終章
ツクツクボーシが聞こえると秋も間近。
華枝は、暑さの和らいだあのスクランブル交差点に立っていた。
今思うと、去年の8月最初の狂気の数日が夢のようだ。
兄のネガティブなアトモスが散布されてから、植物の進攻もすぐおさまり、街はもとの落ち着きを取り戻した。
あの保与の寄生木の種のおかげで、ほとんどゲイン塔上部の画像を使っての報道はされず、幸いにも華枝は同定されなかった。華枝の兄は警察に呼び出されたが記憶が混乱していることも手伝って、1週間取り調べを受けたくらいで釈放された。
当初こそ植物テロ、または集団ヒステリー説でメディアを賑わせたが、結局2週間もすると人々の話題は別なものに変化し、覚悟していたにも関わらず華化族が公にされることは無かった。
凛とジョーは時々会って、新たな華化族のネットワークを作る計画を進めている。今日も今から喫茶店で会って、打ち合わせをする予定だ。
しかし。
保与、鳳、宗家の息子、北路姉妹、白眉、脇坂はことごとく姿を消した。
「先輩……」
最後のトランクスさえなければ。華枝はため息をつく。
兄はさっさと新しい恋人を作って、恋に就活にバラ色の人生を送っているというのに、華枝ときたらまたもとの男嫌いに逆戻りである。
変わっていないことと言ったら赤信号の間中、周りの視線を感じることくらいか。
その時、前方に華枝はあの姿を見つけた。
生きていた。
長身で、バラ満開の髪の毛を一杯に周囲に伸ばした女。
衝撃とともに、身体中に力がみなぎってくる。久しぶりに鼻がムズムズする。
信号機が青にかわり、その人影が近づいてきた。
「また、相見えよう」
すれ違いざま、保与が呟く。
「負けないわよ」
前方を向いて華枝も答える。
ええ、負けるもんですか。
だって、私は無敵の華化姫。
不敵に微笑みながら、華枝は交差点を渡って行った。