風通しのいい脳みそ
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「いつかって…いつですかね」
トレーニングが終わると、猛烈にけだるくて眠くなる。
同室の真治も、その状態のようだった。
うとうとしかけていた顔を、はっと上げる。
「なんだ、いきなり…いつかって何だ?」
たくましい腕でよだれを拭う仕草をした後、目をしばしばさせながら孝太を睨む。
本人は睨んでいるつもりはないのだろうが、眠気でそんな風な表情に見えるのだ。
「いえ、『いつか』会おうって言われたら、いつぐらいのことですかね」
孝太は、馬鹿だ。
人付き合いの礼儀とか、さっぱり分かっていない。
だから、美奈子の言った『いつか』が、具体的にいつくらいに相当するのか、ここ数日考えていた。
言葉のニュアンス的に、そんなに近い日程ではないようだ、というくらいは想像できていたが。
「あぁ? 何だ…そりゃあ、女のよく使う社交辞令だろ? 俺だって、こないだ誘った女に、『またいつかね』って言われて、それっきりだぜ」
真治の言葉に──孝太は打ちひしがれた。
そうだったのか、と。
美奈子は、もう彼には会いたくなかったのか。
そう考えれば考えるほど、彼はずぶずぶと落ち込んでいくのだった。
「はっはーん、お前を助けた女に、そう言われたんだな? あっはっは、あきらめろ…脈なしだ」
落ち込む孝太が、楽しくてしょうがないのだろう。
眠かったことも忘れたように真治が近づいてきて、大きな手でばんばんと彼の背中を叩く。
会いたくない。
会いたくない。
その背中の痛みも気にならないほど、孝太のショックは大きかった。
そして、ショックの大きさに気づけば気づくほど。
自分が、美奈子に会いたいと思っていたことを、思い知らされるのだ。
「大丈夫だ、女にふられても、お前にはボクシングがある! 目指せチャンピオンだ!」
真治の能天気な声は、孝太の風通しのいい脳みその間を、駆け抜けていったのだった。