-望まぬ再開(前編)-
なんと、向上した視力が小さな四角い枠の向こう側へ探し求めてた瑞穂の姿を捉えた。
どうやら、この大きな部屋の周りには幾つか部屋があり、その小さな小枠はその部屋ごとに設けられた小窓となっているのだ。
無意識にも駆け出していた一樹は、瑞穂が映る窓との距離をみるみる縮める。
しかし、近づくうちに窓の中の瑞穂が必死に何かのサインを送っていることに気がついた。
一樹の後ろを指差してなにやら慌てて叫んでいる。
ようやく気になって後ろを振り返った一樹へ、光の玉状となったノエルが既にもう目と鼻の先にまで迫っていた。
「うゎ!」
なんとか体を捻り、ギリギリのところでノエルをかわす。通り過ぎたノエルは壁へ衝突して、物騒な衝撃音をたてながら辺りへ拡散していった。
慌ててノエルが向かってきた方へと目を向けると、そこには見覚えのある男が立っていた。
「今朝、入口でお前を見かけた時は驚いたよ。まさかこんなに早くまた会えるとは」
男は着ていたスーツの上着を脱ぎ捨ててメガネを中指で押し上げる。
そうそれは、先日路地裏で若者達へノエルを使って暴行していたスーツ男であった。
またその横では、先程まで一樹の道案をしていたはずの小柄な男が甲高い声で狂ったように笑い始める。
激しく体を揺らすことでめくれ上がった前髪の下からは、鋭くつり上げ相手を蔑む目元を露わにさせていた。
「コイツ、俺のハッタリに気づきもせずにこれから殺されるのにヘコヘコ着いて来て。途中どんなに吹き出しそうになったか」
小柄な男が途中何度か肩を震わせていたことを思い出す。咳込んでいたなどではなく、クスクスと笑いを漏らしていたのだ。
困惑する一樹へ、スーツ男は更にシャツの裾を捲り首を左右に振ってはコキコキとリズミカルに骨を鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄って来た。
「お前らのせいでほぼ決まりと言われていた俺の執行部入りが無くなったんだよ。俺ほど適任なヤツなんか居ないのに、なぁ?」
そう言って、スーツ男は後ろを振り返ると、小柄男が合わせて「キャキャキャ」と下品に笑う。
「それどころか、俺を雑用しか能のないクソ部署へ回しやがって。正直、お前と慎のヤツは殺すくらいじゃ足りないよ、ホント」
「そりゃ良かったよ。アンタらの中でも、ちょっとはまともな判断が出来るヤツがいて」
一樹は焦り込み上げてくる感情を押さえ、時間を稼ぐ為に皮肉を返しては、状況を把握しようと部屋の中を見渡してみる。
目の前にはスーツ男に小柄男、それに入り口の扉の横にはいつの間にか体格の良い大男が1人立っていた。
3対1であることと、少なくともスーツの男はノエルを使ってくる状況の悪さに、頬には思わず嫌な汗が通り抜ける。
そんな中、一樹の皮肉を男がハンッと鼻を鳴らしてあしらった。
「相変わらずいちいち堪に障るヤツだ。まぁ、そんなクソ部署だからこそ、ここを使うことが出来たんだが」
そう言って両腕を広げるスーツ男の片手には、小柄男が扉を開けた際に使っていた鍵がジャラリとぶら下がっている。
その鍵の独特な形状や、わざわざ静脈センサーまで付いていた扉のことを思い返しては、この部屋が特にセキュティーが厳しい部屋であることを悟る。
一樹は横目でチラリと瑞穂が映る窓を確認すると、スーツ男へ質問を投げ掛けた。
「ここはなんなんだ? アンタらはいったいここで何をしている」
「この地下はノエルの研究施設だよ。周りが白いだろ? あれは耐衝撃や防音などに優れており、周辺に影響を与えない造りになっている」
「ノエルの……研究?」
「大方そこの女は、あの気味悪い治癒能力でも調べられてたんだろ」
男の『気味が悪い』の言葉に、治癒能力が誰にでも扱える訳ではないことを理解する。
そういえば以前、瑞穂が大怪我した男達の傷を癒していたことに慎が怪訝な表情を浮かべていたことを思い返した。
同じノエル能力者でも、治癒が使える者とそうでない者の違いを気掛かりに思うが、今は言葉を呑み込んだ。
「しかし、これは願ってもないお膳立てだな。元々この部屋は、お前を始末するのに周りへ気づかれないよう選んだつもりだったんだが……」
スーツ男はニヤリと嫌らしい薄ら笑いを我慢出来ないとばかりに、口元を抑えながら言葉を続けた。
「あの女を連れ出そうと潜り込んで来たお前があまりに抵抗してくるんでやむなく殺してしまった。とでもしておこうか?」
そう言うと、スーツ男がダラリと右手を前へ差し出した。途端、手元がキラリと光り、間髪入れずに一樹へ向かってノエルが放たれる。
既に臨戦態勢でいた一樹は、向上させていた視覚でノエルの軌道を読み、右手へ飛んでノエルをかわした。
しかし、避けた先に待ち伏せていた小柄男が殴りかかってくる。
「な、いつの間に」
咄嗟に小柄男の拳をガードするが、続けて繰り出してきた蹴りに向上させていたはずの視覚が追いつかない。
膝裏部にヒットした蹴りは差ほど威力がなかったものの、その拍子にカクリと膝が折れ思わずバランスを崩してしまう。
そこへ続けざまに、頭上から大きな影が覆い被ってくる。
見上げると扉の横にいたはずの大男がその拳を腰の位置まで引き、こちらへ放つ寸前の状態になっている。
しかも、握り締めているその拳からは、青白いノエルの光が揺れていた。
「マズい!」
態勢を崩してかわすことが困難な一樹は、ノエルを灯した両腕を立てガードの姿勢をとる。
低い衝突音と共に空気が震え、大男の拳が一樹の両腕へと激突した。
一樹の全身へ強い衝撃が走り、背筋がギシギシときしむ。更にはガードした一樹ごと宙に浮かせ、大男の腕はフルスイングのごとく振り抜かれた。
空中に放り出された一樹は、それでもガードしていた甲斐あって、なんとか空中で体制を整えどうにか着地する。
しかし、そこへ今度は着地時点に合わせて放ったスーツ男のノエルが容赦なく狙ってくる。
間髪入れずの猛攻にガードどころか態勢すら整える間もなく、一樹は無防備のままにノエルを腹部へと直撃させた。
接触と同時に爆発するノエルの衝撃に飛ばされ、拡散する光の幕から放り出されると壁に叩きつけられる。
腹部への激しい衝撃と壁へ衝突した衝撃とで前後を挟み撃ちにされ、乱れる呼吸ゴホッゴホッ咳き込まされる。立っていることも溜まらずにその場へと座り込んだ。
そんな一樹の姿を見るや、スーツ男は余裕の笑みを浮かべて中指でメガネを押し上げる。
「いい事を教えてやるよ。ノエルにはそれぞれ適性ってのがあってな、そこの2人がスピードとパワーで、俺がエミッション。俺達が3人が揃えりゃ相手が誰であろうが必ず仕留めれんだよ、お前のようなバカみたいなノエル量を扱うヤツであろうと、勿論あの慎でもな」
一樹はズキズキと痛む腹部を抑えなから、壁を支えにどうにか立ち上がり、もう一度現状を考察する。
少なくとも1人どころではない、相手は3人ともにノエル能力者であり、しかもそれぞれ異なる特性を補間し合ったバッチリな連携が成されている。
「これは少々マズいかもな……」
ハハッと乾いた笑いを漏らすとゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな一樹へ休む間も与えることなく、続けざまに繰り出される相手の攻撃は容赦なく、小柄男はもうすぐ目の前まで迫っていた。
一樹は慌てて駆け出すと、間一髪のところで小柄男の攻撃をかわす。
その最中、視界の端でスーツ男の右手が自身へ向けているのを確認しては、そのまま壁伝いに駆け抜けていく。
走り去ったすぐ後方で、スーツ男が放ったノエルが対衝撃用の壁へと当たるボスッボスッと低い衝突音が唸った。
何とか2人の攻撃を退けた一樹だったが、今度は大男が目の前の行く手を阻む。
しかも、先程と同様にその右拳にはノエルが光り、もう既に繰り出す寸前といったところ。
「クソッ、誘導されてるのか」
大男の攻撃をガードしたところで力任せに飛ばされて、またもスーツ男のいい様に狙い打たれるだけだろう。しかし、壁沿いを走る一樹には、それをかわせるだけの十分なスペースも無い。
「なら、こっちだ」
一樹はいつか見せたときのように、壁を水平に2歩ほど駆け上がっては更に大きく跳躍して、大男の頭上高くを飛び越えて行く。
だが、その飛び上がった一樹の前へ同じように飛び上がった小柄男が目の前へと現れた。
「遅ぇんだよ」
小柄男は「シャー」と掛け声をあげながら蹴りを繰り出し、意表をつかれた一樹は地面へ蹴り落とされる。
そのまま地面へ倒れ込みそうなところを、蹴りの威力が弱かったせいもあって膝を着く程度に留めた。
よろめきながらも立ち上がろうとする一樹へ、間髪入れずに背後からスーツ男のノエルを狙う。
それに気づいてすぐさま振り返る一樹だったが、時すでに遅く、ノエルは振り返った一樹の顔面へと直撃した。
一樹は、眼前へ爆発するノエルの衝撃に首が引きちぎれそうなほど引っ張られながら、2mほど宙を舞っては地面に落ちても勢い余ってゴロゴロと転がる。
しばらくしてようやくうつ伏せ状態に倒れ込むと、ピクリとも動かなくなった。
「ほら、さっさと立てよ。ちゃんと手加減してやってんだ」
スーツ男がうつ伏せ状態のまま動かなくなった一樹の方へと歩み寄る。
そのすぐ後方で小柄男がケラケラと甲高い声で笑った。
「もしかしたらもう逝っちゃったんじゃない? さっきのは流石に当たった場所も良かったからね」
「俺の気はこんなもんじゃ済まされんさ」
スーツ男がメガネを押し上げつつ語る内容に、小柄男は一層甲高く笑い声を上げる。
「アイツが言ってた通り、アンタは執行官にならなくて良かったのかもな。後始末が面倒そうだ」
一方、手加減したの言葉通りに何とか意識は失わずにいた一樹は、うつ伏せ状態のままあえて動かず様子を伺っていた。
スーツ男が一樹へ背を向けながら小柄男と話込む姿を見て、今だとばかりに両腕へ瞬発的にノエルを込めてスーツ男へ目掛けて飛び掛った。
繰り出した拳の先がスーツ男へ届こうとしたところへ、自身の懐へ小柄男が瞬くスピードで間へ割って入ってくる。
「おっと、危ない危ない」
小柄男の拳が腹部へとめり込み、拳はスーツ男を捕らえることなく寸前のところで止まってしうまう。
すぐさま体制を整える一樹だったが、小柄男の向こう側でスーツ男のノエルを放とうとする姿が映る。
見合わせたように小柄男が後方へ飛ぶと、ほぼ同時に光の玉は放たれた。
「クソッ」
咄嗟に右手へノエルを灯し、なんとか飛んでくるノエルへぶつけて相殺させる。
ぶつかり合ったノエルが、多量の光を拡散させて煙幕上へと広がり、辺りの視界を奪う中、一際大きな影が一樹の前で蠢いた。
直後、大男がその姿を幕の谷間から覗かせる。これまで同様、大男は拳は既に繰り出す寸前の状態である。
「しまった!」
スーツ男のノエルを弾け飛ばす為に振り抜いた右腕も、それに費やし消耗したノエルの再装填も、大男の攻撃のガードへ回すことに間に合わずガードがままならない一樹は、大男の拳を右わき腹へともろに受ける。
全身をシェイクされるような強い衝撃を受け、勢いのまま一樹の体は高らかに飛ばされる。
そのまま激しく壁へと激突し、ズルリと壁伝いへずり落ちると地面へグッタリ倒れ込んだ。
「流石にありゃ逝ったわな」
小柄男が指差しながら「キャキャキャ」と笑う傍ら、スーツ男が大男を怒鳴った。
「だから、まだ殺すなと言っただろうが!」
「……」
大男は、その強面を八の時に歪めて困り顔になると、面目なさそうに頭を掻いていた。




