奥へ奥へと進んでいく
靴音を鳴らし、人気のない部署を背景としながら、奥へ奥へと進んでいく。
私が所属する部署は、広大な敷地を誇る本邸の中でも、ひときわ奥に位置していた。
といっても、別に私が冷遇されていたわけではない。前任の上司の女好きによるものだ。
すでに何度か触れたと思うが、前任の上司は女好きだった。そりゃあもう、部下として、あらゆる意味で入院を勧めたくなるほどに。
前任の上司は誰でも口説いていた。既婚未婚の区別を問わず、年齢すらも気に留めない。
性別が女性であるならば、清掃係を担当しているリタイア組の元巫女から、あどけなく蝶を追っているような少女……と呼ぶには数年かかる子供まで、そりゃあもう口説いて口説いて口説きまくっていた。
元カノによる噂だと、あれはどこかの物語の主人公のように、手の届かない相手がいて、その寂しさをまぎらわせているかららしいのだが……彼女たちのように、気の毒だなんて思わなかった。
むしろ購入したバリカンを手に、
「そんなに寂しいんだったら、いっそのこと出家しろッ! 仏の慈悲にでもすがれ!!」
と雄たけび、強制的に頭を丸めてやろうと何度も思ったし、実際その気になって身構えたこともあった。
そういえば、前任の上司が決して私に背を向けなくなったのは、思えばその辺りからだったような気もするが……まあいい。
喜ばしい移動と共に、バリカンだけは水に流そう。バリカンだけは。
まあそんなわけで、仕事の能力は惜しまれつつも、自分の妻や娘に手を出すことを恐れられた前任の上司は、私という絶対になびかなさそうな部下を付けられ、島流しとなったのだ。
性懲りもなく私を口説き、やむをえず用があって出入りする女性たちを口説き、掃除の女性も口説いた上、今・元カノたちも出入りはしていたが。
それでも何とか移動していき、私の周囲はすがすがしさを取り戻した。
空気も輝いて見えた。生きてるって何て素晴らしいことだろう。
なのに……しつこくまだ、気に掛かかっている。
前任の上司は、移動先の迷惑に……なっていても、許容範囲のギリギリ辺りで、とどまってくれはしないだろうかと。
私の後任となってしまった、この世で最も不幸な人間の、髪の毛と胃袋は、もちこたえられているのだろうかと。
心の底から、私は、他人を気に掛けられるようになっていた。




