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受粉

 ぼんやりと、目の前が明るい。

 なんだか、長い夢を見ていたようだ。華枝は目を開けた。

 が、そこは暗い倉庫のような場所で、目の前にはいやに明るいランタンが下げられていた。

「気が付いたようだね」

 華枝はガンガンする頭を二、三度振ると、声の方に顔を向けた。

 暗い照明の中、目の前には、白衣を羽織った保与が立っている。その周りには、北路姉妹、宗家、脇坂、白眉のおなじみの面々が顔を連ねる。

 どうやら自分は捕まっているようだ。

 回らない頭で華枝は、状況を確認し始めた。

 椅子に座っているようだが、手足が動かない。手も、足も、細いロープでずいぶん頑丈に縛りつけられている。点滴をされたらしく、左腕には小さいシールが貼ってあった。

「薬の効果が利いてまだぼんやりしているようだ、さっさとやってしまおう」

 綿棒を試験管に浸しながら、保与は華枝に近づいた。

「な、なにを……」華枝がかすれ声を上げる。

「これ? これは私がフロリゲンをもとに開発した薬」

 どろりとした赤い液体が、華枝の鼻先に突きつけられる。

「フロリゲンは、花芽を形成させるホルモン。まあ言ってみれば花の誘淫剤みたいなもんだね」

 華枝の鼻腔にその香りが飛び込んできた。

 胃がきゅうと締め付けられて、華枝は思わず声を上げる。

 全身に電気が走るような感覚、そして鳩尾(みぞおち)のあたりからこみあげる甘美な快感。

 いや、快感というよりも、何かに無理やり高みに突き上げられているような暴力的な衝動。

 ただ、不自然に強いその快感は目に涙が滲むくらいの苦痛も伴った。

 自分の意識をも自由に弄びそうな、今まで感じたことのない感覚に、華枝は身悶えした。

 鼻毛が……。

 華枝は朦朧とした意識の中で、切られていたらしい鼻毛が再びするすると出てくるのを感じた。

「どうだ、ぼんやりとして理性が無くなると、快感もひとしおだろう」

 華枝の鼻先に白い大きなつぼみが現れる。

「ほう、藤じゃないんだな」保与が面白そうに花を眺める。

 ああ、ユリだ。

 華枝はふと兄が「ユリのような人が好き」と言っていたことを思い出した。

 ユリのつぼみは警戒しつつも、誘惑に抗しきれない様子で、その固い絞りを、徐々に解いていく。

「もっと、気分を盛り上げてやろう」

 ユリの前に液体が滴る綿棒が伸ばされた。

 ユリの中央に一本立つ、太いめしべから、べっとりと透明な液体が滴った。

「時は来たれり」

 白衣の前で両手を組み、メデューサのように髪を逆立てた保与が口元をゆがめて微笑んだ。

華化郎(かげろう)様、姫の志度が整いました」

「そうか」

 しゃっ。

 カーテンが開いて、すらりとしたシルエットの男性が現れた。

「あ……」

 朦朧としながらも、驚愕のあまり目を見開く華枝。

 そこには、黄金色の派手なトランクス一枚の鳳先輩が立っていた。

「工藤さん。いや、華化姫、あなたと契る日を私は夢見ていた」

 口を開けたまま、固まる華枝。

 嘘だ、これは、幻影だ。華枝は目に映るものを否定するかのように左右に首を振った。

 今まで生きてきた中で、こんなにショックを受けた経験はない。

 泡を吹いてもおかしくないくらいの衝撃だ。

「せ、先輩が華化族……」

 アトモスは全く感じなかった。

「気が付かなかった? 僕ほどの能力者になると、アトモスをコントロールできるからね」

 鳳は真ん丸な目をした華恵の顎をそっと持ち上げて、撫でると呟いた。

「工藤さんも、僕が好きだったはずだ。僕の出すアトモスに反応して、君は狂気に近い恋狂いに陥っていたんじゃないかな。だって君は僕に会うたび、僕を誘惑するアトモスを強力にまき散らしていたからね」

 まるで脳みそをシェイカーで振られているかのごとく、混乱する華枝。

「先輩を好きだったのは、アトモスのせい……」

「早春のつぼみのような青臭いアトモスを漂わせていた君が、こんなに妖艶なアトモスを出すようになって。努力の甲斐あって君が成熟してくれてうれしいよ」

「そ、そんな……」震え声の姫君。

「そんな、何?」あくまで甘い、元憧れの君の声。

 華枝の目がぎゅっ、と閉じられ、大粒の涙がぼろぼろとこぼれた。

「ハレンチなカッコで乙女の夢をこわすなああああっ」

 華枝の頭の中で、まるで温暖化による氷河の崩落のように鳳先輩の幻影が、がらがらと崩れていく。

 詐欺だ、詐欺だ、詐欺だーーーっ。

 自分は今までこんな人を心の支えにしていたの。

 幻滅にもほどがあるわよっ。

 華枝の涙など気にも留めない様子でウィンクをして、華枝の正面に立つ鳳。

「これは、儀式に大切な服装なんだよ」

「ぎ、ぎしき」

 鼻歌でも歌いそうな、鳳の笑顔をにらみながら、華枝は呟く。

「秘め事にはムードが必要だ。ねえ姫君、このランタンの陰影が、なんともいえずいい雰囲気じゃないか」

「ま、まさか」

 華枝の額からつつつ……と汗が。

 嫌な予感は的中した。

「変化せよ、禁法毛(きんぽうげ)

 鳳の叫びとともにトランクスの前が盛り上がり、隙間から華枝と同じようなユリの花が出現した。

「僕のイメージフラワーは金鳳花(きんぽうげ)なんだが、今日は姫に合わせてユリを出してみたよ」

「いやあああああああああっ」

 華枝の叫びとともに、ユリのめしべはUターンして花の奥に入り込んでしまった。

「な、なんで華化族の男って、皆ヘンなの……」

 眉間に皺を寄せて、呟く華化姫

「残念だな、それでは僕のめしべに君の花粉を……」

 華枝は首を左右に振る。

「いや、絶対にいや」

 しかし、めしべと違っておしべはむくむくと頭をもたげ、その溢れんばかりの花粉をまき散らそうとした。

「馬鹿、馬鹿、オスってなんでそうなのよっ」自分の出したユリのおしべがコントロール不能に陥っているのを見て、華枝は毒づいた。

「そうそう、その調子」

 鳳のユリのめしべが、ぐっと盛り上がって華枝のユリに近づく。

「だめえええええええええっっっ」

 華枝の叫びとともに、今まで花の奥に引っ込んでいためしべが急に花の中で暴れ始めた。濁流のごとくあふれ出し、まき散らされるめしべの液体。

 おしべはその液体にべっとりとまみれ、花粉を飛ばすことができなくなってしまった。

「血を分けた兄弟にも嫉妬する……ふん、15年貫き通したブラコンは伊達じゃないわよ」

 華枝は勝ち誇ったように顎を上げ、口をへの字に曲げる。

 相手を見下すお得意のポーズだ。

「あんたなんか、だいっきらいっ」

 華枝はぷいっと横を向いた。

「おお、おお、おおおおっ」

 フラれたことにショックを受けたのか、両腕で頭を抱えうずくまる華化郎。

「繊細な華化郎様を馬鹿にするなんて、ええい、許さない」

 保与は華枝の頬をひっぱたき、鼻毛をカッターで切った。

「もう一度初めからよ」

「そうは、いきませんっ」

 ばたん、とドアが開き、凛とジョーが飛び込んできた。

「姫、お助けに来ました」

「あ、役立たず二人組っ」華枝の顔が明るくなる。

「ああ、減らず口はご健在だ……」凛が呟く。

「役立たずかどうか、これからの戦いをみて決めてほしいものだ、姫」

 叫びとともにジョーが飛び出る。「お前は下がっていろ、凛」

「それでは、私が相手だ」先ほど敗北を喫した白眉が、汚名挽回とばかりにジョーの前に立ちはだかる。

「世界征服という大仕事の前、準備運動でもしておこうか」

 白い眉からするすると出現する、アザミ。

 棘を持ったアザミが唸りを上げて、ジョーを襲う。

「武士道と言えばっ」

 耳毛が何本も伸びて、ジョーの姿を隠すくらい大きなひまわりが何本も現れた。ひまわりは垣根のごとく連なってその大きな葉でジョーの姿を隠す。

「葉隠だっ」

 ジョーの声が左右に揺れる緑の壁の奥から響いた。耳毛が伸びたり縮んだりするため、壁は左右に大きく動く。

「また、カッコばかりつけやがって」

 白眉のアザミの茎がろくろっ首のごとく伸びて飛び掛かる。

 ずぼっ、ずぼっ、と繰り返されるあざみの攻撃。

 しかしジョーの姿が見えないため、標的が絞れずひまわりの葉をあてずっぽうに貫くのみ。

「ははっ、姫どうですか」

 得意げに自慢するジョー。

「でも、攻撃できないじゃない」華枝の呟きが聞こえたか、ジョーが叫ぶ。

「ひまわりだけに回るんですっ」

 ジョーが勢いよく回転を始め、彼の周囲には黄色と緑の壁ができた。

 独楽のごとく回転するその壁は白眉に襲いかかり、彼女を弾き飛ばす。

「おのれっ」悔しげに壁にたたきつけられる白眉。

「耳毛が増幅した我が三半規管の能力をなめるなよっ、いくら回転してもめまいなどしないのだ」

 ひまわりの壁は白眉を弾き飛ばすと、次々と敵を投げ飛ばし始めた。

 宙に舞う、雑魚たち。

 この隙に、華枝は盛り上がった筋肉でばりばりと身体を縛っていた縄を引きちぎる。

「こっちです」

 凛の声に向かって天井すれすれにまで跳躍した華枝は、鼻毛をなびかせて一回転し凛の傍らに着地した。

「姫、せっかくの変身ですが、今回は出る幕なしですな……」

 しかし、ジョーの声はそこで急に止まった。

 ツートンカラーの独楽が徐々に速度を落とし、個々のひまわりが現れる。

 ぶれていたひまわりが、はっきりとした輪郭をとる。

 ばたっ。

 回転が止まった瞬間、ひまわりを生やしたジョーが横倒しになった。

 頭のてっぺんには数本のアザミの棘が刺さっている。

「安心しろ、塗り付けていたのは単なる麻酔薬だ」

 白眉がにやりと笑う。

「円の直径の1/2の線上、そして、ひまわりの壁から円の直径の1/2だけ後ろ、ひまわりの壁を飛び越えてそこを標的にすればいいだけの話だ」

「お馬鹿っ、円の中心は一つだけでしょ、回ってしまったら葉隠の意味がない。的が絞れるじゃないのっ」

 華枝が叫ぶ。ただ、彼女の声に怒りはなかった。

「いいから、後は私に任せなさい」

 今までの鬱憤を晴らすかのように、勢いよく出てくる藤蔓。

「よくも私の青春の一ページに泥を塗りたくってくれたわね。お返しに私の鼻毛がお相手するわ。まとめて、みんなかかってらっしゃい」

 言葉が終わらぬうちに、飛び上がり、白眉の後ろに立つ。

「ええい、雑魚はおどきっ」

 白眉は一瞬のうちに首を絞められ、昏倒した。

 目にもとまらぬ速さで動く華枝、そして縦横無尽に動く藤蔓。

 いっそうパワーアップした華枝の戦闘力に後ずさる、華化郎一味。

「ええい、姫との受粉は失敗した。だが、これで終わったわけではない。お前たちの吠え面を見られるのももうすぐだ」

 保与は白衣を翻して、うずくまる華化郎を用済みとばかりに小脇に抱えて引きずりながら出口に向かう。

「ふふふ、これですんだと思うな。保険はすでに掛けてあるのだ」

「待てっ」

 華枝は追いかけようとしたが、立ち止まった。

「ジョーは大丈夫」

 振り向いて声をかけると、ジョーを介抱する凛の方に歩み寄る華枝。

「謝罪をしたいの……」

 凛は、目を丸くしている。

「私、傲慢な性格ブスだった。あなた達の献身を、罵倒したりしてごめんなさい」

 唸り声を上げて目を覚ます、ジョー。

「来てくれて、ありがとう。今更だけれど、仲間……になってくれる?」

 ちょっと俯きながら、二人に小声で尋ねる華枝。

「もちろんです、姫」凛が目に涙を浮かべて頷く。

「ああ、幻聴が聞こえる」

 姫の言葉を聞いてジョーは再び目を閉じた。


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