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居候

 夕食のテーブルには、湯気をたてる白いご飯と肉じゃがが並ぶ。箸は箸置きにセットされ、ご丁寧にも、デザートにウサギ耳のついたリンゴまでが添えられている。

 これは両親が出かけてから、惣菜を買って食べるばかりだった華枝にとって久しぶりのまともな食事……。

 しかし、彼女はふるふると身体を震わせていた。

「さ、どうぞ、あったかいうちに。今味噌汁を持って行きます」

 姉さんかぶりと割烹着が妙に似合う凛が、味噌を溶かす手を留めて振り向く。

「さあ、遠慮は無用」偉そうに父親の席にふんぞり返るジョー。

 とうとう華枝の怒りが爆発した。

 どん、テーブルを叩いて立ち上がる。

「なんであんたたちが、ここにいるのよっ」

「だって、個人個人で襲撃に対処するより、みんなで戦った方が戦力が上がりますし」凛が邪気のない笑顔で答える。

「兄上も出て行かれたようだし、姫もさぞかしご不安でしょう」ジョーも頷く。サボテンの棘のささった頬には大きな絆創膏が貼りついている。

「まあ、食客と思っていただければ」

「食べるだけの人を食客っていいません、い、そ、う、ろ、う」

 華枝の目が吊り上る。

「戦力が上がるってのは、皆がそれなりの力を持ってるとき。足手まといの二人はかえって戦力低下になるんですけど」

 ああ、近況を聞いてきた凛のメールに兄を追い出したって返事をしなければよかった。まさか、こんなことになるとは……。華枝は舌打ちする。

 生来の男嫌いも手伝って、押しかけてきた居候に対し華枝の言葉に容赦はない。

「だいたいあなた達、自分の家には何て言って来ているの? 家の人が居ないことをいいことに、年頃の女の子の家に上がりこんでいいって教育されてるの?」

「い、いえ。僕は友達の家に泊まりに行くとだけ言って」凛が口ごもる。

「中学生なのにそれで済むの?」

 凛の顔がさっと暗くなった。

「僕、家ではつまはじきなんです。祖父は将来を嘱望された学者だったのに『華化』とか言い出して、自費で妙な研究にのめりこんで身代を潰したろくでなし扱いで、祖父の信奉者である僕も、家族の中では変わり者として、あまり相手にされないんです」

 凛の目に涙が浮かぶ。

「祖父は、公表することは華化族が差別されることに繋がるかもしれないと、研究成果を伏せました。だから、家族の誰も祖父の事を信じてません。だけど僕は祖父の提唱した『華化』が真実だと知ってます」

 ぽたぽたと涙が凛の運んでくる味噌汁の入った鍋に入る。

冠咲(かんざき)保与(やすよ)は祖父をだましてデーターを手に入れ、僕にも植物を操れば世界征服も夢ではないと持ちかけました。でも、僕は祖父が生涯をかけて研究した『華化』を悪いことに使う奴は絶対に許せない」

 ぐすっ、ぐすっ。鼻をすする音がする。

「わかる、わかるぞっ、凛。俺はお前とともに世界征服を狙う奴らと戦うぞ」

 ずずずずずっ。と啜り上げた鼻水を右手でこすり、ジョーはその指を椀の淵にひっかけて華枝の味噌汁をよそった。指が味噌汁に浸かる……。

「姫、どうぞ」

「涙と鼻水入りの味噌汁を食えるかーっ!」華枝がジョーの首を絞める。

「ひめーっ、二人しか居ない味方をいたわってください」慌てて凛が止めに入る。

「いい? 私はお涙ちょうだいって話は嫌いなの」冷淡な姫君はきっぱりと宣言した。

「正直、華化族の一部が世界征服したって私にはどうだっていいの。問題は奴らがなぜか私にちょっかいをかけてくるってことよ」

 華枝は、鍋に味噌汁を戻し入れジョーにつき返した。

「私を狙うのはなぜなの? 利用しようとしているの? 殺すつもりなの?」

「さ、さあ」姫の剣幕に縮み上がる二人。

「調べなさい」華枝は命令すると、何事も無かったかのように肉じゃがを頬張った。




 翌朝。

「姫、また温室の水やりですか?」凛が出て行こうとする華枝を追う。

「狙われているのに、飛んで火に居る夏の虫ですよ」

 その言葉を聞き流して、華枝は平然と靴ひもを結ぶ。

「誰かに代わってもらえないのですか?」凛が諌める。

「私、このままここで襲撃を待つのは嫌なの。どうせなら勝手知ったる校内に行って敵を捕まえてなぜ私を狙うのかを吐かせるわ。人目がある方が安全圏も確保できて何かと戦いやすいし」

「姫は豪胆な方だ」

 ジョーがため息をつく。

 二人には、昨夜、鳳先輩から今日学校に花達の様子を見に来る旨のメールがあったことは内緒だ。恋は盲目、凛とジョーの言葉は耳には入らず、華枝の心はすでに鳳先輩に飛んでいた。




 相当警戒して来たにも関わらず、三人はまるで肩透かしを食らうように何事も起こらず、無事に校内に入ることができた。

 グラウンドで運動部の声がする。人目があることに気を抜いたのか、ふと凛がポスターを見て声を上げた。

「これは?」

 そこには面をかぶって着物を着た高校生が舞台で踊っている写真が載っていた。横には部員募集と大きな文字が書いてある。

「今年からできた伝統芸能部よ」

 興味なさそうに華枝が呟く。

「なんでも能の宗家の息子が入ってきたとかで急に作られた部のようよ」

「能、ですか。夢幻(むげん)な感じがいいですね」凛がうっとりとポスターを見る。

「武士のたしなみとして、習いたいものだ」意外にもジョーまでもが興味を示している。

「私、小学生のころ、能の見学に行く機会があったけど、一瞬で寝てしまったわ」

 物事の機微を解さない姫がさっさと通り過ぎようとした時。

「興味がおありですか?」

 髪を七三に分けた、色が白く背の高い和服の男が三人に声をかけた。上は松の意匠がちりばめられている黒い着物、下には灰色の袴をつけている。身体からほんのり漂うお香のせいもあって、上品な雰囲気が全身からあふれていた。

「僕は宗家清一郎、この伝統芸能部を立ち上げたものです」

 凛とジョーは、無言で顔を見合わせ立ちすくんでいる。芸能人の持つ独特なオーラに気圧(けお)されたようだ。

「文化棟の部室で、練習をしています。是非覗いて行かれませんか」

「いいえ結構……」

 と、言いかけて華枝は横の二人が目をキラキラさせているのに気が付いた。早く着すぎたので、鳳先輩が来るまでにはまだかなり時間がある。

「他校の生徒でもいいの?」

「ええ、大歓迎です」

 優雅に会釈をすると、清一郎と名乗る青年は先頭に立って歩き始めた。


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