「よく出来てるのよねえ……」
勤務先でもある一族の本邸は、敷地のまわりを木で囲んでいた。
台風の目というか、ドーナツ状やバームクーヘン状というべきか。本邸のまわりを木々がぐるりと囲んでいるのだ。
しかしこの木々が森林のように育ちすぎてしまったため、近隣からは鎮守の森と称され、ほとんどの住民が奥の本邸を忘れてきている。
もちろん正門や通用門から、人や車が出入りするが、侵入者などへの安全対策により、どの入口もすぐにわからないように施されていた。
結果、覚えているのが今やわずかな古参の家ぐらいなのだ。
まあ近所付き合いがそれほど激しい地域でもなし、どの道資産家になったこともあり、遠巻きに見られるのは変わらない。 だから一族はあえて放置してきた面もあるのだ。
すると今度は毎日とはいいがたいが、定期的に出勤している巫女たちや使用人は不審きわまりなくなってしまい、いつ警察辺りに通報されてもおかしくなってしまった……のだが。
「よく出来てるのよねえ……」
アスファルトで舗装された道から林道へ足を進めつつ、私は頬をかいていた。
木々の根元にいくつかの石が置かれ、その手の人間には幾重にも重ねれた薄いフィルム越しに見えるよう、本邸には一族の結界が張られている。
侵入者の排除用と、敷地内へ入った者を見た記憶を消去するためのものだ。
これを作るのも維持するのも、正直決して容易たやすくなどないのだが、そこはそれ、一族の本領を発揮している。
要するに、私が敷地内へ入るのを目撃した人間は、その瞬間から私が入ったことを忘れているのだ。
他の巫女や使用人たちも以下同文、ということで、私たちは警察へ通報されることはまぬがれて、結界の中に入れば一族以外からはまず平穏な暮らしを送れていた。
というか、通勤したり生活したりしているだけなのに、警察へ通報されかねないというのもどうなのか、とも思わなくはないのだが、ここは気にしたら負けということだろう。
何より、マイナスイオンに癒されながら出勤できる職場など、そうそうあるものではないじゃないか。
そんな風に自分を含めながら、落ち込んできた気分を浮上させ、私は通用門を目指して足を進めた。
後は一族の人間に見つかって、また不用意に捕まらないよう自分の職場へ着かなくては、と用心を続けながら。