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NoEL  作者: 申樹
【Eternal Children】
9/18

-動き出した危機-

ベッドから降りた一樹は、そこが見慣れる自分の部屋だということに直ぐに気がついた。

既に16時を指そうとしている時計を見ては、自分が丸1日近くも寝続け立ったことに驚く。また同時に、ノアのシフトが遅番だったことに安堵した。


部屋から出てみると、他に誰も居る様子はなく、キッチンカウンターへ置かれていた食事と共に添えてあるメモ用紙に目をやった。


ーちゃんと食事はとるように!ー


筆跡から見るに、美波の字であることが分かる。

今日は早番であった美波が、もしくは同じく早番の瑞穂も手伝いながら、事前にこしらえてくれたのだろう。


食事に掛けられたらナプキンを取ると、いつものように丁寧作り込まれた美波の料理が顔を出す。

寝続けていた一樹を考えてか、消化に良さそうなアッサリした献立が、小さなガラスの小皿に小分けされて、彩り取り取りに並んでいる。

一樹はそれらを頬張りながら、自分が出勤する時間まで、それ程余裕がないことに焦りを覚えていた。


そう、それまでは普段と何ら代わり映えしない、いつもの夕方の光景だったのだが、「そういや昨日……」と軽い気持ちで思い返した記憶は、居心地の良かった日常をまるで薄っぺらな硝子を砕くかごとく一変させる。


普段と変わらぬ右手を見据えては、ゴクリと生唾を呑み込んで恐る恐るにテーブルの上へと乗せてみる。

まずは、手の平を軽くグーパーさせてみて右手に異常は見当たらないことを確認した。

問題ないことが分かると、次に拳を作りグッと力を込めてみる。


ボウッと緩やかに、右拳に白いノエルが淡い炎のように発光しだした。


「や、やっぱり……」


あの時、咄嗟にそれを行使することになったものの、突然備わった未知の力に全くもって身に覚えはなかった。

こうなってはサイの言っていた『組織』に自分も狙われるのでないのか?と不安が過ぎったが、その反面、昨日のようにヤツらに対抗できるんじゃないのか? あの駐車場の時と違い、瑞穂や美波を自分の手で守れるんじゃないのか? と奮い立たせた。

不安と奮起と相容れない感情が交差して複雑な心境になるなか、つけていたテレビより漏れ出すおネェ系タレントの「なにやってんのよ!」の声にレイコの顔がダブり、今一番優先するべき出勤時間を思い出してはいそいそと家を出る支度に取り掛かった。




程なくしてノアへと到着すると、美波や瑞穂を探すが既にその姿はどこにもなく、どうやら入れ違いになったようだった。

自分に備わったノエルについて、誰かに伝えたい衝動に刈られていただけに残念な思いにガックリと落胆する。

その後も変わりなく、いつもの業務をこなしていた一樹だったが、合間の時間に交わしたレイコとのたわいない会話に一抹の不安を覚えた。


「ちょっとイックン、聞きたいことがあるんだけど」

「どうしたんです?」

「いや、美波ちゃんがね、今日突然しばらく休まして欲しいって言うのよ」

「香月が!?」


勿論、美波からそんな話は全く聞いておらず、それどころか目覚めてこの方、一樹は二人の姿を一目もしていないことに、なんだか嫌な胸騒ぎが湧き上がってきた。


「そうよ、珍しく頼まれちゃって。ま、あの子には色々助けて貰ってるし、何とかしてあげるつもりなんだけど、実際かなり痛手だわ。どれぐらい休むのかしら? 何かあったとか聞いたことない?」

「いや、俺は何も聞いてないです」


一樹の返答に「そう」とつまらなさ気に相槌を返すレイコだったが、ニヤリと薄ら笑いを浮かべると、あからか様に何かを企んだ様子を見せる。


「噂のイックンなら知ってると思ったんだけどなぁー」


レイコの良からぬ誘いを見て取れた一樹だったが、美波のことが気にかかったので、とりあえずその噂とやらに乗じてみることにする。


「なんなんですか、その噂って?」

「あれ、もしかして知らない? 皆言ってるわよ、三角……じゃなかった、四角ならぬスター型だって」


レイコから発せられる理解不能な図形の羅列に、一樹は表情を曇らせる。


「なぁに、イックン分からないの? スター型って言うのはね」


レイコが近くにあったメモ用紙に何やら図形を書き始める。

中心に一樹と思われる似顔絵が描かれており、そこから放射状に三本の線が伸びていた。

線の先にはそれぞれ、美波と瑞穂と思われる似顔絵が一つづつ、残る一本にはどこの少女漫画なんだか……と思う程に睫毛の長い異質な顔が描かれる。


「いい? これは恋のスターダストなのよ」


放射状に伸びた線郡を星に見立てた、恋の相関図だとレイコが言う。

三人で一樹を取り合っているのだと。


「は!? なんなんですか、それ?」


残念ながらそんな事実は毛頭ない。

もっとも噂と言えど、その内容はレイコの手によって随分ディフォルメ化されているのだろうが。


「じゃ、この線の長さは?」


それぞれの線の長さには長短がついており、瑞穂が少し短めで美波は長く、少女漫画はかなり短い。


「やーねぇ、それは信・頼・度。誰が一番イックンを落とせる可能性があるのか、線の長さで表してるのよ」


差し詰め、この似ても似つかない少女漫画風の似顔絵がレイコ自信であり、一樹の似顔絵とその距離が極めて短いことから、射止めるのは容易いとでも言いたいであろう。


「ウチのツートップを抑えて私がダントツだなんて、んもぅ私ったらなんて罪作りなのかしらッ」


それはない。

レイコが美波や瑞穂を上回るなんてことは断じてありえない。


そもそも、話の冒頭でレイコが「三角」と言い間違えていたことから、恐らく元の話に自身の存在を無理やりねじ込んだのだろうと想像が付く。

尚も横でクネクネ奇怪な動きをするレイコは尻目に、一樹は美波のことを気にかけていた。

出勤時間が入れ違いだった為、美波はおろか、瑞穂にも出会えなかったことが言い知れぬ不安感を更に上乗せさせていた。




その後、無事に業務を終えた一樹は、湧き上がる胸騒ぎに急かされながら足早に帰宅する。

自宅玄関の開けると、同時に勢いよく駆け寄ってきた瑞穂の姿を見て、とりあえずホッと胸をなで下ろした。

しかし、変わらず焦った様子のままの瑞穂が、声を荒らげながら訴えかけてくる。


「一樹、美波ちゃんが!」


美波の名前を聞いて、まさか! と鼓動が再び大きく波打ちだした。

共に手渡されたメモ紙を焦る気持ちでクシャクシャにさせながら広げると、中に書かれる内容を確認する。


ーしばらく空けます。すぐ帰ってくるから、心配しないでー


『心配しないで』に幾何か安堵するものの、タイミング的にも昨日の連中と何か関係あるのでは? と疑問は残る内容だった。

帰宅途中まで一緒だった瑞穂にもこれといって特に何も伝えていなかったようで、帰る間際に「今日は寄るところがある」と先に帰るように言われたとのことだった。

その後、帰宅してメモ紙を発見した瑞穂が何度か美波の携帯電話へ連絡してみるが、「電波の届かないところか、電源が入っていません……」のガイダンスが流れるばかりだったという。


「とりあえず、明日ノアの帰りに香月の家へ行ってみよう」


メモ紙を残したり、レイコへ休暇の申告していたことから、美波の意図した行動であると見て、ここは一旦落ち着いてから明日にでも再度連絡を試みながらめぼしい所へ当たってみることにする。

あの美波のこと、何か思い当たっての行動なのだろう。自分達に相談して来なかったのは、今はただ闇雲に動き回るべきではないかもしれないと、慎重に行動するよう瑞穂へ持ち掛けた。

ただ一樹には、それとも逆にあの責任感の強い美波のこと、1人で何かを背負おうとしているのではないのか? と気を休ませるまでには至らなかった。


その後、久しぶりに瑞穂と2人っきりの食事だったが、常に明るく振舞う強がろうとする瑞穂の姿に、いつも女性達が賑わい長引く食後の団らんを今日は早々に切り上げることにした。

「明日は早いから」という名目で各々の部屋へと帰ったが、お互いに元気ない姿をそれ以上は見ていれなかったのだろう。



翌日、一樹は瑞穂と共にノアでの業務をこなしていた。

昨日より輪をかけて元気が無い瑞穂を時々気にかけつつ、その日の業務は普段通りバタバタとせわしなく、時に悩みを程よく紛らわせてくれていた。

既に太陽は西の空へと沈もうとしており、店の中は淡いオレンジに色づいている。それは朝から出勤していた一樹達にとって、その日の業務の終わりを知らせてくれるようだった。

いつものように手際よく後片付けをやっつけて、店の外へと出ると約束していた通りに瑞穂と合流する。

早速、まずは美波の家へ向かおうと足を向けるその最中、より一層元気がなくトボトボと一樹の後ろを歩んでいた瑞穂が、不意にポロリと放った一言に一樹は瑞穂の心理を痛感する。


「私のせい……だよね」


それは、彼女が抱える重みそのものであった。


あの駐車場での出来事の後、サイが言った「ヤツらの狙いは瑞穂だ」の言葉に自覚もないまま瑞穂は悩み苦しみ、今回の件に至っても相当にその責任を感じていたに違いない。

一樹は、そんな瑞穂をなんとか励ましてやろうと言葉を探して語り掛ける。


「何言ってんだ。瑞穂はもうサイに保護されてるんだから、奴らが無理して奪いにくることはないんだって」


急造の言葉ではあったが、その意味には確固たる理由もあった。なにせノエルならば、今や自分にだって使えるのである。


「それに万が一その敵対組織の仕業だったにせよ、その狙いは案外俺なのかもよ」


調子良く冗談混じりに自身にその責任があることを諭しては、軽快に腕を振り上げて自身を指差す。

しかし、その振り上げた右腕が妙に軽く感じることについて一樹は違和感を覚えた。

そう、確かこの辺りに何か引っ掛けて……。


「あ! 俺、カバンを」


それは昨夜、瑞穂と一緒に案を出し合って美波の居そうな場所が書き綴ったメモ帳とその周辺地図を入れたカバンを、ノアの更衣室に置きっぱなしであることに気がついた。

幸い、ノアからは出たばかりで距離もそれ程遠くない。

だが、自分の忘れ物を2人して戻るのも気が引けた為、瑞穂にはその場で待って貰うよう伝えると、駆け足でノアへと引き返した。

途中、今朝の部屋を出る際、瑞穂が一樹の慣れないカバンを下げる姿を見て「私のカバンの中に入れておこうか?」と言ってくれたことを、素直に甘えておくべきだったと後悔していた。


店へと到着すると、早速更衣室へと向い自分のロッカー開けた。

やはりそこへには、丁寧にフックへかけられながらも何も手つかずに寂しそうにしているカバン見つけて、ひっ掴んではすぐさま店の外へと出る。

右手を上げて遠くに居る筈の瑞穂へカバンが無事あったことの合図を送るが、瑞穂の姿は何処にも見当たらなかった。

周辺を見渡してもやはり姿は見当たらない。

徐々に嫌な予感と焦りとがせり上がってきた。

一樹は、逸る気持ちを抑えながらも一呼吸置くと、もう一度隈無く調べるべく、目を細め辺りを凝らし見た。


するとどういう訳か、突然一樹の視界が一変した。


視野は一気に広がり、情景の色彩と輪郭とがクッキリと浮き上がってくる。それは、数十mいや2、300m先の方まで人の顔を識別できるのでは?と思われる程である。


「これって」


きっとそれもノエルの能力なのだろうか。身体能力のみならず、視覚やその気になればきっと聴覚、嗅覚だって、その能力を向上させることが可能なのであろう。

しかし、今はその能力に酔いしれている場合ではない。

早速その力をフル稼働させながら、200m先の交差点まで瑞穂の行方を探す。夕暮れ時の、未だ無数に人が行き交うメインストリートの一人一人を確認しては、瞬く速さで精査していく。


違う。違う。これも違う……。


すると、交差点の少し手前、細い一方通行の道へと続く曲がり角に、2、3人が固まった人影が目に付いた。


居た! あそこだ。


黒い服に身を包んだ男達のその影に、事もあろうか瑞穂がその男達の肩へ担がれている。

当の本人は気を失っているのだろうか、グッタリとして動く気配はない。


「瑞穂!」


ただならない予感を感じて、一樹はその場へ向かうべくグッと地面を踏み込むと、右足をバネにして一気に地面を蹴りあげた。

そのスピードは出だしからトップスピードのような速さで瞬発的に加速する。

メインストリートに行き交う多くの人だかりの中を向上した視覚でその隙間を見極めながら、瞬くスピードでその中を疾走ける。時折、凄い速さで通り抜ける何かに女性が小さな悲鳴を上げるが、今は構っている場合ではない。尚もスピードを増しながら、あっと言う間に200m程の距離を縮めた。

男達の居た角を曲がると、そのまた先の更に細い路地へと続く角に黒付く目男の影を発見する。


「そこか!」


男を追って路地へ入ると、そこに停めてあった車体も窓も真っ黒な車に瑞穂を乗せんと扉が開いたところだった。


「なにしてんだ! アンタら」


瑞穂を担いでいた男の1人が、すぐさま一樹の方へ向かってくる。続いて、車の扉を開けていた男も近づいてきた。

残って瑞穂を肩に担いでいた男は、一樹を見ながら何処かへ携帯で連絡を取っている。恐らく、応援でも呼んでいるのだろうか。

とりあえず、瑞穂を車に乗せられる前に何とかしなければ。しかも、前に立ちはだかる男2人をかいくぐり、応援がくる前に迅速に。

そう考えていた矢先、目の前の男達がシャキッと軽快に金属音をたてながら、3段伸縮の警棒を最大限に伸ばしきった。


「う、そ」


こっちの準備もままならないまま、男が警棒を振り上げてくる。

手慣れた動きは何の躊躇もなく、間髪も入れずに頭部目がけて警棒を横一線に走らせた。

しかし、今の一樹にとってスローモーションにも見えるその動きをかわすことは容易く、身を低くして難なくやり過ごす。

空振って勢い余った男がよろめきながらその場をそのまま走り去って行くと、その影へと隠れていたもう1人が既に警棒を振り上げてスタンバっていた。


「な……」


流石にマズいと、急いで状態を起こして上半身をそり返させる。

勢いよく振り下ろされる警棒は、何とか僅かに頬を掠めさせるだけに留まった。

急いで男達より離れると、身の危険を感じて十分な距離を取る。

幾ら視界や身体能力が向上しようと、二人かがりで連携されると流石に分が悪い。


「このままじゃ……」


頬のヒリヒリと痛む擦り傷を手でふれながら、一筋縄では行きそうにない現状を考察する。かといって、ダラダラと考え巡らしている余裕もない。

一樹は右手に力を込めて、拳に炎のように燃え上がる白いノエルを灯らせた。尚も警棒を振り上げ向かってくる男達を前に、一樹も迎え撃たんと腰を落とす。

先手を打とうと踏み込んだ瞬間、先日あの男『慎』が言った言葉を頭に過ぎらせた。


ー 君のその力じゃ、それこそどうなっていたか ー


突き出そうとした拳を思わず引っ込めてしまう。

しかし、男は容赦なく警棒を振り下ろしてくる。

一樹は、咄嗟に男の右手へと回り込んでそれをかわすと、拳の力を緩めてノエルを加減してから、棒を振り切って隙だらけとなった男の腹部へ拳を叩き込んだ。

男が腹部を押さえ込みながらその場に崩れ落ちる。


大丈夫、旨く加減出来ている。


打撃の手応えや、男の様子から、旨く加減出来たことを実感する。

それで勢いづいた一樹は、続けてもう1人の男へ手をかざした。

相方が思わぬ反撃に合い崩れ落ちていく様に混乱したのか、立ち往生していたところへ突き出した掌からノエルを放つ。

加減して小さな光の玉となったノエルは、男の顔面で弾け飛び、男はそのまま仰向けに倒れ込んだ。


残りはあと1人。


最後となった瑞穂を担ぐ男の方へと、足早に駆け寄ろうと駆け出した時、足元でチュインと甲高い衝突音が響いた。

なんだ? と思い足元を確認してみると、左足のすぐ側でアスファルトが拳大程えぐられている。


「そこまでだ」


更に声がした方へと振り返ってみると、そこにはあの慎が、人差し指と中指の二本をこちらへ向けながら立っている。

今し方、足元をえぐったのは、その指先から放たれたノエルと見て間違いない。


「大人しく彼女をこちらへ引き渡して欲しい」

「引き渡す? こんなのただの人攫いだろ。アンタ、あんだけ調子良いこと言いながら、やってることは最低なんだな」

「それは君らが彼女の存在理由を理解もせずに、ただ野放しにしているからだ」

「理由? 野放し? そもそも秩序も守れてないのはアンタらの方だろ!」


一樹は、慎の『存在理由』という言葉に、自覚もないままに自分のせいだと悩み込む瑞穂の姿を思い浮かべて、沸々と怒りが込み上げてきた。


「彼女は規格外だ。社会の理など意味を成さない」

「それこそアンタらの理由だろ。瑞穂を何だと思ってんだ!」


尚も瑞穂を腫れ物扱いする慎に耐えかねて、一樹は地面を蹴ると慎に向かって駆け出した。

右手を振り上げて、手加減なしに思いっきり力を込める。未だかつて無い程に右拳が白く燃え上がった。

更に向上させた一樹の視覚が、慎の僅かな体重移動を捉える。微かに前へ出そうとした右足を確認すると、逆手へと回り込んだ。

一樹の想定外な動きに目を見開き、完全に意表を突かれた状態の慎の傍らで、一樹は腰を落とし、慎の左腹部目掛けて拳を放つ。


「もらった!」


絶好のタイミングでの渾身の攻撃を仕掛けたはずだったが、気がつくとその攻撃は慎の左手にピタリと受け止められていた。


「なに……」


低い風音と突風を巻き上げながら、勢いをせき止められたノエルが辺りに拡散されていく。


「確かに凄いノエルだ。たが、これではただの垂れ流し。ノエルが分散しているどころか、その軌道が残留してどこへ居てようが明らかだ」


一樹の拳を掴む慎の手からは、薄い膜状の光が張っており、以前見た男のものと似ていたが、その輝き加減はまさに雲泥のごとく、強く眩い光を発していた。

握られた拳は、引くことも押すことも許されず、微動だにすることすら出来ない。


「くっそ」


尚も、どうにか逃れようともがく一樹だったが、その突如、腹部に激痛が走った。

慎の拳が一樹の腹部へめり込んでいく。

その威力で思わずそのまま全身が吹き飛ばそうとなったのを、慎に捕まれたままの拳に引っ張られる。

プレス機にでも挟まれたほどに圧迫される腹部は、その臓器へ流れるあらゆるものを逆流させて、喉の奥からこみ上げてきた。

激痛は直ぐに痛度の限界を超えて意識を遮断しようとするなか、吐き出すことしか出来ない呼吸が、それに必死に耐えようとする一樹に追い討ちをかける。

その場へ跪いた一樹は白んでくる視界に耐えながら、それに負けじと手を伸ばした。


「瑞穂を……」


どうにか慎のジャケットの襟を掴んで立ち上がろとするが、完全に視界が真っ白となると意識は途絶え、その場へ力無く倒れ込んだ。


地面へ倒れた一樹の完全に意識がなくなったことを確認した慎は、車の傍らで瑞穂を支えながら放心していた男へ指示を出す。


「彼女を車へ。あと、そこの2人も車へ乗せて下さい」


慎の指示に男は飛び上がりながら返答を返すと、あくせくと瑞穂を運び込み、続いて倒れる男達も車へと運び込む。

それを見届けた慎が助手席へと乗って扉を閉めると、程なくして車は走り去った。



その場には、気を失って倒れている一樹1人が取り残されていた。


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