No.2月見舟で
記者と受雷。
翌朝、受雷夫妻は沖端を散策する。
街は観光客で混雑している。
「海外の人多いね」
人混みをかきわけて歩く真美は言った。
「ま、ご時世だろ・・・」
受雷は歩くのを止め、後ろを歩いていた真美は鼻を彼の背中にぶつける。
「痛っ」
「あっ、ごめん」
「どうしたの突然、何?」
「あれ」
受雷が指さす先には、ご当地アイドルCMLzが活動していた。
「ああ、例のご当地アイドルね」
「依頼主の目的でもある」
「・・・そうね」
2人は人だかりをかき分け、近づいていく。 ちょうど歌が終わり、3人組のリーダ明石環が一生懸命にアピールしている。
「わたしたち、ちぇんじまいらいふ念願の単独ライブが明日、7/7日の七夕の日に市民会館であります。チケットはまだありますので是非来てくださいっ!お願いします!・・・」
受雷はそんな中ぐいぐい近づき、彼女の目の前に立った。
「・・・あの何か」
あまりにも突然の行為に驚く環。
「・・・あの」
後ろからマネージャーの風の男、碧が止めに入る。 「ファンです」
「ああ」
「握手してください」
「はいっ!」
きゅっと握手を交わす二人。
受雷はすぐに顔を曇らせる。
「君は?」
「?」
「あなた」
「そこの人っ」
真美と碧が同時に言い、受雷はくるりと背を向け歩きはじめた。
碧とすれ違いざまに、
「君はなんて事をしているんだ」
受雷はそう囁いた。
「!」
碧が振り向くと、人混みの中へ伊武夫妻はすでに消えていなかった。
柳川に日暮れが訪れる頃、受雷は一人で川下り会社「あけぼの観光」を訪れた。
すでに依頼主は舟会社の桟橋で待機しており、茜が手を振っている。
「すいません。少し遅くなりました」
受雷は軽く会釈をすると、恰幅のいい中年男性は笑いながら手を振った。
「いえいえ、時間通りです。こっちが早く来ただけですから」
担当船頭の 茜は軽く礼をし、2人に乗船を促す。 舟には絨毯が敷かれ、テーブルには鰻のせいろ蒸しと日本酒があった。
「これは・・・」
「ふふふ、柳川名物川下りにウナギのせいろ蒸し、銘酒繁枡も用意してあります」
男は自慢げに言った。
「では、出発します」
ポチャ、ポチャ、夕暮れ時、竿の音だけが聞こえる。
舟は夕陽沈む静かな川を進んでいく。
「・・・ささ、まずは一献」
「ありがとうございます」
受雷はお猪口を差し出し、男は熱燗にした徳利を注ぐ。
彼は口をつけようと、お猪口を口元に持って行ったが、それを一旦、止めてテーブルに置いて依頼主を見た。
「・・・・・・なにか?」
「山崎さん、まずは依頼のお話からお伺いしたい」 「お酒を楽しんでからと思いましたが・・・そうですか・・・左様ですか」
茜はゆっくりと竿を動かし、城堀水門をくぐり抜け掘割の中へと舟は入っていく。
山崎は手酌で酒を飲むと、話しはじめた。
「ご当地アイドルは見ましたか」
「ええ、午前中に観光地で」
「流石・・・名はCMLzちぇんじまいらいふというそうですが・・・人生を変えるって大袈裟な名ですよね。船頭さん?」
山崎は操船に専念している茜に突然話をふる。 「はい?」
「・・・聞いてました?」
「すいません。操船に集中していて」
「左様ですか」
山崎は興醒めしたとばかりに視線を逸らすと、二杯目のお猪口をテーブルに置き、
「まあ、そのご当地アイドルグルーブですが・・・どう思います?」
山崎は眼光鋭く受雷を窺うように見る。
「・・・どう思うとは?」
彼ははぐらかして質問返しをした。
「伊武さん、あなたは鎮魂探偵と呼ばれ、数多くの難事件を解決してきた」
「まあそれほどでもありませんよ」
「謙遜されないのは、流石ですな」
「いやあ」
「では、もう一度、質問します。彼女たちを見て、どう感じましたか」
「・・・どうって」
「ご存じでしょうが、私は週刊誌の記者です。こういう時代です。とびっきりのネタには裏付けと根拠が必要だと思いましてね」
「・・・・・・」
「CMLzの明石環という女の子・・・面白い話がありましてね。実は死んでいるという噂があるんですよ」
「ほう」
「それも眉唾ではない。しっかりとした根拠があるんですよ」
山崎はにやりと笑うと、一枚の新聞コピーを胸ポケットからとりだしてテーブルへ置いた。 地方欄に小さく書かれた事件で15年前に明石環という少女が溺死した記事が載っていた。
「同姓同名、おそらくその娘であろう彼女が、数ヶ月前に突然現れ、何事もなかったかのように生活しているんですよ・・・それと」
山崎は続けて写真を取り出し、テーブルに置く。 写真には、環の生首をジャンピングキャッチで受け止めている碧の姿があった。
「それで・・・」
受雷は話の続きを求める。
「嫌だなあ。伊武さん、皆まで言わせる気ですか」 「・・・・・・」
彼の圧迫するような無言に、山崎はお手あげとばかりに両手をあげた。
「では、単刀直入に申し上げます。彼女は死人なのか否か調べていただきたい」
「・・・それを知って、どうするんですか」
「決まっているでしょ。死人・・・ゾンビがこの世に本当にいるとなれば、大スクープですよ。世の中がひっくり返るっ!」
「私の出る幕ではないかと・・・」
「おっと、鎮魂探偵は今までどんな難事件も解決してきたんでしょう・・・このスクープをモノに出来れば謝礼は倍いや5倍にしてお渡しします」
「はあ」
「ささ、飲んでくださいよ」
山崎は酒をすすめ、受雷は冷酒を飲み干す。 「決まりましたな」
山崎はにやりと笑い、受雷はぽりぽりと頭を掻く。
「今宵は実に月が綺麗だ」
とっぷりと日が暮れて、頭上には大きな満月が輝いていた。
「月見酒ですな」
「・・・そうですね」
対照的な二人は、さっきまでの会話が嘘のように無言で黙々と酒を飲みはじめた。
舟はやがて、終点の沖端の町に着いた。
受雷はお堀に浮かぶ何かを見た。
「それでは、よろしくお願いします」
山崎は舟から降りると、振り返り受雷に言う。
「わかりました」
彼が頷くのを確認すると、山崎はそそくさと去って行った。
受雷はそれを見て、即座にスマホを取り出し、真美へと連絡を入れる。
「真美」
「はい受雷さん」
「・・・今からそっちへ・・・!やっぱり後で落ち合おう」
「・・・ちょ」
彼は思い直したように電話を切った。
茜はそのやりとりを不安そうな眼差しで彼を見た。 「受雷さん・・・」
「茜ちゃん、ここから先は他言無用にしてくれ」 「勿論ですよ。お客様のプライベートに・・・」 受雷はそっと沖端の掘割の奥の方を指さす。
「あそこに行ってくれ」
「へっ・・・なんで・・・って!」
受雷はこくりと頷き、茜は恐る恐る舟を漕ぎだす。 近づくと、それがなんたるかはすぐに分かった。 「あたま」
「ああ」
受雷は舟の側面から身をかがめ、両手で流れている頭をすくいあげた。
「この娘って・・・リーダーの環ちゃん?」
「ああ、ご当地アイドルの子・・・だな」
事態は風雲急を告げる。




