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同朋

「ご安心ください、あなたの鼻毛から出ている藤蔓は、華化族(はなげぞく)にしか見えません」

 慌てて、凛が華枝を助け起こす。

「ハナゲ族? なんなの、この藤蔓は……」

「私たち自身も、この身体から伸びている植物の正体は実はよく掴めていないというのが正直なところです。わかっていることを簡単に申し上げますと、華化族の細胞は、染色体DNAとは別に、核外に普通の人間には無いプラスミドのようなDNA構造を持っています」

「ちょっと待って、全然わからないわ。まずそのプラスミドって何?」

 高校生が中学生に聞くのはやや抵抗があるが、学問に積極的に向き合わないタイプの華枝には全く理解できない言葉なので仕方ない。

「大腸菌などには、染色体DNAとは別に、細胞の核の外に、自律的に増殖し、親から子に伝えられるDNAがあり、これをプラスミドと言います。大腸菌に人間の遺伝子を組み込み、蛋白を合成させたり、DNAの運び屋(ベクター)として遺伝子組み換え実験に使われたりしていますが、通常、哺乳類にはありません」

「ますます、わかりにくくなったわ」頭を抱える華枝。

「華化族が持つ特殊なDNAは、プラスミドと同じものではないのですが、我々の細胞には生命を維持するための染色体とは別に、核外に植物の設計図が絶妙に組み込まれたDNAがあり、覚醒するとその設計図をもとに体毛の一部から植物をエネルギー体として産生できるらしいのです」

「はあ、エネルギー体?」華枝の眉間にぎゅっと(しわ)がよる。

「一言で言うのは難しいのですが、いわゆる炭水化物とか水分などの物質で構成されているものではなく、パワーが植物として具現化したものです。今の戦闘でお分かりのように、実際に対象物に影響を与えることができますし、その分泌物はもとになる植物の特性のまま作用します」

「オーラみたいなものかしら。ところで、なんで私は藤蔓なの?」

「多種の植物が出せる人間もいれば、一種類しか出せない者もいます。脳が熟知して、自分のDNAの設計図に指令を出せると具現化できるようですが……。例えば、インターネットで何か検索するときのように、情報にたどり着けるような的確な情報を与えてやらなければ検索できません。名前は人間が勝手につけた後天的なものなので、エネルギー体の産生を刺激することはできないのです。名前だけ知っているとか、あいまいな形だけ知っているものはだめです。あとは、個人個人の能力ですね。姫もぜひ鍛錬してください」

「鼻毛から藤蔓を出す練習なんてまっぴらよ」

 華枝はさらに顔をしかめた。

「だけど、なぜ私なの? 私の家族は皆まともよ、身体に生えている毛からわかのわからない植物が生えてきたなんて聞いたことが無いわ」

「同一家系でも、この華化変異をするものと、しない者がいます。また、このDNAを持っていても、多くは全く覚醒せずに一生を終えるようです。覚醒する頻度はかなり少ないものとお考えください。幸い私は、もう他界した生化学者の祖父にこのような変化があり、精神的な異常や、妙なオカルト現象と思い込むことはなく、科学的に自分の境遇を理解することができました」

「は、ハナゲ族って……」

「華やかなの華に化けると書いてハナゲと読ませます」

「鼻毛じゃないのね」それを聞いて、ちょっとホッとした表情の華枝。

「祖父が同じ能力を持つものに名づけた名前です。この変化を悲観して悩むものも多かったため、祖父はあえて花化ではなく華やかな変化という意味で『華化』とつけたようです。インターネットも無かった時代、祖父は噂や文献をもとに各地の覚醒した同朋を集め、華化族のネットワークを構築していったのです」

「少ないみたいだから、仲間を発見するのは難しいんじゃないの」

「妙なことに、華化族は無意識のうちに呼び合うのです」

 華枝は、はっと息をのんだ。

 今日、自分は理由もなく、まるで呼ばれたかのようにいつも通らないスクランブル交差点を通った。

 あの、横断歩道ですれ違った頭にバラをちりばめた女性……。

「そういえば私、今朝見つけたって言われた」

「どんな奴にです?」

「頭の毛全体がバラの蔓になっている女」

 凛の睫毛から浮遊するポピーが大きくざわめいた。

「もしかして、か、冠咲(かんざき)保与(やすよ)か」

 街灯に斜めにもたれかかり、ニヒルに知らんふりを決め込んでいたジョーのひまわりまでもが二人の方にぐるりと顔を向ける。

「最強最悪の女です。我々と同じ華化族なのですが、その力を利用し、植物を意のままに支配することで世界征服をたくらむ一味の幹部です」

「世界征服? 頭おかしいんじゃない?」

 この少年の言うことを話半分に聞いている華枝は、やっぱり担がれているといった面持ちでため息をついた。

「植物を意のままに操れれば、それも夢ではありません」

「どうやって操るの?」

「アトモスを使って……、これはアトモスフィアから取った言葉なのですが」

「アトモスフィアって?」

――お聞きになると思ってました。

 凛の声が脳裏に響いた。さっきよりずいぶんはっきりしている。

「失礼ね、なんでも私がわからないって思ってるでしょう」

 口をへの字に曲げる華枝。でも、実際わからないのだが。

「アトモスフィアは大気、雰囲気という意味です。今、私があなたの意識に働きかけることができたのも、アトモスのおかげです」

 首をかしげる華枝。全く理解できない。

「植物は危機に陥ったりすると、周囲の木にその情報を伝えるために、情報伝達物質を散布します。私たちもそれと似た作用のある情報伝達物質を出すことができるのです、それをアトモスと呼んでいます」

「ちゃんと伝達できるの?」

「物質の拡散は、私たちが予想するよりもずっと広く速いのです」

「私もできるかしら」

「分泌はしていると思いますが、意のままに情報を伝えるのは少し鍛錬が必要です」

 いかにも勤勉そうな凛を見ながら、華枝は無理とばかりに肩をすくめた。

「で、私が襲われたのも、その女のせい?」

「多分そうです」

 凛は赤い頬をさらに紅潮させて、華枝の方を向き直った。

「祖父は、ギリシャ神話に出てくるメデューサは、冠咲と同じ、頭髪を変化させるタイプの華化族だったのではと考えていました。神話になるほどの恐ろしい力を秘めた華化です」

「でも、なぜ私、狙われたの?」

「それは、あなたが華化姫だからでしょう」

「なんで、私が得体のしれない一族の姫君にならなきゃいけないのよっ」

 華枝の藤蔓がぶんぶんと振れて、あたり一面に藤の花びらが舞い散った。

「祖父が予言していました。いつか、鼻毛を変化させる者があらわれるであろうと、そしてその者は華化族を統べる者となるであろうと」

「なぜ、鼻毛なのよ?」

「それには、鼻腔の解剖学的位置から説明しないといけません」

 その時、華枝の携帯が鳴った。

「お兄ちゃんからメールだわ、帰らなきゃ」

「ご自宅までお送りします」

 凛が地面に転がっていた、華枝のカバンをはたくと恭しく(うやうやしく)差し出した。

「藤蔓は他の者には見えないのよね」

「ええ、エネルギー体ですから、ご自分で見えるのが鬱陶(うっとう)しければ、消すのも簡単です。頭の中で念じてみてください」

 松下のポピーがふっ、と消えた。

「考えるだけでいいのね」

 華枝の藤蔓は少し遅れたものの、かき消すように見えなくなった。 

 しかし。

「は、鼻毛は……」

「体毛部分は見えてしまうのです、ですから」

 松下は小箱を取り出した。

「姫、これを献上いたします。いつかあなたにお会いできるようにと肌身離さず持っておりました。ささやかですが覚醒のお祝いです」

「何?」

 少なからず期待して華枝は手渡されたかわいい箱を開ける。

 と、そこには銀色に光る……。

「いつもお手元にどうぞ。マイ鼻毛切りです」

「乙女にこんなもん献上しないでっ」

 藤蔓が飛び出し、女心の機微を知らぬ少年にアッパーカットを炸裂させた。



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