データが消えたRPGと僕
RPGという言葉が禁句になったのはいつ頃だったろうか。
テレビの電源を入れモニターが映ったのを確認し、入力切換ボタンを押そうとし、ふとした拍子に指を止めた。
すると直ぐ様、臨時のニュース速報が字幕で流れた。僕は何処かで地震かな? なんて、ポテチ片手にあまりにも無頓着にその速報に見入った。
「今日、午前十時間半過ぎ、〇〇都〇〇区の歩行者天国に男性が一人、刃物を片手と鍋の蓋のようなものをもう片手に、通行人を次々と斬りつける事件がありました。死傷者は不明。」
僕は息を呑んだ。次に、明日から新聞の一面はこれで決まりだと、跳び跳ねて喜ぶ人新聞記者を思い浮かべていた。
まず、悲しみや怒りが僕自身から込み上げてはこないようだ。だってそうだろう、自身その惨劇が起こった現場にいないのだから。地方の小さな町で細々と育ち、あまりにも茫漠とした長い道程を先、その悲惨な惨劇が無情にも行われた。それはまるで、絵空事のような感覚で僕の脳に蓄積され、話題作りの一つとしては存在するものの、徐々にそれも廃れ、後には一年ごとに
嗚呼、こんなことあったな、
それを懐かしむ人々がいるだけだ。と、僕は瞬時に悟った。そして、雑務が早々に終わったかのように、僕は入力切換ボタンを押すとラストダンジョンまで記録から意気込んで続きを始めた。
次の日、やはり新聞各位あの事件を大々的に取り上げていた。
連続通り魔殺傷事件。
テレビをつけても先ずこの事件を取りあげない番組は無い。チャンネルを回しながら同じ光景に飽き飽きしだした途端、偶然映った犯人の供述に僕は驚愕した。
「村ばかり・人ばかり、モンスターがいない世の中が可笑しいと思った。犬猫を殺したが経験値、お金が手に入らなかった。だから人を狙った」
ブラウン管の向こう側に映りだされた犯人は、無精髭の二十代後半男性。だが、その供述はまるで小学生や中学生の言葉のように聞こえた。マスコミもこの言葉をこれでもかと持ち上げ。政府は、彼がプレイしていたであろう押収したゲームの販売の中止など、厳しい対応を見せた。
月日が経てば政府が立てた販売の中止も、この事件と共に散り散りと消えてゆく。
またなんでもない健やかで平和な日常に戻ってくると、僕は十四年という短い人生経験で漠然と感じていた。
だが、これをきっかけに政府内でのゲームの徹底的な禁止が叫ばれるようになった。
厳密に言うとなったらしい。全く知らない偉い誰かが、行ったこともない何処かで声を荒げブラウン管の向こう側で口々に言った。
ゲームはどんな穏和な人でも、暴力的な思想へとねじ曲げる脅威になりかねないだの。
傷を作れば、作らされれば強くなるなんて何て危険で野蛮な考え方かだの。
人の命の尊さを何だと考えているのかだの。
野蛮な暴挙が正しいと思う思想が未成年に根付くようであれば教育にも悪影響を及ぼすだの。
偽善者達の言葉は今までの鬱憤を吐き出すかのようにつらつらと出てきた。
それから長い月日は三年が経った。
僕が高校二年生の今では既に、ゲームの使用は愚かゲームに関する内容を口走ると罰せられるように厳しくなっていた。
ゲーム・RPG・全クリ(全面クリアの意)など、これらが会話に出てくる事が、知らない大人達の手で握り潰され、既に無くなっていた。
RPGという言葉が禁句になったのはいつ頃だったろうか。
そして、今日もゲームを無断でしていた子供がまた捕まったらしい。今や、交通事故のように頻繁で、二流芸人のスキャンダルより話題性を呼ばないタチの悪い犯罪にゲームは成り下がっていた。だが、僕はそれも遠い国の話と受け取り毎日を遣り過ごしていた。
明くる日、僕は耳を塞ぎたくなる嫌な話をクラスメイトから聞いてしまった。
「ガセかもしれないけど、いいか? 私服の刑事が自宅に押し入ってゲームを押収してくらしい。特殊な機材を使って、発見したらビビビッて鳴るらしいぞ隣の山田がそれくらって携帯ゲーム機から全部没収されたんだってさ……」
僕はやり残しているものがある、それはあの時のゲーム。あの三年前、通り魔事件前日まで楽しく頻繁にしていたRPGゲーム。だが、事件後、それからしなかった、いやできなかったゲームである。ラストダンジョンはいりくんでいて敵は半端な強さではなく、更に法律によるゲームの禁止が拍車をかけ、遂にはラスボス手前で止まったままになってしまっていた。
自宅に帰宅するなり鞄を放り投げ、僕は押し入れを開き、以前置いた場所からゲームが動いていないことを確認し安堵した。
それから、ゲームが禁止だということを一切忘れ、気がつくと体が勝手に動いていた。被ったホコリを振り払い、三色のコードとコンセントを迷いなく繋ぎ込む。次にカセットだが既に挿してあり、最後にゆっくりと電源を入れた。
いったい何度見たか、いったい何度聞いたか。それが懐かしさで胸が震え、涙腺が壊れそうなほど感情は高ぶり、体が熱くなっていた。
四つあったセーブは三つが消えていた、だが一番進んでいるデータがかろうじて生きていて再度安堵する。
そしていざ、戦いは始まった。
主人公達のレベルは申し分無い。技や魔法もそれなりに充実しているが、月日が空いたためか主人公達の装備には少し自信がもてない。そうこうしながら戦闘を繰り広げているとラスボスのHPは赤く点滅していた。こちらのHPも余裕は無く、まさに一進一退の攻防戦。
その最中、インターホンが誰かが来たことを知らせた。僕はゲームを止めて鍵をあけ、ゆっくりとドアを開けた。
「どちら様ですか? 」
「いや、警察の者ですがね、巡回中でちょっとお宅に上がりますよ、よろしいですか? 」
警察と名乗る中年男性の左手には、先端に怪しげなブラックボックスが付いた鉄パイプが握られていた。僕は声より先にドアを閉め更にドアの鍵をかけた。それはまさに条件反射であった。
クラスメイトの言葉がフラッシュバックする。
“私服の刑事が自宅に押し入ってゲームを押収してくらしい”
自分の部屋へ戻るやいなや、手の震えを必死で殺しながら少し湿った温かいコントローラに手をやった。
表情は焦りを募らせラスボスを睨み付け、必死で斬りかかる主人公と僕。くそっ、回復魔法だと小賢しい真似を。いつの間にか頭の中の思考は全て言葉となり、テレビに汚い言葉を吐く僕は、やっと減らしたラスボスのHPを確認すると、主人公の大技を選択した。
《ゆくぞ、アルティメットブレード! 》
ダメージはラスボスのHPを難なく超過し、見事主人公達はラスボスを打ち倒した。かに、思えた。
途端にラスボスは気色の悪い動きをはじめた。まさかの第二形態へと進化しだしたのである。
僕は一度は放ったコントローラを慌て手に取り直し、その右手に手錠がかけられてることに気がついた。いつの間にか右手にはさっきの警察官が。右手には手錠が。
「ゲームのやり過ぎは体に毒だよ」
先ほどの男が獲物を見つけた目でニタリと笑う。僕は目の前の男をラスボスと錯覚した、似ていたから。
急いで主人公の大技をまた選択すると、僕は男を強く睨み付けこれでもかと叫んだ。
「ゆくぞ、アルティメットブレード! 」
僕は左ストレートをラスボスに向けて力強く放った。だが、所詮は高校生風情の戯れ。難なくラスボスの右手に僕の左ストレートは収まり、ラスボスは反撃の打撃攻撃をかましてきた。直撃した僕は顔から込み上げてくる鉄の味と乱れる真っ赤な視野でそのまま倒れ、意識はバグったゲームのようにプツンと途切れ、それから画面全体が真っ暗になった。
刑罰は罰金が二万円と鼻骨骨折、罪では軽いものだったらしい。
が、ゲーム類は全てを押収された。
そして、僕はこれから先、何もない白い個室に幽閉、精神医療を受けることとなったらしい。
ホコリひとつ、シミひとつ見当たらないまっさらな部屋はまるで、人生のスタートではなくゲームのスタートを僕に連想させた。