エピローグ
○
「「行かなきゃ…だめ?」」
「だめです」
孝太の差し出すチケットに、美奈子はため息をついた。
彼のベルトを賭けた、初めての防衛戦。
その、リングサイドのチケットだ。
ボクシングなんて、見たことがない。
孝太がやっていなければ、一生無縁だっただろうスポーツ。
しかも、孝太が誰かと殴りあうところを、ずっと見ていなければならないのである。
とても。
とても、耐えられそうになかった。
スポーツだと、頭では分かっていても、殴り合いなのだ。
「美奈子さんが来てくれなくても、オレは絶対に勝ちます…でも、美奈子さんが来てくれたら、絶対の絶対に勝ちます」
そんなことを言われたら、行かなければならないではないか。
最後まで、ちゃんと見ていられる自信がない。
しかも。
「「誰も知ってる人もいないし…」」
ぽつりと呟くと。
えっと、孝太が驚いた声をあげた。
「いるじゃないっすか」
満面の笑み。
「え?」
「オレ」
自分の顔を自分で指差し、孝太は満足そうに笑う。
出た、孝太理論。
これが出てくると、美奈子は途端に叶わなくなってしまうのだ。
「「ちょっと目をそらしても…許してね」」
ため息をつきながら、彼女は観念した。
「ダメです。ちゃんとオレを見ててください。これが、オレの仕事ですから」
KO孝太という異名は、まさに見事としか言いようがない。
美奈子を簡単にロープ際まで追い詰めて、フルボッコにしてしまうのだから。
何で、この子はプロボクサーだったんだろう。
美奈子は、こんな嬉しいんだか苦しいんだか分からない痛みを、これから何度も味わうことになるのだ。
とりあえずは。
「へへ…美奈子さん」
彼の腕に抱きしめられるという、嬉しい痛みを味わわされることになったのだった。
終