「……朝か」
鳥が鳴く。ちち、ちち、と明るくさえずる。
けれどリビングから飛び込む鳴き声には命がない。
それはこの寝室までの距離にさえぎられたからではなく、命自体が元からないせいだった。
「……朝か」
窓から差し込む光に目をしばつかせ、リビングで目覚まし時計代わりに時間を告げさせている一族から与えられた式神の声に引かれ、私はもぞもぞと布団から起き上がった。
巫女の朝は早い。
正確に言えば巫女としての仕事が入るか本家に用がある時は、と言うべきなのだが、巫女としての仕事があって職場である本家の屋敷へ出勤しなければならない私にとっては同じ意味のため、そこは大目に見ていただきたい。
とにかく頭の中が朦朧としながらもまずは身支度を整えるべく、洗面所で顔を洗い、洗顔フォームと間違うことなく無事付けることができた歯磨き粉で歯を磨き、口をすすいでさっぱりした……と思っていたら。
「んん?」
何か様子がおかしい。
いぶかしみながら洗面台へ視線を戻すと、そこには珍奇な光景があった。
先ほどコップに挿したはずの歯ブラシが、なぜか隣の一輪挿しに挿さっていたのだ。
幸い一輪挿しの方は昨日弱った花を捨て綺麗に洗ってあったため衛生上何の問題はない。
問題はないが……さて、どうしたものだろう。
不思議なことに寝ぼけた頭には「今きちんと挿し直す」という選択肢がない。
よって帰ってきてから
「なぜ!?」
と仰天するはめになるのだが、あくまでそれは帰ってからの話である。
しばらく悩んだ私の取った解決策はこれだった。
次に花を活けるときにちゃんと挿し直せばいい。
よって例のごとく帰宅後に仰天することになろうとも、私は頭の中へ「一輪挿しに活ける花を買う」と「花を活ける前に歯ブラシをコップへ挿し直すこと」とメモをし、洗面所を後にした。




