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No.4閑話。船頭の茜

 閑話なり〜。

 

 柳川は観光地である。

 市内を流れるお掘割は約930kmに及び、そのかつて城下町近くの掘割で、柳川名物川下りが行なわれている。


 川田茜は数少ない紅一点の女性の船頭だった。

 だが、川下りの会社に就職して数年、度重なる理不尽なパワハラやセクハラ、それに船頭独特の世界に嫌気がさしていた。


 そんな彼女に心の病が現れ、

(これまでこき使った分、休ませてもらう)

 と、大義名分を盾に思いきって会社をしばらく休む事にした。

 彼氏であるケンジに話を打ち明けたり、ゆったりと日々を過ごす。

 すると、茜の荒んだ心は、少しずつ時間が溶かしていった。


 そして、復帰すると、

・川下りってやっぱり楽しい。

・朝起きたら天気がよかった。

・朝一の川下りの風が心地よかった。

・お客様から歌を褒められた。

・普段はそっけない先輩船頭から「ありがとう」と礼を言われた。

・たまたま終業が30分早くなった。

・社長から日頃の激務を労われた。

・家族夕食の団欒の場で父が屁をこいて皆で大笑いをした。

 と、喜びと楽しさを感じるようになった。


 彼氏のケンジからは、心配にかこつけ結婚を催促しつつ、自分を労わってくれる電話が毎日かかってきた。

 些細な事から、茜の心のアンテナが少しずつ前向きになると、すっと心に沁みて、今まで頑なに強張っていたものが薄れていく。


  そんなある日。

 社長が川下り上がりの茜に声をかける。

「茜ちゃん」

「はい」

  彼女は立ち止まると、社長は慌てた口調で喋りだす。

「あのね。来週の日曜日、船頭のみんなカツカツなのよ。よりによって花嫁舟の時間帯に・・・ねぇ、健司君にお願いできない?」

「はぁ・・・ケンジですか?」

「そう。あの子、公務員だったよね。日曜は休みでしょ。火急の為ってお願いできないかな」 

  社長は両手を合わせて頼み込む。

「そういうことなら・・・聞いてみます」

  茜の返事に社長は破顔し手を叩いた。

「謝礼ははずむって言っておいてね。それから朗報よっ、お願いする花嫁舟は2隻予定、茜&健司カップルで組んでるからシクヨロ」

「朗報?シクヨロって・・・」

  スキップして去っていく社長に、彼女は呆れて呟いた。

  その夜、茜は健司へアポイントの電話をとる。 「健司」

「おう」

「あのさ、お願いがあるんだけど」

「お、おう」

  ガサゴソと音がするので茜は思った。 律儀な健司のこと、きっとベッドの上で正座でもしているのだろうと・・・。

「その話じゃないから、正座しなくていいから」 「お、おおう」

「今度の日曜ヒマ?」

「そりゃあ、休みだから・・・まあ。おっ、お前休み?珍しいな休日に・・・あっ!さては、またハートブレイク?」

「ちげーよ。うちの社長から、人手が足りないから舟を漕がないかだって」

「へっ?俺に言ってくるとは、相当な人手不足だな」

「弱小企業の運命さだめよ。猫の手でも借りたいってとこじゃない。やってくれるかしら?」

「他ならぬ茜の頼みなら」

「さんきゅ」

「じゃあ、前ノリして、茜とイチャイチャすっか」 「お好きにどうぞ」

「おう、そうする」

「ありがと」

「おう」

  茜は電話を切ると、一人くすくす微笑んだ。

 日曜日、二人は神社前の桟橋へと舟を移動する。 「おい、花嫁舟なんて聞いてないぞ」

  口を尖らせる健司に、

「アンタは2番舟だから、私のあとについてくればいいから」

「にしたって責任重大だ。こんなんをバイトにやらせるなんて、どうかしてるぜ」

「ふふ、本当ね」

「全く」

「・・・でもね、会社はアンタの操船技術を信頼してんのよ」

「そうだろうな」

「はん!」

  ふたりは桟橋に舟を係留させ、花嫁舟の準備に取り掛かる。

  新郎新婦が乗る一番舟には、赤絨毯や台座を敷き、舟の側面をピカピカに雑巾で磨く。

  2番舟には、親族や友人たち人数分のクッションを置き準備を万端にする。

 すると、神社から太鼓の音が聞こえ、遠くから祝詞があがりはじめる。

「そろそろね」

 茜は腕時計を見て時刻を確認した。

「やべ、緊張してきた」

「大丈夫よ。アンタと私なら」

「言うね」

「だってそうじゃない」

「そっか」

「そうよ」

「あのさ」

「何」

「俺たちが結婚する時も花嫁舟がいいかもな」

「なによ。突然」

「あ、ごめん」

「ま、いいけど・・・悪くないよね、花嫁舟」 「ああ」

「ケンジ」

「ん?」

「いいよ」

「なにが?」

「結婚しよ」

「えっ!」

「だからっ・・・」

「いやいや、お前ロマンないって・・・それは俺に言わせてよ〜」

  茜はクスリと笑い、

「じゃ、本チャンプロポーズはまた今度ということで」

「お、おう」

 そうこう、ふたりでイチャついていると、 境内の方から拍手があがり、新郎新婦がこちらへとやって来る。

  茜は目配せをする。

 健司は頷き配置につく。

「おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 ふたりはふたりに祝福の言葉をかける。

  厳かな雰囲気の中、つつがなく両家一同の乗船が進む。

  茜は前を見据える。

  小さく息を吸って吐く。

「本日、ご結婚の儀整い真におめでとうございます。ここに一曲お祝い申し上げます。船頭祝い唄」


四海波平らかに瑞色の天

七宝をのせ来る福神の舟

明澄一曲高砂の舞

家運隆々として万年に及ぶ


 凛とした茜の横顔を健司はじっと見つめていた。  

 歌い終わると、目が合った茜とケンジは自然に笑い合う。

「それでは花嫁舟、出発いたします」

  晴れ晴れとした春空に、粛々と花嫁舟はゆく。

 花嫁舟のおはなし。

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