表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32


 一人暮らしの買い物にしては、多かった。


 ずっしりとする買い物袋の中に、肉や魚はない。


 レタスにキュウリにトマトに豆腐に。


 孝太が、食べられるものばかりだ。


 彼は、ちょくちょく出かけるようになったが、ウェイトコントロールはしっかりしているので、トレーナーに怒られることもない。


 ただ。


 美奈子は、ちょっと細すぎな気がして心配だった。


 腰なんか、折れそうだ。


 自分が、じっと彼女の腰を見ていることに気づき、はっと彼は視線をそらす。


 いかんいかん、と。


『男』計画は、頓挫したわけではない。


 孝太がやれることは、まずはチャンピオンだ。


 チャンピオンになれば、名前も売れるし新聞にも載る。


 社会的に、認められる気がしたのだ。


 ファイトマネーも跳ね上がるし。


 とりあえず、そのくらいにならないと、美奈子に男として見てもらえない気がしたのだ。


 元々、彼女がいようがいまいが、チャンピオンに挑戦する気だった。


 その目標に、ひとつ大きなオマケがくっついただけだ。


 問題は。


 それまでに、美奈子に他の大人の男が現れないか。


 そこだけだ。


 台所の彼女が、ふふふっと思い出し笑いをする。


 上機嫌のようだ。


「「今日ね、大好きな作家の翻訳を新しく依頼されたの。そんな嬉しい時に、孝太くんが来てくれたから、二倍に嬉しいわ」」


 そう、彼女は大人で、孝太の知らない人間関係も持っているのだから。


「そ、そうなんですか、おめでとうございます! な、何かお祝いしなきゃ!?」


 しかし、いまは自分も嬉しい種に混ぜてもらえて、彼は舞い上がっていた。


「「いいのよ、仕事のことだから…でも、ありがとう。嬉しい時に、一緒に喜んでくれる人がいると、もっと嬉しいわ」」


 大きな、木のサラダボウルが運ばれてくる。


 いつの間に、これはこの家に増えたのだろうか。


 二つ、それが並ぶ。


 へへ。


 これは、きっと──オレのなんだ。


 そう思うと、彼はとても幸せになった。



 ※



「「孝太くん、危ない仕事してるんでしょう?」」


 すっと差し出されたのは、紺色の袋に入っている──お守りだった。


「「この間、神社に行った時に買ってたの…若い子は、こんなの好きじゃないかもだけど…」」


 恥ずかしそうに、彼女ははにかむ。


 孝太は、首をぶんぶんと左右に振った。


「あ、あ、ありがとうございまっす! だ、大事にします!」


 危ない仕事とまで、既に美奈子には読まれていたわけだ。


 それもそうだろう。


 彼は、しょっちゅう顔を腫らしたまま遊びに来るのだから。


 それでも、自分のことを心配して、こうしてお守りを買って来てくれたのだ。


 ジーーンと、孝太は感動してそれを握り締めた。


 この世のどこかで、自分を案じてくれている人がいる。


 勿論、親も案じてくれる。


 トレーナーも先輩もみんな、孝太の心配をしてくれる。


 だが、自分の好きだと思う女性に心配されるのは、また格別なのだと、彼は強くかみ締めたのだ。


 そして、このお守りは、まるでこれからの自分の進むべき道を、暗示しているかのように思えた。


「あの、美奈子さん」


 改めて、彼女に向かって座り直す。


「その仕事で、しばらくここには来られなくなります…すみません」


 これから。


 ランキング最上位を巡る戦いが組まれていた。


 チャンピオンとの指名試合の話も、通るかもしれない。


 孝太のランキングは、現在2位。


 彼をKOした、1位の野郎をぶっとばして、挑戦権を手に入れるのだ。


「「そう…大変ね。身体に気をつけて頑張ってね」」


 優しい微笑みは、少し寂しげだ。


 彼の心を、かき乱すには十分なほど。


「し、仕事が終わったら、ま、真っ先に来ていいですか?」


 そんな自分の心を打ち砕くように、孝太は声を張り上げた。


「「勿論よ…楽しみにしているわ」」


 花が咲く。


 彼女が笑うと──花が咲く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ