-立ち塞がる宿敵-
「ところで、ヤツらはどうして部屋には入って来なかったんだ?」
先行く沙奈へ小走りで追いつきながら、一樹は黒スーツの男達が部屋の前で立ち往生しているのを思い出しては彼女が言った『彼等はここまで』の真意を尋ねた。
「ここは超一級の機密を保管する部屋だからね。ここに立ち入ることが出来るのは極わずかな人だけよ」
「超一級? 緊急事態でも入れないものなのか?」
「そうよ。実はその前の部屋だって、通常なら彼等は立ち入れないはずなんだから」
「そんなとこに瑞穂が?」
「そんなとこだから居るの。そもそも秘密裏ってことだからあの部屋に居たんだろうけど、まぁそれもあのバカトリオがね……」
『バカトリオ』の言葉に、一樹はスーツ男や小柄男と大男の姿を思い浮かべる。
「その様子なら、やっぱり知らないんだ?」
「知らないって何を?」
「なぜ、あの子が超一級の保管室へ監禁されているのか」
一樹は沙奈の言葉に、スーツ男が瑞穂へ言った『気味の悪い力』や慎が言っていた『規格外』を思い返した。
瑞穂は、その意味を本人でありながら知り得ない為に悩み苦しんでいたのだ。
その真相を、元凶を、ついに解明することが出来るのかと一樹の気持ちを逸らせた。
「何か知ってるのか!?」
「知ってるも何も、この施設は半分彼女の為に作られた様なもんなんだから。そこまでに彼女の力は、オリジナルの……」
思いつめた様な慎重な面持ちで話を切り出す沙奈だったが、本題へと入ろうとしたところで話を打ち切ってしまった。
「悪いけど、話は後になりそう」
そう言うと、険しい表情へと一変させてクルリと振り返る。
「やっぱりアンタの仕業だったのね、梨奈」
背後へと振り返った沙奈の視線の先には、いつからか女の子が立っていた。
不意をつかれた一樹は、慌てて身構えながらに確認したその女の子の容姿に我が目を疑う。なんとその子は、沙奈と見栄えがつかないほどにそっくりなのである。
差し当たって違いと言えるのはその髪型ぐらいで、長い髪が左右で束ねられているのか、後ろで一つに束ねられているくらいしか見分けがつかない。
「沙奈が慎を困らすようなことをするからよ。もうちょっとで慎だってここに駆けつけてくれるんだから」
梨奈から慎の名を聞いて沙奈が表情を曇らせた。梨奈への視線を外さず警戒したまま、小声で一樹へ話しかける。
「いい? 一樹、慎がここへ来たら終わりだからね。あの子は私が引き付けるから、アンタはその間に右側の通路へ急いで。そこに瑞穂が居るはずよ」
「大丈夫なのか?」
心配そうに声を掛けてくる一樹へ、少しだけ一樹の方へと振り向いた沙奈がニコリと笑顔を見せた。
「心配しないで、いつもの姉妹ケンカよ」
「……分かった。瑞穂を連れ出したらすぐに戻る」
一樹は沙奈の背後を回り、広間となっている部屋の右奥にある通路の入口へと向かって駆け出した。
「行かせるわけないじゃない」
それを逃さない梨奈が一樹へ向かってノエルを放つ。それは走っている一樹の動きを計算へ入れて的確に的へと迫ってくる。
「マズい」
避けきれないと見越した一樹がいったん足を止めて身構えた。
しかし、ノエルは一樹へ当たる寸前のところで弾け飛ぶ。沙奈が放ったノエルが梨奈のノエルを相殺させたのだ。
「悪い、助かった」
「早く行って」
一樹は再び駆け出した。通路までは既に距離もなく、すぐに通路の入口へと差し掛かる。
その様子を見た梨奈が鋭く沙奈を睨みつけた。
「あくまでも邪魔をするのね。なら、もう容赦はしないから」
そう言った梨奈が全身へノエルが集約させる。そのノエルの量は、かつてスーツ男が一樹を見て驚いたものよりも凌駕しているように見える。
「あら、アンタが私に勝ったことなんてあったっけ?」
対する沙奈も、それに少しも怯むことなく余裕の笑みを浮かべ返した。
ただならぬ空気が二人の間を漂い、それを見ていた一樹が溜まらず声を掛ける。
「沙奈」
その声に、沙奈は一樹が言わんとしたことを理解してゆっくりうなづいた。
それを確認すると一樹は通路の奥へと急いで行く。
「だだ、手加減して適う相手でもないんだけどね」
チリチリと梨奈が纏う多量のノエルを肌に感じながら、沙奈の頬へ冷たい汗が走った。
一樹は、第一級機密保管Bルームと書かれた案内板の横を横切っていく。
壁へ大きく書かれた『B』という標記を見ては、他に幾つも部屋があるものなのか、と思いを巡らせていた。
通路は道なりにL字の角を曲がり、更にまっすぐ進んだ先にある小さな踊場の正面で、今まで以上の大きな鉄の扉へと突き当たる。
『第一級』と記される通り、まさに銀行の金庫のそれにしか見えない頑丈な扉を、コンコンと叩いてみてはどうしたものかと腕を組んだ。
「流石にこれは、どうにかなるレベルじゃないぞ」
扉の右側には、もうお馴染みとなった静脈センサーとテンキーが付いた操作パネルがあるが、勿論一樹の静脈で通る訳はなく、スーツ男のようにマスターキーがある訳でもない。
八方塞がりな現状にしばらく考え込んでいたが、このまま悩んでじっともしていられないと、とりあえず沙奈のところへ戻ることを決めて振り返ったその時、踊場の入口に人影が見えた。
咄嗟に身構えながらも、確認できたその人物に驚きの声が漏れる。
「香月……」
以前見た時と変わらず、動き易そうな黒い衣装に胸元には金色の執行部バッジを光らせ、美波がこちらをジッと睨みつけている。
何か声を掛けようと一歩前へと出る一樹へ、動くなと言わんばかりに美波が右手を前へ突き出した。
「おい、瑞穂がこの中に閉じ込められてるんだぞ!」
一樹の言葉に美波は何の反応も見せず、その右手へノエルを淡く灯らせ始める。
「香月ッ」
美波の行動に全身へグッと力が入る一樹だったが、左右にかぶりを振っては力を抜く。両腕ダラリと垂らしては抵抗する気はない意志を示した。
しかし、対する美波には止める意志は一切見て取れず、尚も右手のノエルを増幅させていく。
そしてそのまま、迷うこともないままに宿らせたノエルを一樹へ向けて一気に放射させた。
無防備だった一樹は、真正面から放たれたノエルを向かい合う。
一直線上に一樹へと伸びていたノエルだったが、どういう訳かその軌道を少しづつズラして一樹の左頬をスレスレのところを横切った。
通り過ぎたノエルは、後方で衝突音を唸らせ、その後続けてガシャリと鈍い金属音を響かせる。
何だ?と思い一樹が振り返ると、そこへは部屋に設置されてあった監視カメラが無残な形となって床へと散らばっていた。
「これは……」
状況を把握出来ずに、放心している一樹の横を足早に美波が通り過ぎていく。
「時間がないわ、急ぐわよ」
操作パネルの前へと立った美波は、見覚えのある独特な形の鍵を手に持っていた。
「お前」
尚も戸惑っている一樹を尻目に、美波は操作パネルへ鍵を差し込み、テンポよくテンキーを押し込んでいく。
長い電子音が鳴り、重厚な扉がゴロゴロと低い轟音をたてながら左側へとスライドし始めた。
ゆっくりと動く扉を待ちきれずに、美波は隙間から体滑らして中へと入って行く。
扉の向こう側では、薄暗い部屋の片隅に座り込んでいた瑞穂がいつもと様子に気づいてゆっくり顔を上げるところだった。
美波が駆け寄り、しゃがみ込んでは瑞穂の顔を覗き見る。瑞穂の顔は、泣き続けていたせいか赤く腫れ上がっていた。
美波がその頬へそっと手を触れる。
「ゴメンね。辛い想いをさせて」
何が起こったのか、ビックリした様子の瑞穂だったが、後からやってきた一樹の姿を見ては、ようやく事態を飲み込み美波に抱き付いた。
「ありがとう。やっぱり、来てくれたんだ」
感情を表すようにギュッと抱きしめてくる瑞穂に、それに返答するかのごとく、美波も優しく両手で包み込んではそっと頭を撫でる。
「瑞穂……」
しばらくして、二人でその場から立ち上がると、美波がキリリと顔色を変えて一樹の方へ向き直った。
「さぁこんなとこ、サッサと出るわよ」
一樹の知っている自信と知性に溢れた頼もしくかつ、綺麗に整った美波の表情を見ては、ようやくいつもの美波が帰って来たことに安堵する。
「あぁ、そうだな。言いたいことが沢山あるんだからな」
そう言った一樹の言葉に、美波はキョトンと目を見開くとハァと溜息をついた。
「それはこっちのセリフよ。アンタこそ、いつも色々かき混ぜてくれちゃうんだから。ま、そのおかげでやるべき事は済ませたから、今回に限っては結果往来なんだけど」
瑞穂もまた、懐かしくも感じる二人のやり取りを見ては安堵笑みをこぼした。
そんな瑞穂へ美波が心配そうに声を掛ける。
「ゴメンね、瑞穂。実は時間があまりなくって、すぐにここから移動しなくちゃいけないんだけど、歩けそう? 」
「ありがとう、心配してくれて。私は大丈夫だよ」
懐かしくもあり、嬉しくも感じる3人での会話は、ここまで緊張の連続だった神経をほぐして和やかな空気が流れる。一時は先の見えなかった迷路も、ようやく出口の目処がつき、後はその出口へ足を掛けるだけである。
しかし、そんな光明が差し掛かった矢先の一樹達3人を待ち受けていたのは、招かれざる人物だった。
特に一樹にとって因縁とも言える人物であり、瑞穂が連れ去られる際に一撃で自信を地面へと沈めた張本人、慎である。
「君達をここから出す訳にはいかない」
踊り場から通路へつながる入口をピッタリとふさぐ慎へ、真っ先に敵意を向けたのは意外にも美波だった。
「随分、戻りが早いのね」
「元々、君の情報は疑わしかったから。それでも梨奈から連絡を貰うまでは外に居たんだけどね」
美波の頬へ汗が走った。
予め仕込んでおいた布石は、その効果を半端に肝心なところで空振ってしまったのだ。
一樹の方へ視線を投げる美波は小声で合図を送る。
「慎はちょっと厄介よ。ここは二人がかりで左右から回り込んで……」
「俺一人に任せてくれないか」
「ちょっ、アンタまたそんなこと。人の話聞いてるの?」
「アイツには借りがあるんだ。それに、沙奈の様子を見に行ってやって欲しいんだ。 沙奈へ声掛けてくれたのは香月なんだろ?」
一樹の推測に美波は思わず目を見開くと、図星であることが見て取れる様に視線を空へ逸らすと口を尖らた。
「まぁ、確かにあの子を巻き込んだのは私のせいだし、気にはなるけど……」
未だ腑には落ちない様子の美波だったが、一樹は構わず、そして急かすように指示を出す。
「じゃ、決まりだな。美波は瑞穂と一緒に左手から通路の方へ回ってくれ。おれが右側からアイツを引きつける」
ゆっくりと考察出来るような状況でないこともあり、美波は一樹の言葉に根負けすると、仕方無さそうに吐息を漏らした。
「わかったわ。でも、いい? ほどほどで切り抜けなさいよ。アンタが通用する相手じゃなんだから」
心配そうな美波へ短く相づちを返すと、その後ろでは同じく心配そうにしていた瑞穂も声を掛けた。
「一樹、待ってるから」
その後、即座に美波が瑞穂の手を引き踊場の左手側へ、一樹が右側へと二手に分かれた。
しかし、慎は迷うことなく美波と瑞穂の方へ視点を合わせてくる。
それに気がついた一樹がすぐに足を止め、慎へ向かってノエルを放った。
美波も慎との間の床に向かってノエルを放ち、衝突して拡散するノエルで光の煙幕を起こさせる。
「子供騙しを」
慎は視線を美波達から外すことなく一樹のノエルを左手一本で弾くと、煙幕の目くらましのなか、美波の方へと的確に右手を伸ばしてくる。
「これならどうだ!」
一樹が続けざまに、既にスタンバってた2発目の凝縮ノエル放つ。
強い光を発しながら自信へ向かってくるノエルに様子が違うことを察知した慎は、伸ばした右手を引っ込めて一樹の放ったノエルを両手で受け止めた。
凝縮ノエルはその場で破裂して、多量のノエルを撒き散らし低い衝突音を唸らせる。
辺りへ勢いよく広がった大量のノエルの光が徐々に収縮していくなか、慎は一樹の凝縮ノエルを受けながらも無傷のままに立っていた。
「やっぱり、そう簡単にはいかないか」
切り札の凝縮ノエルを難なく受け止められて、一樹のこめかみ辺りへ嫌な汗が通り抜ける。
「……だけど」
ノエルの残光が全て晴れて辺りがハッキリしてくるなか、美波と瑞穂の姿は居なくなっていた。
「ああ、どうやら簡単にはいかなそうだ」
慎はようやく一樹を見据えると、腰を落とし身構えて両手へノエルを込めては一樹に対して臨戦姿勢をとった。




