のんき
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トレーナーの奥さんが、試合用トランクスにお守りを縫い付けてくれた。
「あんたも、女からこんなものもらうようになったんだね」
ニヤニヤしながら、だったが。
ランキング1位。
名実共に、指名試合を孝太はもぎ取ったのだ。
チャンピオンは、遊んでいることは許されない。
定期的に、指名試合がやってくる。
自分の、タイトルを賭けて戦う必須戦。
選択試合は、王者が相手を選べるが、指名試合は強制だ。
強い相手を、チャンピオンが避けることは、許されない。
そのチャンピオンに、孝太は片足をかけていた。
春がくる。
もう、本当にそこまで。
「緊張してんじゃねぇか、あぁ!?」
トレーナーに、バンバン肩を叩かれる。
孝太は、息を二度吸って吐いた。
「大丈夫っす。こんなこと、何でもないっす」
足を動かし、首を回す。
ここ1ヶ月、周囲が騒がしかった。
タイトルマッチともなると、取材がわんさか押し寄せるのだ。
主に、スポーツ番組や雑誌の取材だが。
孝太は、若い。
19歳というその若さは、何かとネタになるのだろう。
知らない間に、女性のファンも増えている。
先輩が、テレビでお前の特集が組まれたとか言っていた。
もしかしたら。
美奈子さんにも、ばれてるかも。
孝太には、そっちの方が心配だった。
怒ったり、嫌がったりしてないかな。
けれど、どうしても頭の中の美奈子が、怒っている姿が想像できなかった。
まだ、見たことがなかったのだ。
ちょっと、怒られてみたいな。
タイトルマッチの前に考えることにしては──のんきなものだった。