子犬
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あれから、時々孝太は遊びに来るようになった。
いつも、入り口のところで不安そうな顔をしている彼を、美奈子はもう泣かずに招き入れる。
好き嫌いの多い彼でも、サラダは沢山食べてくれるので、冷蔵庫に野菜を買い込むクセがついた。
ただ、野菜は余り日持ちしないので、彼がこない時は、自分が野菜漬けの生活になるのだが。
健康的だわ。
夏野菜のおいしい季節になった。
トマトもキュウリも、スーパーで瑞々しく輝いている。
にこにこしながら、美奈子は野菜売り場を歩くようになったのだ。
おいしいと言われる豆腐屋も探した。
こんなに、幸せな気分で買い物をするなんて、いつ以来だろうか。
誰かのことを考えて、買うものを選ぶ。
それだけで、心が軽やかになる。
そんな、楽しい買い物を終えて家に帰ると。
玄関の前を、うろうろする姿があった。
夕焼けの中。
また殴られたのか、顔を腫らした孝太が、そこにいる。
出かける時は施錠するので、入れないでいるのだ。
「「孝太くん!」」
声をかけると。
振り返った彼の顔が、ぱぁっと明るくなる。
「美奈子さん、こんにちは! あ、オレ持ちます!」
ぺこっと頭を下げるや、彼のごつごつした手がスーパーの買い物袋を奪い取る。
苦労している人生を表す手だ。
その手を、美奈子はとても好きだった。
もう家の前なのに。
くすくすと笑いながら、そのおかげで綺麗に空いた手で、鍵を開けるのだ。
「「暑くなってきたわね。今日はお夕飯を食べていける? おいしそうなトマトを買って来たのよ」」
振り返ってそう笑いかけると。
「は、はい! ご馳走になります!」
子犬のように、彼は素直に答えたのだった。