表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

中葉

 1時間後、3人は人目のある明るい喫茶店の中に居た。

 敵は、人目のないところを狙って襲ってくる、ということは彼らもまだ存在が公になることを恐れているということだ。と結論付けた3人はここをとりあえずの待避所にしたのである。

 腕組みをした華枝が眉間に皺を寄せて、ミックスジュースに刺さったストローを吸う。その対面には例の役立たず二人組。

「下垂体パワーが炸裂したってわけですね」

 目覚めた凛が、ジョーから事の一部始終を聞き、感嘆の声を上げる。

「そ、神は自ら助くる者を助く、って言うけど、今日ほどその言葉を真理だと思ったことは無かったわ」

 棘のある華枝の言葉。

「僕ら、本当に役立たずですみません」

 凛がすまなさそうに謝る。「あなたも謝ってください、ジョー」

 凛の促しにも、ふてくされたような顔でそっぽを向くひまわり男。

「すみません、ジョーは悪い奴ではないんですが、どうもカッコばかりで」

 しきりと恐縮しながらも、自分を担いで逃げてくれたジョーをかばう凛。

 平身低頭の謝罪に少し機嫌を直したのか、華枝の表情が若干柔らかくなった。

「ま、あんた達のおかげで、『仏の顔も』から蓮を思いついたんだから許してあげるわ。あの、サボテンの球をキャッチするためにはよく子供が乗ってる水生植物の大きな丸い蓮の葉がいい、と画像を思い浮かべたら無事に出てきたの」

「姫、お言葉ですが」

 凛がおずおずと告げる。

「確かに極楽浄土にあるのは蓮の花ですが、オオオニバスは蓮と同じものではありません。オオオニバスが無事に出てきたのはラッキー以外の何者でもないと……」

「勝ったんだから、細かいことはいいのっ」

 得意げだった顔が一瞬のうちに眉間に皺を寄せた不機嫌な顔になった。

「部下がダメだと苦労をするわ」

「いつの間に、僕ら部下に……」おずおずと凛が聞く。

「あんたが寝てる間よっ」

 華枝は口をへの字に曲げて二人を睨み付けた。




 華枝を警備すると言い張る二人の申し出を足手まといだと一蹴し、彼女は独りで家に戻った。

 父母がくじで当たった海外旅行に出かけている間というのは、考えようによれば幸いだったかもしれない。兄をどこかに追い出せば、家には自分一人、誰を巻き込むことなく戦える。最初は自分一人何処かに泊まろうかとも思ったが、それでは兄が許さないだろうし、慣れない場所での戦闘は避けたかった。この家を襲わないのは、近所の目があり、華枝を拉致するにはリスクが高すぎると踏んでいるせいかもしれない。

「身に降りかかった火の粉は、自分の手で払うわ」

 兄にうまいことを言って、友人の下宿にでも出て言ってもらわねば。身内を巻き込まないかと心配しながら、心置きなく戦えるわけがない。

 小さい時から、一匹狼。華枝にはこれまで一人でなんとかやってきた自負がある。

 なまじっかきれいな顔で生まれ、それに加えて生来の気の強さ。同性には利用されるか敬遠され、異性には興味半分のからかいを受けるかしつこく追われるのみ。そんな華枝は、同性であれ異性であれ友達の良さというものが全くわからない。

 特に興味のあることもなく、人付き合いが嫌でクラブにも所属しない。華枝には人生に対する執着もあまりなかった。

 この四月、鳳先輩に出会うまでは。

 恋をする、ただこれだけのことで、やり過ごすだけだった日々がこんなに鮮やかなものになるなんて。華枝にとって、この恋は命の糧以外の何者でもない。

「鼻毛が伸びる植物の化け物なんてばれたら、きっと先輩だって……」

 せっかく明後日はデートの日なのに、なんでこんな事になるのよ。

 華枝は唇を噛んだ。




「ただ今」

「おーかーえーりー」

 二階の兄の部屋からのんびりとした返事が降りてくる。

「お兄ちゃん、話があるの部屋に入っていい?」

「おう」

 寝転がって、本を読んでいた兄が顔を上げた。

「実はね、今日友達が泊まりに来たいって言ってるの。でも、お兄ちゃんが居ると気になるからって。家を空けてくれない?」

「おい、女の子だろうな」

 突然の要求に兄の目がいぶかしげに光る。

「男の子と付き合うのはいいが、泊まりに来るのはNGだぞ」

「当たり前じゃない」華枝の頬が膨らむ。「あたしはお兄ちゃん一筋」

 華枝とても女。二枚舌はお手の物である。

「いや、それも困るんだが……」

 しまった、藪蛇だったという後悔が兄の顔にありありと浮かぶ。

「由美って子よ、綿谷由美」華枝は適当に目立たないクラスメートの名前を上げた。

「いいけど、一泊でいいのか?」

 華枝はにっこりとして首を振った「ううん、ずーっと」

「怪しい……」眉を潜める兄。「ま、まさか、小遣い稼ぎにラブホテル代わりに使うとか」

「失礼ねっ、女子には女子の大切な事情があるのよ」

 語気を荒げる華枝に兄は急に気弱になった。兄は気の強い妹の言葉に逆らえない。

「だって、父さん母さんにお前の事頼まれて……」

「その割には、ゼミで外泊しようとしてたのは誰よ」

 兄は遠い目になった。「そういうこともあったな……」

「お兄ちゃんはどんな(ひと)が好みなの?」

 ふと、華枝が尋ねる。鳳先輩も男、共通項もあるはずだ。

「そうだなあ、優しければそれでいいけど、欲を言えば、白百合のように気高くて凛とした人だな」

 口元がにや~っと緩むのを見て華枝の顔が険しくなった。

「言っとくけどお兄ちゃん、今回お泊りするのは同性の家にしてね、ほら」

 勝手なことを言いながら、早く荷造りしろとばかりに畳の上に転がっている本を兄に押し付けて、華枝はふとその一文に目を留めた。

「下垂体中葉?」

「ああ、カエルのホルモンに対する本だけど」

 こんなものに興味があるのか? とでも言いたげな怪訝な表情で兄は生物の本を手に取った。

「植物は、他の生物と密接な関係を持っているからできるだけ余暇には昆虫とか両生類などの生物の本を読むようにしているんだ」

「下垂体って前葉と後葉だけじゃないの?」

「よく知ってるな」勉強とは無縁の妹の、予想外の知識に兄は目を丸くする。

「確かに、主なホルモンを分泌するのは前葉と後葉だけど、人間にも中葉があるんだ。でも、人体にとってあまり重要な働きが無いので中葉の説明がほとんどされないことが多い」

「で、何をするところなの?」

「メラニン細胞刺激ホルモンを出すんだ」

「メラニンって、日焼けで黒くなったり、しみのできる原因よね」

「ああ、正確に言うと、紫外線から肌を守るために皮膚の色素細胞が産生する色素だ。残念ながらそのメラニン刺激ホルモン以外、他はあまりよくわかってない。言及されることも少ない中葉だが、面白いのは、ここを取り除くとカエルの変色が起こらなくなるんだ」

「なぜ?」

「メラニン細胞刺激ホルモンが作用して、メラニン色素の分布が変わることによって黒色への体色変化が起こっていたのが、切除されてそれが起こらなくなるのさ」

「ふうん」

 日焼けは、白い肌を守りたい女性の敵である。

 鼻毛が刺激して日焼けがひどくならなければいいけど……、戦闘に関係ないと思うと急に華枝は興味を失っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ