姉妹
「工藤華枝、お前を連れてこいって指令が出てる。怪我をしない前に一緒に来るがいい」
珠恵がサボテンの球をぶらぶらと弄びながら、三人の方に近寄ってきた。
「三つ子の私達だけれど、昏倒した瑞恵には能力が発現しなかった。でも、私とこの珠恵は能力の高い華化族よ。逃げられるもんじゃないわ、素直に投降しなさい」
ポニーテールがにやにやしながら華枝を見る。
「ひ、ひ、姫を渡すものかっ」
「そういうカッコのいいことは、前で言ってくれる?」
華枝の後ろに隠れているひまわり男に肘鉄を食らわせ、華枝は北路姉妹を睨み付けた。
「どこの誰が呼んでいるかは知らないけど、工藤華枝をなめるんじゃないわよ」
華枝の言葉ともに、左右の鼻毛が戦闘態勢とばかりに寄り集まり2本の束となる。
「鼻毛の化け者が、姫だと、ちゃんちゃらおかしいわね」
「ホクロの化け者に言われたくないわ」
「言ったわね」
ブン、サボテンの球が唸りを上げて華化姫を襲う。
「行けっ、極楽浄土バリアー」
声とともに右の鼻毛の束が噴出し、一瞬で姿を変えた。
華枝に向かって飛び込む棘の塊。
ぐさっ。
棘の球は、立ちはだかった緑の盾にめり込んだ。
それは、縁がめくれあがり、中心部の厚さがで約1センチある大きな丸い葉。真ん中を棘が貫き、緑の球は動きを止めた。
「これは、オオオニバス……」
ひまわり男が呟く。
オオオニバスは球をトラップしたまま、クレープのように二つ折りになる。
攻撃を封じられた、珠恵。
好機を逃さず、華枝の左の鼻毛が伸びて藤蔓となり、相手のストレートヘアの上から首に巻きついた。
「さすが姫。なんて情け容赦ない攻撃……」ジョーが呟く。
「ぐぐっ」昏倒する珠恵。それとともに、オオオニバスのふくらみが消失した。
「極楽浄土で仏を飾る花。すなわち蓮」
口の端を上げて、鼻を膨らませた得意げな華枝が、ひまわり男にウィンクする。
「あれが仏の笑顔のおつもりか……」呟くジョー。
「ええい調子に乗るなっ」
いきなり横合いから、ポニーテールの長女が華枝に飛び掛かった。
シュパッ。
身体のかわしが一瞬遅れ、眼前で鼻毛が飛び散る。
華枝の左右の鼻毛が鋭利なもので切断され、ぶらんと十センチばかりが口先に垂れ下がった。同時に藤蔓も姿を消す。
「下がれ珠恵」
「す、すまない、多花恵姉」
青い顔で転がる妹に、顎で後ろを示す姉。
右手には刃を長く伸ばしたカッターが握られていた。
「物騒なもの振り回してるわね。華化変化で出る植物は写真に撮れないけど、これなら証拠になるわ。警察に通報するわよ」
すばやく携帯を取り出し、多花恵に向ける華枝。
「ミス新川東の鼻毛もな」
「えっ」敵の言葉に、凍りつく華枝。
多花恵も携帯を華枝に向けていた。
カシャーッ
「と、撮ったわね」真っ赤になる華枝の顔。怒りで手が震えて相手の写真を撮るどころではない。
「ふふふ、百年の恋も醒めるこのえげつない鼻毛を鳳先輩に見せるとどうなるかしら……」
「うるさいっ」
初めて好きになった、大切な先輩。
目前に迫ったデートはなんとしても死守しなければ。
怒り心頭の華枝の鼻毛が伸び、その先から再び藤蔓が現れる。
「ふふふ、あんまりカーッとなるとろくなことはないわよ」
右手甲のホクロに屹立する一本の毛からするすると藤蔓が出てきた。
「私はいろいろな植物を具現化できるけど、あえて同じ植物で戦わせていただくわ。この私が昨日今日で覚醒した初心者に負けてたまるもんですか」
「そ、その携帯をよこすのよ」
華枝の血走った目がこれ以上ない位吊り上り、肩で大きく息をする。
二人の目がギラリと光った。
ガシッ。
間髪入れず、空中でぶつかり合う藤蔓。お互いの蔓は見る見るうちに灰色になり、綱引きの縄のごとく太く変化する。
ぎりっ、ぎりっ。
蔓はしなってお互いに巻き付き合い、まるで力比べをするかのように華枝と多花恵の間をのたうつ。華枝の額には汗の粒が浮かび始めた。
「蔓の扱いがまだまだ甘いわね」
ぴしっ。華枝の藤蔓がはじき飛ばされ、反動で華枝もひっくり返った。
「手ごたえのない相手ね。動揺が戦いに現れてるわよ」余裕の多華恵。
華枝は後転しながら、左右の藤蔓を北路姉に向けて発射した。
しかしそこに敵の姿はない。
「姫、後ろっ」ジョーの悲鳴に近い声。
華枝の藤蔓は水平に円弧を描き、後ろの多華恵に飛び掛かる。
が、多花恵は強度の強い藤の幹をしならせ高跳びの棒のように使い、ポニーテールをなびかせて空に飛び上がった。
見失い、慌てて顔を空に向ける華枝。
それをあざ笑うかのように、ポニーテールの影が華枝の真後ろに着地した。
振り返る華枝の顔面を横から拳が襲う。拳の方に顔を向ける華枝。
「ひゃああああっ」ひまわり男の悲鳴。
青タンのできた顔で、デートは無いっ。
華枝の脳内に稲妻のように緊急信号が走った。
華枝の視界の中で時が減速する。コマ送りのように、近づく拳。
しかし、比べものにならないくらい華枝の変化は速かった。
拳が届く寸前。
華枝が軽く地面を蹴る。
トン。
「なっ……」多花恵の目が見開かれた。
すぱーーーんっ。
拳が届くよりも早く宙に舞った華枝は、思いっきり多花恵の顔を蹴りあげていた。
凍りついた表情のまま、数メートル飛ばされる多花恵。
すかさず、華枝の藤蔓が敵の手を離れた携帯を巻き上げる。
「消させてもらうわよ」
携帯を奪い、勝ち誇った表情の華枝。スカートから覗く彼女の足は筋肉で盛り上がり、蹴った地面は深くえぐれていた。
「姉さん」壁に激突し、意識を失って横たわる多花恵に半泣きで駆け寄る珠恵。
「雑魚はほっといて逃げるわよ」
華枝は目を丸くしているジョーに声をかけると、画像を消した携帯を放り投げると走り去った。