「ご馳走さまです」
上司の携帯電話へ連絡を入れることは始めてではなかったが、休日に掛けるのは始めてだった。
これが前の上司なら甘ったるい声を出してくる上、電話をかけてきた邪魔者である私に対する牽制らしい女性の嬌声が背後から聞こえてきたものだったが、さて今度の上司はどうなのだろう。……意外にもっと凄かったりもするのだろうか。
僅かなコール音の間にふとそんなことを考えてしまったものだから、
「もしもし」
という常と変わらない硬質の声に安堵すると同時に静かな背後へ妙な想像をしてしまったやましさを抱いてしまい、自分に対して内心がっくりと肩を落としていたのだがそれはそれ。極力平静さを保ちながら、私は簡潔に経緯と状況を説明した。
「……そうか。ところで今後の予定は」
「ありません」
「では直接会って詳細を聞きたい。その近くに話が出来る場所は」
すると上司は予想通り詳細な説明を求めてきたため、とっさに昼食用の近所のカフェの名前を答えていたのは……実は先ほどから悩まされていた空腹感に負けたからではない。
「わかった。ではそこで合流しよう。ところで昼は取ったか」
「いえ、まだ」
そう答えたのも財布の中身が淋しくなってきたから……ではない、とも。
「ではささやかながら昼は奢ろう。休日出勤の詫びだ」
好きな物を何でも頼んでおくように--。
その瞬間、普通の日替わりランチからデザート付きのスペシャルランチを頼むことに決定したのは--まあ、あたたかい上司の心遣いを受け取る部下として当然であり、また休日出勤の代償ということで見逃していただこう。
「ご馳走さまです」
……たとえ電話越しで見えないからといって浮かべた笑みが会心のものであったとしても。
かくして私の休日は幕を閉じ、昼食のメニューが決定したのだった。