「……お祖母さまへ報告いたしますか」
サラダとスープとパスタにコーヒー。
この税込500円のランチセットにプラス80円でケーキが付くのがスペシャルランチだ。
土日祝日限定だが、実にお得である。
とはいえいかにお得であろうと自腹を切るならそのプラス80円が気になるところ。
それなりの家に生まれて大事に育てられてはいても、人生に「確実」なんてないことくらいもうわかってる。
……なんていうのはただの屁理屈で、単に貧乏性なだけなのかもしれないな、と頭の中で結論を出し、ケーキの最後の一口を味わいながら私はちらりと上司の顔を見た。
現在の上司は前の上司と違い、一族に数ある分家の中でもかなり本家に近い家柄だという。
血筋では今まで散々馬鹿にされてきたため、私にとってそれを誇るなど唾棄こそすれ断じてありはしないのだが--それでも、この上司に限っては例外としても良いのではないかと思う。
本来血筋を誇るのはその血筋を守ってきた血族を尊ぶことなのだと思い返されるから。
「--さて」
「はい」
だから私はタイミングを見計らわれていた上司に声を掛けられた瞬間、馥郁としたコーヒーの香りも贅沢なケーキの甘さも吹き飛ばし、頭の中を仕事モードへと切り替えた。
「あれが出たんだな」
「はい」
上司の問いへ端的に返す。
すると上司は何かを思い出すように指先で2、3度テーブルの端を叩くと、見当がついたのだろう、
「--あの時か」
と額を抑え呻いていた。
今の上司に変わって大分立つが、こんな風に上司が自分の感情を表したのは初めてだ。
よって私は禁じ手を出した。
「……お祖母さまへ報告いたしますか」
一族の総領であられるお祖母さまは現在年齢のこともあって第一線こそ退かれているものの、依然実権を握られ続けている。そのお祖母さまへ指示を仰ぐことを提案したのだ。
本来、一族の件は一族で解決するもの。
だからこそお祖母さまの孫である奴の件も同じお祖母さまの孫である私が解決を命じられた。
その命令を出したのは現在の上司だが、上司へ解決するよう指示を出したのはお祖母さまのはず。
今回はあの日以来、つい最近私の前へ現れてから一ヶ月経ってもいない内にお祖母さまの「お客さん」である奴が「お客さん」のまま姿を現している。
これは普段感情を出さない上司が表に出すのも無理のない、不測の事態ではないかと判断したのだが--。
「いや」
と私の提案を退けた上司は冷静さを戻していた。
「今回の件は想定の内だ。私が君に注意をし忘れていた」
すまない、と頭を下げた上司はむしろ何か腑に落ちたような表情をしていたため、あっけに取られた私は慌てふためいてしまい……。
結果、おごってもらえるはずだった私のスペシャルランチの代金に加え、上司の分のブレンドコーヒー代まで支払っていたことに気がついたのは自分のマンションの玄関前だった。