プロローグ。この記録のために
初めまして、ソルビョルです。
本作『黒の実験室』は、韓国最大級のプラットフォーム「NAVER WEBNOVEL」でミステリー部門週間1位を獲得した作品の日本語版となります。
閉鎖的な研究室を舞台にした、息詰まる心理戦と予測不能なサスペンスをお届けします。まずはすべての始まりとなるプロローグからお楽しみください。
2025年4月3日、ソウル大学工学部前のカフェ。
例年よりひときわ早く満開を迎えた桜が、虚しく散り始めていた。
時折忍び込む春風に剥がれ落ちた花びらが、ポツン、と窓を叩いた。
まるで誰かが急いで、それでいて声を殺して救助を求めているかのように。
中年女性が、歳月で擦り切れ中紙が透けて見える黒い手帳を、テーブルの上にそっと置いた。
向かいに座る女子学生は激しく震えながら極度に緊張し、青ざめた指でコーヒーカップの取っ手だけを強く握りしめていた。
彼女の視線が、その華奢な指先に留まった。
23年前、冷たい研究室の鏡越しに向き合った自身のあの手と、鳥肌が立つほど似ていたからだ。
女子学生はカラカラに乾いた唇を微かに動かしながらも、瞳だけは絶え間なくカフェの中を忙しなく見回していた。誰かが後をつけてきていないか確認する動きだった。
「作家先生……教授が直接私の通帳を握っているわけじゃありません。代わりに……私の口座から毎月『自発的に』送金させるんです。徐々に息の根が止められていくみたいで……」
「この手帳を見てくれる?」
彼女は古い手帳の表紙を開いた。
黄色く酸化した紙、焦りが滲むボールペンの跡、そして手帳の真ん中のページが神経質に破り取られた空白。
「このちっぽけな記録が、ある人を地獄から救い出したの」
歳月の痕跡が作り出したその落ち着いた声が、空中でふと途切れた。
「そして……もう一人の人を失わせたわ」
彼女の視線が窓の外へと向かった。
風に流されて落ちる桜の花びらをしばらく見つめ、古い手帳の破り取られたページを指先で撫でながら物思いに沈んだ。
プロローグをお読みいただき、ありがとうございます!
23年の時を越えて繰り返される絶望。ミナが差し出した「黒い手帳」には、一体どんな過去の地獄が記されているのでしょうか。
次回からは、23年前の研究室で起きた出来事が本格的に幕を開けます。少しでも続きが気になった方は、ぜひページ下部から【ブックマーク追加】と【評価(星)】をお願いいたします!執筆の大きな励みになります。




