「ときと読みます。お間違いのないように」
私の名前は斗姫という。
もちろん本名ではない。
一族の娘は全て名前の最後の一文字に姫を付けて呼ぶため、私の名前は斗姫なのである。
そのため例えば名前が由香なら香姫となるし、有希なら希姫となるわけだ。
よって名付ける際によその家とかぶらないよう親たちは必死になって名前を考えるわけだが、まあそれは横に置いておこう。
なぜ一族がこんなことをしているかというと、実は同業者への対策だったりする。
巫女という職業上、自身の名前は魂に繋がる重要なものとなる。
普通の人の心臓に匹敵するといえばわかりやすいだろうか。
よって一族の娘は自分の命を守るため、あえて真の名前を伏せ、元の名前に一字を付けた通称名で通しているのである。
…………正直、「姫」付けは非常に恥ずかしいのだが。
ちなみに私の名前の読み方は本来なら「とき」になるべきなのだが、これだと天然記念物の方を連想してしまうのではないかといらない指摘をした人間がいた。
お陰で斗の字を「ほし」と読む場合もあることから、私の名前の読み方は「ほしひめ」、あるいは「ほしのひめ」となっているのである。
----占星術など全然できないのに!!
なのでせめて一族の外だけでもと外部で使う私の名刺には「とき」のふりがなをこれでもかと名前よりも大きく振ってもらっている。
渡した相手は間違いなく失笑するが、
「こ……これは…………」
「ときと読みます。お間違いのないように」
「……っ、失礼しました」
顔色を変えず、すぐさま釘を刺しておくため、思惑通り私は一族の外では「とき」と呼ばれていた。
この勢いで是非とも一族の中でも「とき」で浸透させたいところなのだが。
「これは、ほしのひめ様。残業ですか、お疲れ様です。そうそう、前に出された書類ですが、不備がありましたので机の上にお返ししました。3日以内に再提出して下さいね」
お先に失礼します、という彼女の足音のように私の主張は軽いものと受け取られているため、道のりははるかに遠く、険しいものだった。