誰?
○
「また、またすぐ来るから、美奈子さん」
何でも、午前中には必ず帰って来いと言われていたらしい。
朝、ほとんど話もできないまま。
つむじ風のように、孝太は飛び出して行った。
あー。
美奈子は、困り笑いを浮かべる。
どうしよう、と。
19歳の男の子と、そういう関係になってしまったのだ。
プロボクサーと。
そう。
彼は、自分の職業をプロボクサーと言っていた。
昨日、勝ってベルトがどうとか。
美奈子は、慌ててテレビをつけた。
スポーツをやっているチャンネルがないか、もどかしく変えたが、まだどこもやっていない。
ワイドショーをかけたまま、美奈子は時々、落ち着かなくチャンネルを変えたりしていた。
『19歳の、フライ級チャンピオンの誕生です!』
変えた瞬間。
その言葉が、耳に飛び込んできて悲鳴を上げそうになった。
孝太の写真が、でかでかとそこに映っているではないか。
『指名試合で勝利した、岡崎孝太くん。10ラウンドKO勝ち。さすがは、ケイオー孝太の異名を持つだけのことはありますね』
試合のシーンが、VTRで流されている。
孝太は、青いトランクスに赤いグラブ姿だった。
『いやぁ、エキサイティングな試合でしたね。7ラウンドでは、あわやKO負けかと思われるシーンもありました。よく、あそこから建て直しましたね』
倒れる孝太のシーンで、美奈子は反射的に目を覆ってしまった。
録画と分かっていても、胸が張り裂けそうだった。
この時点で、既に顔をぼこぼこにされていたのだ。
立ち上がり、グラブを構えなおす孝太。
足なんか、ふらついているのに。
それでも、審判の言葉にいくつか答えて、彼はまた足を踏み出すのだ。
これは──誰?
孝太だ。
分かっている。
彼は、これまでずっと戦ってきた。
わかっていなかったのは、美奈子だったのだ。