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由美

 眠れない一夜が明ける。

 前夜兄が買って来ていたコンビニの朝食を食べていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「なんだろう、朝9時からお客さんだなんて」

 務が食べかけのサンドイッチを食卓に置いて、玄関に向かう。

 奴らが来たのか。

 華枝はおそるおそるドアの隙間から玄関の様子をうかがう。

「工藤さんいますか。私クラスメートの綿谷(わたや)由美(ゆみ)と申します」

「ああ、昨日泊まりに来てた。待ってください、すぐ華枝を呼びますから、おおい華枝」

 嘘が現実になった。

 あまりにもできすぎの現実に、首をかしげながら玄関に出る華枝。

 玄関で華枝は立ちすくんだ。

 立っていたのは、両方の指の毛から、タンポポの綿毛を揺らしたクラスメートだった。

 華化族として覚醒する前に会っていないので、今までアトモスには気付かなかった。が、今思えば泊まりに来るクラスメートをでまかせで選ぶとき、彼女の名前を言ってしまったのは無意識の中で彼女のアトモスを感じていたからかもしれない。

 それにしても、この子……。

「私は敵ではありません、ご安心を」

 華枝の疑念を察したかのように、ふっくらした顔を友好的な笑みで包みながら、由美は宣言した。そんなことよりもはやく上がらせてくれとばかりに、招かれざる客はかかとを靴から出し始めた。

「おっ、今日も女子会か?」

 どことなくうれしげに務が華枝に話しかける

 誰かまたいい人ができたのかしら、華枝の目が光るが、今はそれどころではない。

「いいよ、今日も家を空けるよ」

 もし務にこのタンポポを見えていたらこうは言うまい。華枝は上機嫌な務を横目で見ながら、ため息をついた。

「お気遣いありがとうございます」

 華枝が答えるより早く、由美が深々と頭を下げた。

 兄が自分の部屋に引っ込んだのを確認して、華枝は由美に詰め寄った。

「味方って証拠はどこにあるのよ」

「味方ってのは、ちょっと違うかもしれません。だって私も鳳先輩のファンなんですもの」

「え……」

 由美の口から出た名前に華枝の表情が変わる。

「鳳先輩、昨日から家に帰っておられないようなんです。噂では、神社の夏祭りであなたとデートしてたとか」

「え、ええ。でも、私も先輩がどうされたかよくわからないのよ」

「嘘は言わないでください」

 綿谷は靴を脱ぎ、さっさと玄関を上がりこんだ。

 地味な娘と思っていたが、なかなかどうして行動的だ。

「私、校内であなたが北路姉妹と戦っているのを見たんです。あなた華化族でしょう。それも、稀有と言われる、鼻毛を変化させる華化」

「どうして助けてくれなかったのよ」小声で言いながら、綿谷を2階に引っ張る華枝。かすかに感じる彼女のアトモスからは悪意は感じられなかった。

「だって、怖いんですもん。私、戦う能力なんてないし。いや、ほとんどの華化族は単に花を具現化させて愛でるだけで、戦うことなんか思いもよらない温厚な種族なんです。あなた達こそなんて野蛮なの、華化族同士で戦うなんて信じられない」

 由美がまくしたてる。

 凛とジョーだって怖かったに違いない。でも、彼らは自分を助けてくれた。華枝は頭の中で袂を分かった二人の仲間の事をふと思い浮かべた。

冠咲(かんざき)の事は知ってるの?」

「そりゃ、噂には聞いています」綿谷は頷いた。「でも、相手にするわけないでしょう。日々穏便にが私のモットーですから」

 華化族の女の習性か? そこら辺の個人主義は自分と似ている気がする、華枝は苦笑した。

「教えてください、鳳先輩はどうされたんですか」

 由美に詰め寄られた華枝は昨晩のことを話した。

「大変じゃないですか、鳳先輩もしかして保与達につかまったんじゃないですか? あなたをおびき寄せるために。ほら鳳先輩って、名前からしておとりになりそうな名前じゃないですか」

「い、一般人を巻き込むかしら」恐れていたことをはっきりと口にされ、うろたえる華枝。

「他でもありません、特殊能力を持つ華化ですからね、あなたは」

 腕組みをする由美。

「私は恋のライバルを助けるつもりはありませんが、鳳先輩となると話は別です。一緒に彼を探しましょう」

「どうすればいいの」

「戦いましょう。あなたは餌となって、うろついてもらいます。で、敵をおびき寄せて捕まえて鳳先輩の事を聞いてください」

「あ、あなたは?」

「計画立案のみ」すました顔で由美は言い切った。「戦力にはなりませんから私。そのかわり、あなたがもし捕まっても、先輩はなんとか助け出します」

「あなたね……」また、ひどい仲間が現れた。と、華枝は肩を落とした。




「一日歩き回ったけど、収穫なしですね」

 夕暮れの公園のブランコに腰をかけて、由美ががっくりと肩を落とす。

 ここは昨日華枝が襲われた公園だ。時間のせいか、すでに子供の姿は無い。

「犯人は現場に戻るって言うから来てみたのに、巧くいきませんね」

「ちょっと短絡過ぎない」

 引っ張りまわされた華枝はうんざりしながら答える。

「先輩のお宅に電話をかけても、先輩まだ帰っておられないっていうし、いったいどうしちゃったんでしょうね」

 頬を夕日で赤く染めて、由美はため息をつく。

「すみません」

 声をかけてきたのは、半袖の白いシャツに、紺色のスラックスという地味な服装の縁の厚い眼鏡をかけた若い女性だった。

「お嬢さんたち、ちょっとお話していい?」

 何かの勧誘らしいその女性は、華枝の傍らに細い腰をくねらして割り込んだ。

 この女は、さっきから公園をうろちょろして、人と見れば声をかけていた。 そのせいか公園から人影がすっかり消えている。

 華枝は、鼻に能力を集中した。そして、鼻腔に飛び込んできた匂いに顔をこわばらせた。

彼女は綿谷の腰をそっとつついた。

「飢えたやぶ蚊みたいに食いつきがいいわね」由美がぼそりと呟く。

 夏とはいえ、落ちかけた陽の逃げ足は速い。いつの間にか、公園は薄暗くなっていた。

「暗くなってきたわね、あなた達帰らなくていいの?」

「ええ、人探しの最中なの」

 由美は探るような目で女を睨んだ。

「そう、その人の行方を教えてあげるからって言ったら?」

 にやり、と笑った女は眼鏡を外す。

 太い縁に隠れていた、細い柳のようにきれいなアーチを描いた眉があらわになった。目を引くその眉は、真っ白だった。

「私は白眉(はくび)

 本名か、呼び名かわからないが、名を名乗った女はすっくと立ち上がった。

「工藤さん、あなたの大切な先輩は預かっているわ。私と一緒に来てちょうだい」

「ちょっと待って、私にも大切な先輩よ」頬を膨らませて由美が抗議する。

「雑魚は引っ込んでなさい」

 優しい口調で失礼なこと言うと、白眉は華枝の肩に手を掛けた。

「私達が用のあるのは、この娘だけなのよ。そして多分鳳先輩もね」

「馬鹿にしたわねっ」

 由美の顔が真っ赤になり、指の毛から、タンポポが顔を出す。

 しかし、そのタンポポは頼りなげで、どことなく困惑しているようすだ。

「さっ、戦うのよ」

 由美はさっと華枝の後ろに回り込んで、叫んだ。

「さあ、華化姫。返り討ちにして、鳳先輩の居場所を吐かせるのよっ」

「え、ええ」

 勝手なクラスメートの命令だが、その勢いにのまれて華枝は白眉の方に藤蔓を躍りかからせた。

「鳳先輩がどうなってもいいのか」

「大丈夫、ひるまなくってもいいわ。だって、鳳先輩はこいつらにとって何の価値もないのよ」由美が叫ぶ。

 にやり、と不気味な笑みを浮かべると白眉は眉毛から棘のある紫色の花を出現させた。葉にはぎざぎざの深い切れ込みがあり、棘は長くて鋭い。

「オニアザミの棘を味わったことある?」

 ぶん、と長い茎が一閃し、由美の柔らかい頬に突き刺さった。

「ひいっ」顔を手で覆い、地面に這いつくばる由美。

「何するのっ」

 思わず華枝は由美をかばって前に立った。

「見た目で戦闘能力が無いことくらいわかるでしょう、白眉。弱い者いじめなんかやめてあたしと勝負しなさい」

「ごめんなさい、役立たずで」小声で謝る由美。

「いいの、慣れてるから」

 華枝の鼻から藤蔓が伸びた。

「離れてここから」

「工藤さん、ありがとう」由美が頬を押さえて立ち上がる。

「でも、鳳先輩の事は譲りませんからね」

 華枝が振り向くと、由美の姿は小さく豆粒のようになっていた。

「邪魔者は居なくなった。差しで勝負よ、華化姫」

 白眉は走り出す華枝を追う。

 華枝は走りながら、自らの身体を変化させていた。

 ターボエンジンでも装着したように、ただでさえ早い華枝の走りが人間離れした速度になる。目くらましのごとく砂埃を上げて滑り台の下に走りこむ華枝。

「うっ」

 華枝を見失った白眉が周囲を見回した瞬間、地響きがして白眉の方に滑り台が倒れてきた。間一髪で、滑り台から逃げる白眉。

「この筋肉女」

「うるさいわね、筋肉も考えてるのよ」

 華枝はじりじりと白眉への間合いを詰める。

 華枝の藤蔓とアザミが空中で絡まりあった。まるでダンスをするかのように鎌首をもたげ、お互いの敵の首を狙う。

 藤蔓の隙をついて、アザミの棘が、あめあられと華枝の方に降り注いだ。

 オオオニバスを出現させ棘を避けながら、逃げ場をさがす華枝。追ってくる白眉。華枝の視界に砂場が飛び込んだ。

 そうだ。

 華枝はダッシュをして、身体を投げ出すように砂に飛び込む。

 猛烈な加速度のため、砂場の砂が爆発を起こしたように舞い上がった。

 体を砂色に同化させる華枝。

 砂埃で白眉が華枝の姿を見失った、その時。

 華枝は白眉に飛び掛かった。倒れる敵の頬をスカートをひらりと舞い上げ蹴り上げる。

「くはああっ」うつ伏せになって倒れた白眉は、口から血の塊を吐いて呻く。

「先輩はどこ、言いなさい」

 首に巻きついた藤蔓が容赦なく締め付ける。

「そこまでだ」

 忘れようとしても忘れられない、その声。

 華枝はゆっくりと振り向いた。

 その隙に、這いつくばって逃げ去る白眉。

「久しぶりだな」低い声が響き、木立から長身の影が現れた。


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