孝太理論
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土方の、おにいちゃんだったらよかったのになぁ。
土方だったら、たとえ美奈子がヤクザものの娘だからって、何ら問題がなかった気がする。
だが、スポーツ選手は、クリーンさが第一だ。
美奈子のことを取材されたら、すぐに父親が問題児だったことは分かってしまう。
そうしたら、あることないこと書き立てられるかもしれない。
ヤクザとつながりのある、ボクサーとかなんとか。
テレビの放映は、孝太に好意的だ。
だが、こういう業界は、手のひらを返すのも早い。
それを、美奈子は恐れていた。
「「この声も…父の関係の事件でね」」
ヤクザという言葉が、嘘でも過大表現でもない証拠を、美奈子は自分の声で伝える。
いまは父は死に、そういう人たちもまったく周囲からいなくなったので平穏だが、まだ掘り起こすことのできる新しい記憶なのだ。
なのに。
「オレは、美奈子さんのことが大好きです」
突然、孝太はずずいと身を乗り出してくる。
「美奈子さんは、オレのこと…好きですか?」
なんという、単刀直入。
逃がさない、逃げ場を与えない気合の入った目。
「「大好きよ」」
嘘を、どうしてつけよう。
「男女としての意味で、でいいんですよね?」
つりあがった目に気おされながらも、美奈子は頷いた。
「じゃあ…」
にかっと。
本当に、ほっとしたようににかっと、孝太は笑った。
「じゃあ…覚悟決めて下さい。オレは覚悟決めました」
は?
「人に何と言われても、美奈子さんが大好きです。だから、美奈子さんも気合入れて、オレを大好きでいてください」
孝太理論──炸裂。
あ、あは。
「「あははははは…」」
その余りの破壊力に、彼女は笑いが出てしまった。
ああそうだ。
孝太は。
こういう男なのだ。