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NoEL  作者: 申樹
【Eternal Children】
14/18

-小さな協力者-

一樹が目は開けると、そこは見知らぬ場所だった。


いや、部屋の周りを囲む白い防護材は、気を失う前に居た場所にあったそれと見て間違いない。ただ、小部屋に囲まれただだっ広い広場ではなく、六畳一間ほどの小さな小部屋へと移されているのだ。

加えて、出入り口にある扉は、瑞穂が居た部屋の取っ手も何もないスライド式の物とは違い、さながら金庫の扉の様なジュラルミン製の頑丈な物となっており、それはあの広場に隣接したどの小部屋とも違って、更に別の場所へと移されているのだと予測が出来た。


早速、再び瑞穂を連れ出すべく部屋を出ようと起き上がる一樹だったが、上半身を起こしたと同時に走った脇腹の痛みに思わず腹部を押さえ込んだ。

大男の攻撃を受けた時のものだと思い返しながらも様態を確認してみると、意外にもそこには痛む箇所を中心にして腹部から肩に掛けて包帯が巻かれ、丁寧な手当が施されていた。

そのせいあってか、気を失う前に感じていた激しい胸部の痛みはすっかり引いている。試しに右腕へノエルを灯してみせるが、なんの支障も感じられなかった。

なら、ノエルで扉をぶっ飛ばして……と考えたが、すぐに美波の言葉を頭に過ぎらせる。


『それだけ大きな音をたてれば気づかれるに決まってるじゃない』


瑞穂が隔離されていた部屋の扉ですら、凝縮ノエルを数度当てることでようやく隙間を作ることが出来る程度だったのに、増してや目前にある扉では何度当てれば外に出れるのか予測がつかない。

その間に騒音で人が来るであろうし、もしかするとまた胸の痛みがぶり返し兼ねないであろう。


一樹は殺風景な真っ白な部屋に唯一設置されるベッドの上へ再び全身を預けると、頭の後ろで手を組んでは溜め息を漏らした。


「ご丁寧に手当てまでされているんだ、何か目的があってのことなんだろ。なら、このまま相手の出方を待ってみるか」


先程とは対象的に力無くゴロリと寝返りをうっては体を休ませ、そのまま目を閉じた。




しばらく時が経ち、目覚めた直後だった為か目を閉じてもなかなか寝付けない一樹であったが、待ちわびていた相手側のアクションは思っていたよりも早くに訪れた。

突然、大きなジュラルミン製の扉が派手な機械音をたてながら少しづつその位置をずらし始めたのだ。

一樹はベッドから降りては、相手次第ではまたも争いになるかもと身構えた。

高ぶる緊張感にゴクリと生唾を飲み込む。

扉は後方へ30cmほど下がった後、今度は右側へとスライドして、ようやく部屋の外側の光景が徐々にあらわとなっていく。

一樹はその物々しいほどの重厚な動きに、自身がさながら『檻』へ入れられていたことを悟った。

その後、扉が壁の奥側へと完全に隠れ、出入り口がぽっかりと開いた状態となる。

しかしそこへ人影はなく、ただ通路だけを覗かせるだけであった。

なんだ?と、肩透かしな状況に少し拍子抜けして、気を緩めては通路の方へ覗き込もうとする一樹だったが、脇の方からひょっこり顔が出てきたことに思わず飛び上がった。

続けてクスクスと笑い声が聞こえ、出てきたのが女の子であったことに気がつくと、思わずとったオーバーリアクションを咳払いで誤魔化そうとする一樹だったが、今度はその見覚えのある女の子の容姿に驚きの声を上げた。


「君はあの時の!」


それは以前、ノアへ1人で入ろうと四苦八苦していたところを一樹が手助けした女の子、沙奈だったのだ。

沙奈は口元へ人差し指を立てて静かにするよう指示すると、顔を近づけて小声で囁いた。


「友達、助け出したいんでしょ?」

「え? あ、ああ。でも、なんで……」

「詳しい話は後。ついて来て」


突然の事で困惑する一樹の疑問を振り払うようにして、何も答えないまま沙奈はそのまま部屋から出て行ってしまう。

戸惑いつつも、沙奈の後を追って部屋の外へ出た一樹は、廊下の曲がり角で辺りを伺っていた沙奈の横へと着いた。


「君はいったい?」

「君じゃないわ、沙奈よ」


つっけんどんな応対に、沙奈が詳細を敢えて話そうしないことに気が付いていた一樹であったが、いち早く状況を把握したい一樹にとって問い続けずにはいられなかった。


「いや、どうしてここに?」

「もう、話は後って言ったでしょ」


様子を伺っていた沙奈は質問責めにウンザリしながらも、行き先の安全性を確認しながら先行して角を曲がる。

一樹も沙奈を真似るようにして、その後へとついて角を曲がった。

すると、その先で仁王立ちしていた沙奈に思わずつんのめってしまう。

フラフラとバランスを取る一樹の眼前へ、沙奈が続けて人差し指を立てた。


「いい?女の子には秘密が付き物なの。それくらい覚えて起きなさい、一樹」


ぷいっと体の向きを変える沙奈が引き続き先行して行く。

質問をはぐらかされたことと、またしても慣れない敬称のない呼称に、どうにも調子が狂うと一樹は耳の裏を軽く掻いた。


その後も迷路の様に入り組んだ通路を、迷いなく沙奈が先行してズンズンと進行していく。

しかし、しばらくしてある曲がり角へさしかかった時、その先を伺った沙奈の足取りがピタリと止んだ。

おかしく思った一樹が沙奈へ寄り添って慎重にその先を覗き見る。

そこへは、白い外観には目立ち過ぎるほどの黒いスーツへ身の包んだ男達が、辺りを入念に見渡しながらうろついていた。


「気づかれてるわね。でも、早すぎる。まさか、梨奈のやつ……」

「梨奈?」


聞き慣れない名前に沙奈へ問いかけるが、回答が返ってくるよりも早く、今度は反対側の通路からバタバタと足音と共に数人の人影が壁へ映り込んだ。


「この先に居るぞ!」


響く男の声に焦りつつも、一樹は身構える。


「見つかったのか! 仕方ないな、こうなったら……」


拳を握り締めてノエルを集約しよう集中する一樹だったが、その横で沙奈の振り上げた右腕が眩く輝き始めた。


「え? まさか」


驚く一樹の傍ら、沙奈が右腕を振り下ろす。

その勢いで手より離れた光が、球体へと形状を変えて男達が居る通路の奥へと飛んで行く。

光の玉は、そのまま男達の居る先で低い衝突音を唸らせながら弾け飛んだ。

一樹達の居る通路の方にも拡散するノエルの光が漏れ、男達が予期せぬ先手に戸惑いの声を響かせている。


「こっちよ」


驚きの余り呆けていた一樹を沙奈が手を取って、すぐ近くにあった扉を静脈センサーを通して開けると共に中へと入った。


「今のって、ノエルなんじゃ……」


閉った扉を背後にして未だ方針気味の一樹へ、沙奈がしれっと言葉を投げる。


「そんな扉、アイツ等でも簡単に開けてくるんだからね」


一樹は、扉の裏側でせわしなく響く足音でハッと我に返ると、1人部屋の奥へと進んでいく沙奈の後を追った。


「いいわ、障害は高い方が燃えるんだから。だいたい、この中で私を捕まえようなんてイイ度胸してるじゃない」


部屋の奥には他の通路へとつながる別の扉があり、その扉を開けながら沙奈は、窮地の状態であるはずながらも余裕の笑みを見せた。



通路へと出た沙奈と一樹だったが、人の気配を感じて、すぐに近くの角へと身を隠した。

その後、すぐに黒スーツの男達が一樹達が出てきた扉を探りに来る。

自分達の行動が間一髪であったことに一樹は胸をなで下した。


「随分人を動かしてるようね。ま、その程度じゃ私は捕まらないんだけど」


しかし、沙奈は余裕の表情を変えることなく、変わらぬ調子で更に奥へと進んでいく。


ただそれも、すぐにまた足取りを止めることとなった。

どうしても通らなければならない通路へ黒スーツの男が3人、待っていましたとばかりに見張っているのだ。


「やっぱりここは抑えてきたわね」


隠れて様子を伺っていた沙奈が諦めたようにうなだれると、右手を前へと突き出して男達へ狙いを定め始めた。


「仕方ないけど……」


そう言って突き出した右手へノエルを集中し始める。


「お、おい何を」

「見れば分かるでしょ。邪魔な彼等を退けるのよ」


そう言った沙奈の右手のノエルはどんどんと大きくなっていく。それは知識の浅い一樹から見ても、威嚇するには大きすぎるノエル量になっていた。


「お前、そんなんじゃアイツ等らが……」

「何言ってんの? 中途半端に打って、起き上がりでもされたら面倒じゃない」


更にノエルを集中して、右手へ集まる光の玉は、かなり大きな物となっていた。

その大きくなったノエルへ左手を添えると、何時でも飛ばせる準備万端な格好をとる。


「恨まないでねッ」


沙奈がグッと全身へ力を込め、男達へ向かってノエルを放出させる。


「止めろ!」


しかし、同時に一樹が沙奈の腕を掴んでその起動を大きく反らさせた。

あらぬ方向へと飛んだノエルは、天井へ激突して大きな騒音たてると共に、拡散するノエルが辺りを煙のように立ち込めさせる。


「ちょっと、何考えてんのよ!」

「アレじゃ、大怪我してたぞ」


お互いの言い分を主張する2人だが、その間にも衝突音と残光で気が付いた男達が居場所に気づいてバタバタと駆け寄ってくる。


「そこに居るぞ!」


数人分の忙しない足音が近づいてくるなか、一樹が沙奈を肩へ担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと」

「いいから、ここは任せろ」


子供とはいえ、中学生ほどの沙奈は体は決して小さいとものではないが、ノエルで向上させた筋力では軽々と持ち上げるのは造作もない。

遂に一樹達の前へと現れ、行く手を阻むように通路を跋扈する黒服男の3人へ、一樹は沙奈を担いでふさがる利き手とは逆の左手を突き出して男達へと向ける。

その行動に男達がノエルを牽制して一瞬怯んだ隙に、一樹は手の角度を下方へ修正すると男達の足元へ向けてノエルを放った。

床に当たったノエルが拡散され、煙幕状へ広がった光が辺りの視界を奪う。


「今だ!」


一樹は沙奈を抱えたまま、光の煙幕へ向かって駆け出した。


「え? ちょっと、そっちは逆なんじゃ……」


相手の目をくらませて、この場は一旦引くものだと考えていた沙奈が思わず声を漏らす。

しかし、一樹は異を唱える沙奈に気にすることなく、煙幕の中へと突っ走った。

たちまち、ノエルの残光で2人の視界を真っ白になり何も見えなくなさせるが、そのまま走り続けた一樹がすぐに視界を晴れさせた。相手の包囲網をかいくぐって煙幕の外へと出たのだ。

尚も駆け抜ける一樹に担がれた沙奈は、上体を起こして背後で未だ右往左往する男達を確認する。

一瞬闇雲に見えた一樹の行動は、予め突破口をノエルを放つ前の段階から目星をつけてのものだったことを理解した。


「ヨシッ、抜けた。次はどうする?」

「このまま真っ直ぐ行って。突き当たりに大きな扉があるわ」

「了解。しっかり掴まってろよ」


一樹は沙奈を担いだまま、足元へノエルを集中させて一気に加速させた。途中にある分岐路には分け目も触れずに通路を猛スピードで駆け抜けた。




「これはまた……」


行き着いた先にあったのは、これまでにないより一層頑丈そうな大きなジュラルミン製の扉であった。

沙奈は一樹の肩より降りて、早速扉の脇にあるセンサーでロックの解除に取り掛かっている。

扉の開錠が難航しているのか、随分時間を要しており、先程の男達がまたもバタバタと足音を響かせて近寄ってくる。


「おい、まだかかるのか? ヤツらだいぶん近づいてきたぞ」

「もうちょっとよ、ちょっと待って」


その姿を目視出来るほど近づいてきた男達が、その足取りをゆっくりと慎重に歩みよるよう変更させて、追い込むようにジリジリと近寄ってくる。同時に腰に下げていた警棒をシャキリと伸ばした。


「さすがに目くらましは二度も通用しないよな」


通路ながらにそこそこの広さがある場所で、3人を同時に相手にするには分が悪いと、状況の悪さに一樹の頬へ汗が流れた。

男達がまさに飛びかかろうと腰を下ろした瞬間、後方の大きな鉄の扉が物々しい動作音を響かせる。


「一樹、早く!」


沙奈に催促され、まだ少ししか開いていない隙間を滑り込むようにして2人は扉の中へと入った。

尚も開いていく扉から、男達が追跡して来るであろうと更に部屋の奥へと急ぐ一樹だったが、沙奈が部屋へ入ったとたん微動だにしない。


「おい、なにやってんだ。早く……」

「いいのよ、彼等はここまでよ」


その言葉通り、扉は開ききって大口を開けてるのにも関わらず、男達は扉の向こうへ踏み込もうとしない。

いや、踏み込みたいが出来ないといった表情を浮かべていた。

そんな男達へ、沙奈がにこやかに手を振りながら内側にもあるセンサーを操作して扉を閉鎖していく。


「サヨナラ~」


男達は苦虫でも潰したような顔をしたまま、やっぱり一歩も動かずに扉が閉まっていくのを見送っていた。


扉が無事閉まると、2人してふーっと息を吐き出しては安堵する。

一息ついたところで沙奈がクルリと踵を返し、勢いよく一樹を指差した。


「全く、一樹はムチャクチャなんだから」

「ああ、今のは流石に危なかったな」

「俺に任せろ!が聞いて呆れるわ」

「まぁでも、誰も傷つかなかったろ?」

「ま、まぁね……、でもそれは結果論でしょ。もしなんかあったらどうするのよ」

「……何かあったらか」


沙奈の物言いを一樹はぼそりと繰り返すと、その表情を険しいものへと変えて沙奈を見つめ直した。


「いいか沙奈、俺達は人より強力な力を持ってる。それはやろうとすれば人を殺める事だって出来る程の力だ。その上で一番守らなきゃならないことは何だと思う?」

「人を……傷つけないこと」

「そう、それは使い方次第で被害者と加害者が一変することになる。『何かある』のは相手側になるかもしれないんだ。だから、無闇に使用はしないこと。相手が力を持たないのなら尚更だ」


その言葉に沙奈がシュンと潮らしくなっているのを見て、一樹はただ素直なだけなんだと納得する。


「守れるか?」

「……もっかい言ってよ」

「え、何を? 力の待たない相手へ無闇に使うなってヤツか?」

「もっと前」

「俺達は人より強力な力を……」

「違う。その前ッ」

「いいか……沙奈?」


一樹に名を呼ばれたことに沙奈が頬を赤らめる。

それを悟られぬよう、すぐに一樹へ背を向けると恥ずかしそうに口尖らせた。


「ま、まぁいいわ。一樹の言いたいことは分かったから」


沙奈が理解してくれたことにホッとする一樹だったが、沙奈が何を聞きたかったのか理解しきれずに首を傾げる。


「バカ」


小声で言った沙奈の声を聞き取れずに「え?」と聞き返す一樹だったが、沙奈は「何でもない」と素っ気なくあしらって、一人先に部屋の奥へと進んで行った。

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