第98話 賢者ギルバートによるモンスター学② 魔獣の由来と対処法
色とりどりの砂で象られた地図はそのまま空中に保たれ、淡い魔力の光を帯びながら静かに揺らめいていた。
大地を縮図としたその舞台の上には、鞄からこぼれ落ちたノアの小さなフィギュアが空中へ浮かび上がっている。
「ちょ、ちょっと、それ僕の!」
ノアがたまらず返却をギルバートへ懇願しようとしたが──
「貸してもらおう。授業の教材にする……嫌とは言わせんぞ?」
賢者は軽く片眉を上げ、愉快そうに続けた。
「玩具を持ち込んだ“免罪符”代わりだ」
ギルバートは浮かぶフィギュアを軽く回転させながら、穏やかな声で告げる。
「一時的な没収だ。授業が終わればきちんと返す」
そう言って私たちを振り返ると、静かに口を開いた。
「私の授業ルールはひとつだけ。質問があったら、その場で必ず聞くことだ。疑問を抱えたままでは、その後の内容が頭に入らなくなるからな」
普通の授業なら一通り終えてから質問を受けるのが常識だ。珍しいタイプだな……でも、マンツーマンに近いこの状況なら理にかなってるのかも。
ギルバートは大樹の下で杖を構え、改めて声を張る。
「今後成長した君たちが魔族と戦うことは最も重要だ。だが――旅先でも必ず相手をしなくてはならぬ存在がある。それが“魔獣”だ」
賢者の杖が振るわれ、砂の地図に小さな魔物のフィギュアがぽつぽつと現れ、蠢き始めた。ギルバートは解説を交えながら、魔獣がいかなる存在かを語り始める。
「すべての魔獣は――起源をたどれば“魔大陸”から生まれたとされている」
砂の左側、黒く荒れ果てた大地から砂煙を巻き上げ、次々と砂のフィギュアの群れがぞろぞろと進み出る。
子供のようなゴブリン、牙をむいた魔狼、ぷるぷると揺れるスライム。小さな喉から「ギュルルッ」「クゥゥン」とかわいらしいうなり声を響かせながら、列を作って女神の大地へ渡っていく。
「かつては魔大陸と女神の大地とのあいだには障壁もなく、行き来も自由であった。これはストラトスの授業で聞いているな? モンスターたちは文字通り“渡って”きたのだ」
女神の大地に足を踏み入れるたび、小さな足跡が刻まれていく。
「その後――“残った者”と“渡った者”で進化が分かれた。魔大陸に残った者は凶暴性を増し、爪や牙を研ぎ澄ませていった。女神の大地へ渡った者は比較的穏やかになり、豊富な属性を取り込んで強靭になっていった」
進化の分岐を目にした私とノアは、思わずごくりと唾をのんだ。
ノアが少し考え込んで手をあげる。ギルバートは「よいぞ」と頷き、質問を促した。
「性格まで変わるんですか?」
「全体的な傾向として見ればの話だ。“温厚”とはいえ、元は魔大陸の生き物。油断すれば命を落とすこともある」
砂の魔物たちが、大地や山、森に応じて少しずつ姿を変えていく。
「もう少し踏み込んで話そう。魔獣は星の魔力や自然のエネルギーに敏感で、土地の“属性”に適応し姿を変える存在だ。いわば星に近い存在。そして理性よりも本能に従って動く者たちでもある」
蜥蜴の魔物人形が二匹描かれる。一方は溶岩地帯に移動し、年月とともに赤い鱗と炎を纏ったサラマンダーへ変貌。もう一方は沼地で擬態や毒を得意とするポイズンリザードへ進化していく様子が砂で描かれる。
場所や環境によって適応していくってことね。……以前戦った岩犀も、岩や泥を使い分けてきたっけ。
魔獣はどちらかといえば元の世界の動物に近い。本能に忠実な存在。ということは……。
「では、やはり言葉は通じないんですか?」と私は素朴な疑問を投げかけた。
ギルバートはふむ、と頷き、人間の男のフィギュアを砂に投入する。男は魔獣を飼いならし、使役し、ともに戦う様子が描かれた。
「このように“魔獣使い《テイマー》”として共に戦い暮らすことはあるが――」
砂のテイマーの男は、必死に魔獣へ声をかけている。魔獣の側は尻尾を振ったり、首をかしげたりして“なんとなく理解している”雰囲気を出す。だが響くのは牙の音や低い唸り声ばかり。言葉による会話にはならないのがはっきりと分かる。
「見てもらった通りだ。彼らは本能で動く。共通語である星語を話す個体は極めて稀だ。――俗に言う上位種となれば、まれに意思疎通ができるものもいるがな」
「はいはいはい!」ノアが手をぶんぶん振る。「でもゴブリンとかオーク、それにサハギンやリザードマンは言葉通じますよね? 学校で習いました!」
ギルバートが指を鳴らす。砂からゴブリンやオークの像がせり上がった。「ゲギャギャギャ!」「ゴフフフ……!」卑しい笑い声が響き、その姿は獣よりも人間に近く、瞳にかすかな光が宿っている。
「良い質問だ。彼らは正式には“モンスター”ではなく、“亜人族”に分類される」
「基本的には女神をも信仰しない“無神制”――力による序列が支配する種族だ。ただしリザードマン等の種族は“竜”を信仰する例もある」
「……じゃあ、森で会っても必ず敵ってわけじゃないんだ?」
ノアが思わず前のめりになる。
森の風景が展開する。独りの男性フィギュアが迷い込んだ瞬間、ゴブリンの群れが襲いかかる。「ギャギャギャ!」と下品な笑いを上げ、彼を取り押さえ、衣服や装備を乱暴に剥ぎ取っていく。刃が背中に突き立てられようとしたその瞬間――ザラリ、と音を立て砂像は崩れ落ちた。
「うむ。だが基本的には攻撃的で野蛮な種が多いのもまた事実。突然刃を向けられることもある。油断はするでないぞ」
私は思わず顔をしかめた。やっぱりこの世界でもゴブリンやオークは野蛮な種族らしい。特に私みたいな美少女やマルシス先生のようなエルフは真っ先に狙われる……そう直感的に理解してしまう。いや、なんでこういう余計な知識だけ鮮明に覚えてるんだ、私。
ギルバートがこちらを向いた。
「二人は魔獣と戦ったことはあるか?」
私は村での出来事を思い出す。紅魔熊や岩犀……あれ? 意外と経験は少ない。村には魔獣は出ないし、近場に現れても防衛団が片付けていた。セリノスの森も立ち入り禁止だった。どちらかといえば――。
「魔族のほうがいっぱい戦いました」「だねっ!」
またも賢者が大笑いする。「そんな子供は世界中探してもお前たちくらいだ!」
「なるほど。魔獣との戦いはまだ初心者ということだな。よし、種族ごとの戦い方を簡単に伝授しよう」
杖が再び振るわれる。砂の舞台は鬱蒼とした密林へと変わった。そこから姿を現すのは、豹型の魔獣――ファングライガー。
低いグルルルとした唸りが地を震わせ、鋭い牙が光を弾く。今にも飛びかかりそうな迫力。思わず私とノアは本物と錯覚し、身構えてしまった。
「このような獣種は、戦士や剣士が相性がよい」
砂から剣士の像がせり上がり、等身大の剣聖アデルへと変わった。キンッ、と砂の剣が光り、ファングライガーの首を一閃。さらに心臓を突くと獣は砂となり消え去った。そして――こちらを振り返り、髪をかき上げキザに笑みを浮かべる。
(いや、そこまで再現しなくていいから!)
次に舞台は廃墟――崩れた古城の景色に変わる。ガラガラ……と音を立て、骸骨兵士の群れが地面からせり上がった。赤い光が眼に灯り、一斉に剣を振りかざす。
砂アデルが迎え撃ち、華麗に斬り倒していく。だが砕けた骨はすぐに再生し、何度でも立ち上がる。「カラカラカラ……」砂粒が楽器のように鳴り響き、骸の数はむしろ増えていくかのようだった。
その時――轟音と共に炎の奔流が骸骨兵をまとめて焼き尽くした。現れたのは熱を帯びた杖を掲げる砂マルシス。しかも口元には、なぜかケーキの一切れ。
(砂人間が砂スイーツを食べてる…… じゃなくて、無駄な本人再現度いりませんって!)
ギルバートは顎に手を当て、静かに補足する。
「このようにアンデッドは、ただ斬るだけでは再生してしまう。炎や光の魔法が最も有効だ。もし剣で挑むなら、ただの一撃ではなく“魔剣技”のような魔力を帯びた斬撃を用いるのが有効である」
その後もギルバートは種族ごとの特徴と対処法を次々と示していった。スライム種には「核を狙え」。岩のように硬い甲殻種には「防御が極端に高い、ゆえに関節の隙間を突け」
舞台に現れる砂の魔獣たちは例示にすぎないと分かっていても迫力があり、聞く側の理解を強く助けていた。
ギルバートが杖を軽く打ち鳴らす。ザラリと音を立てて舞台全体が崩れ、砂はただの大壺へと収まっていった。
「――よいか?」
賢者の声音が場を引き締める。
「闇雲に力にまかせて戦うのではなく、相手ごとに策を講じること――これこそが最初の心得だ」
中庭に再び静寂が訪れる。私もノアも、思わず大きく息をのんだ。
たしかに強力な魔獣も多い。けれど今教わったように正しい対処を選べば、魔族や竜族ほどの脅威ではないのかもしれない。ノアも「魔獣なら、なんとかなりそうだね」と小さく笑い、同じ結論に至ったようだった。
ギルバートは一呼吸おいて、瞳を細めた。
「……大抵はそうだ。だが、全てではない。魔族や竜族と並び立つ“災厄級の魔獣”が、この星には存在する」
その声音はどこか遠くを見つめるようで――次の瞬間、古き文献の頁が静かに開かれていった。
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