けしからん
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「真治さん…ちょっといいっすか?」
夜、孝太は同室の先輩に声をかけた。
「なんだ? 改まって」
寝転がってマンガを読んでいた彼は、ひょいと首をあげる。
「昨日お世話になったところに、お礼に行こうと思ってるんですが…こういう時って、何か持って行った方がいいんすか?」
中卒でボクシングに入った孝太は、世間のことにもうとかった。
思えば、名前も聞かず、名前を名乗ってもいない。
駅と家の場所だけは、覚えているが。
「ああ、菓子でも買っていけばいいだろ?」
「そうっす…か」
昨日の恩は、お菓子ごときで返せるようなものなのだろうか。
孝太は、考え込んでしまった。
「あん? なんだ、歯切れ悪いな…昨夜、何かあったのか?」
真治はマンガから完全に頭を上げ、起き上がってきちんと彼の方を向き直る。
「オレ、あの人に拾ってもらわなかったら、死んでたかもしれないんで…菓子くらいでいいのかな、と」
考え込みながら、孝太は唸るように言った。
「おいおい、うちのジムの期待の星なんだぞ、お前…身体だけは大事にしてくれよ」
死んでたかもしれない、という言葉に、真治は青ざめる。
そして、深刻な顔の孝太をまじまじと見つめた後、はぁっと深いため息をはき出した。
「分かった分かった。ちゃんと考えてやる。助けてくれたのは、どんな人だ」
どん、と自分の膝を叩いて、彼は俺に任せろと言わんばかりの態勢をつくってくれる。
「ええっと…頭がよさそうで、綺麗な、年上の女の人」
まともな語彙のない脳みそから、孝太は感じた通りの言葉を搾り出したのだ。
「としう…女性だとぉ!?」
ごふぅっと。
真治は、悲鳴のような声をあげると、おもむろに鼻血を出すではないか。
「おま…おま…けしからん!」
突然。
相談は、説教に様変わりをした。
彼は一体。
何を考えたのか。