への嫉妬、不信。

 自分の所有していた価値を蔑視する。己を憎むように成る。

 自身の記憶を売り飛ばし、メディア的情報と交換する。

 精神・魂・良心を失う。

 心に於ける、自殺を選択したものとされる。

 以後は、自分の心を維持するため、流行を追いかけ続けなくては、生きていけない存在と成る。

 心が同じような存在(情報の集合体)の一部と成る。

 最後は、情報体そのものと成り、人間とは認識されず、自然からは、肉体を排除され、死に至る。

 完全な自殺。


   『ロバ祭り』

 「高級な人間」達は、ロバにこそ祈りを捧げる。

 彼らは供物として、あらゆる芸術作品(文学・漫画・映画・アニメ・ゲーム等)を捧げる。そして、盛大な祭りを執り行う。

 彼らは新しい世界を祝う。

 何をしても、許される世界。どんなに、不謹慎なことを行っても、ニヤニヤしている世界。ロボットが答え、応じる世界。

 ロバなら「さよう、さよう」

 ロボなら「その通り、その通り」

 メイドなら「その通りです。ご主人様」

 きっと彼らは、ロボットに許可を貰って製作をしているのだろう。つまり、根拠も何もない。

 人間に対して決して逆らうことができない存在、即ちロボットを造ったこと。

 それらに、彼らが作り出した、都合の良い人物像を付与したこと。

 そして、それを神の座に置いたこと。

 そして、そのロボットを称え、自らは信心深いのだと、思い込むこと。

 神を祀れば神に近付き、ロボットを祀ればロボットに近付く。

 真夜中が、近付いて来たのだろう。


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