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戦闘

「おはようございます、姫」

 朝っぱらから、元気の良い声が響き、早朝練習に来た生徒がちらりと振り返る。

「や、やめて、その『姫』ってのは」

 慌てて、華枝は裏門に立つ二人のそばに駆け寄り、凛の口を塞ぐ。

「気分出ないなあ。美貌の姫君に仕える騎士のようで好きだったんだけど」

 ちょっと、つまらなさそうに少年は口を尖らせたが、やにわ笑顔になるとよく通る声で叫んだ。

「あ、そうだ、じゃあ華化様はどうですか、華化様は」

 通行人が数人、さっと振り向く。

「連呼しないでっ」

 目を吊り上げた華枝は、きゃしゃな少年の襟首を鷲掴みにして締め上げた。

「ひいいいっ」吊り上げられた少年は空中で足をバタバタさせる。

 その時。

「工藤さん」

 声とともに校門の影から、ぱっちりした目、小ぶりの鼻、アヒル口の、同じ顔をした三つ子らしい3人の女子高生が現れた。美人とまではいかないが、なかなか可愛い姉妹である。

 3人が違うのは髪型だけ、ポニーテールに、おかっぱに、肩までのストレートヘア。彼女たちは微笑みながら、華枝の方に向かってきた。左腕についている緑色の小さな星のアップリケは彼らが2年生であることを示している。

「鳳先輩が呼んでおられるわよ」

 真ん中に居たポニーテールの少女が華枝の方に一歩近づいた。

 凛を放すと、眉をひそめて声の方を向く華枝。

北路(きたじ)先輩」

 彼女達は表面上普通のかわいい高校生だが、実は裏の顔があるというもっぱらの噂で、他人にはあまり興味のない華枝もさすがに名前を知っている。

「手伝って欲しいことがあるからって、あなたをすぐに呼んでくるように言われたの。今温室よ」

 ポニーテールの長女が微笑んだ。

 大きな植物の鉢でも転んだのかしら。身構えていた華枝は他でもない鳳先輩の話題に、思わず警戒を解いていた。

 三つ子とともに、温室に行く華枝と2人のしもべ。

「ここよ」

「先輩、どうされました?」

 三つ子を押しのけるようにして温室に飛び込む華枝。しかし、温室に先輩の姿はなかった。

「えっ」振り返る華枝。

 そこには、気持ち悪いほどの笑顔が消え、腕ぐみをした3人が華枝を睨み付けるようにして立っていた。

「ふん、朝っぱらからお供を連れて、お盛んなこと」おかっぱが鼻を鳴らす。。

「ちょっとかわいいからっていい気になるんじゃないわよ」ストレートヘアが吐き捨てるように言い放つ。

「鳳先輩から手を引きなさい」ポニーテールがグイと華枝に顔を近づけた。

「別に不可侵条約を結んだわけじゃないわ、選ぶのは鳳先輩よ」

 華枝も負けてはいない、語気荒く言い返す。

「学年は下でも、そんなこと指図される筋合いはないわ」

 華枝は鼻を上向きにし、見下すように眉を吊り上げた。

「噂にたがわず生意気な奴だ。言ってわかんないようなら、きれいなその顔に聞いてもらうしかないわね」

 おかっぱの女の手にカミソリが隠し持たれているのを見て、凛が飛び出した。

「姫に何をするっ」

 カミソリが弧を描いて空中を走る。

 視力の良い凛はさっと身をかわすと女性の懐に飛び込んだ。

 凛の睫毛が伸びる。

 華枝の目にはその先からいつも見る種類ではない、真っ赤で花弁の下が黒い芥子の花が咲くのが見えた。瞬く間に花はしぼみ、そこに青緑色の実ができて、膨らみ始めた。

 あれは園芸部の部室に貼ってあったポスターにあった、栽培禁止の……。

「早くこちらに」

 すでに耳にひまわりを揺らしているジョーが華枝の手を引っ張って反対の出口に向かう。

「あれは麻薬芥子のハカマオニゲシです」

 相手の顔の前で、市井のものとは明らかに違う、大きくて不気味な実が破裂する。

「きゃああ」

 カミソリが手から離れ、おかっぱの女がどう、と倒れた。

「やるじゃん」電光石火の早業に、華枝が嬉しそうに呟く。

「一瞬にして相手の意識を奪う『モルフィンスプレー』、これが彼の必殺技」

 ジョーがクールに説明する。

 しかし、次の瞬間凛の身体も、力なく地面に崩れ落ちた。

「一撃必殺、だけど、必ず相打ちになるのがこの技の欠点……」

 慌てて引き換えし、白目をむいて昏倒している凛を肩に担ぐジョー。

「自分も必殺されてどうするのっ。どうしようもない技じゃないの」

 華枝が目を吊り上げる。

「とりあえず、逃げるのよっ」

 彼らは姉妹に背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。

 すかさずストレートヘアとポニーテールが追ってくる。

「あんたは、攻撃しないのっ?」

 息を弾ませながら、華枝が叫ぶ。

「凛が騎士なら、私は武士」

 濃ゆい眉毛がきっと吊り上った。

「ひまわりのジョーなのに武士ぃ? どこまでミスマッチな男なのよ」

 華枝が呟く。

 人気のない裏庭にたどり着き、ジョーはいきなり立ち止まった。

「武士道は死ぬことと見つけたり、姫、凛を頼みます」

 凛を背中から下ろし、ジョーは姉妹の前に立ちはだかった。

 意識のない凛の両脇を後ろから華枝が抱え、ずるずるとその場を離れる。

「こんどは、私がお相手いたす」

 耳毛から伸びたひまわりがひょろひょろと頼りなく揺れ、北路姉妹の方へ向く。言葉ほどには迫力が無い。

「大丈夫なのかしら」

 華枝の表情が曇る。

「お任せください、なあに、一般人相手に本気になりません。このひまわりの種でもぶつけて驚かせてやります」

 ほくそ笑むジョー。

「ひまわり……お前、華化か」

 ストレートヘアが、おもむろに左手の腕時計を外した。

「華化を知ってる?」華枝の表情が変わる。

「こ、こ、このひまわりが見えているのかっ」

 それ以上に狼狽を隠せないのが、ジョー。一般人相手だから、楽勝と思っていたらしい。

「ああ、見えているぞ。そんな貧相なひまわりで戦えると思っているのか」

 ストレートヘアを揺らして女が鼻で笑う。

「こんな間抜けそうな男、私一人で充分。姉さん下がって見てて」

「任したぞ、珠恵。カッコばかりのひまわり男などさっさと片付けろ」

 完全に前座扱いのジョー。

「カッコばかりかどうか、手合わせをしてから決めてもらおう」

 覚悟を決めたのか、ジョーが珠恵を睨み付ける。耳のひまわりも虚勢を張るように直立する。

 珠恵の白い手首、文字盤のあったあたりに、くっきりと浮かんでいるホクロ。

 そこに生えていた短くて太い毛が、するすると伸び始めた。

 太い毛は2メートルほども伸び、その先端にはバレーボールほどの緑の球が出現した。緑の玉は鋭い黄色のとげで覆われている。

「サ、サボテン」ジョーの声が震える。

 珠恵は伸びた毛を手でつかむと、今度は手を旋回させて勢いをつけ、砲丸投げのように球サボテンをジョーめがけて勢いよく投げつけた。

 ぶんっ。

「うわおっ」

 身体をエビ反りさせて、鼻先ぎりぎりで球を避ける自称武士。

 ぶんっ、ぶんっ。

 間髪を入れず、何度もジョーを襲う緑の球。肝心のひまわりは、球の風圧で左に右に翻弄される始末。ジョーは頭を抱えて後退するばかり。

「何してるのよ、ジョー反撃しなさい」

 少し離れたところで、凛を抱えながら華枝が叫ぶ。

 ちらりと華枝の方を向いた瞬間、ジョーの頬に緑の球が。

「ぎょええええええええっ」

 裏庭に情けない悲鳴が響き渡る。

「と、とっ、棘がああ」

 180度向きを変えて、頭を抱え、華枝の方に戻ってくる涙目のジョー。頬には長い黄色の棘が何本も突き刺さっている。

「はああああああああっ? もうギブアップ?」

 あまりの不甲斐なさに開いた口がふさがらない華枝。

「カッコばかりのひまわり男、敵の言うその通りじゃないのっつ」

「ふふ、私のサボテン、エキノカクタスのキスはお気に召して?」

 ストレートヘアをさらりと揺らして、余裕をかました珠恵がじりじりと近づいてきた。

「姫っ、君子危うきに近寄らずです~」

「ちょっと何言ってんの、死ぬことと見つけたんじゃないの?」

「……」

 顔をそむけて、華枝達を置いて逃げようとするジョー。

「こら、待てっ」

 襟首をつかむ華枝。

「カッコばかりのひまわり男って言われたのよ、悔しくないのっ」

「武士道は、無視道と見つけたり~。気にしません~」

 華枝がひまわりの花を掴んでぐいっと自分の口に寄せ、叫んだ。

「ど・あ・ほ・うっ」

「わーっ」増幅された声に飛び上がるジョー。

「まったく、役に立たない人達ねっ」

 華枝が立ち止まる。

「あんたたち、ヤル気あるの?」

 鼻毛が怒りに燃えて、するすると伸びてくる。

「ああああーっ、もう敵よりも、味方に腹が立つわ。凛といい、あんたと言い。いいこと、仏の顔も三度ま……」

 その途端、華枝の表情が変わった。

「あなたの仏のような顔を一度も見たことがないが……」

 不動明王のような華枝の顔を見ながら、ジョーが小声で突っ込む。

「見せてあげるわよ」

 華枝の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。


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