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第95話 本音と建て前と計算と

 長い廊下を、重厚な足音が二つ並んで響いていた。

 ジファードとベネリウス。会議の余韻を背に、静かに歩みを進める。


 ジファードが横目を向け、低く問いかける。

 爬虫類特有の冷ややかで獰猛どうもうな光を帯びた瞳――だがそこには、星教皇への忠誠が深く刻まれていた。


「──ときに、星教皇。よく賢者の禁忌領域への立ち入りを……あっさり許可しましたな」


 その言葉に、ベネリウスはふっと鼻で笑い、「ハッ」と短く吐き出した。

 愉快とも呆れともつかぬその響きは、彼が滅多に人前で見せぬ人間味の表れでもあった。


「あやつめ、わざわざ“聖墓まで迎えに来た”などと調子の良いことを言っておったが……」


 口調にはしたたかさが滲む。


「実際には、事前に“会議で大立ち回りをする”と伝えてきていたのだ」


 外套の裾を揺らしながら、ベネリウスはゆるやかに首を振る。


「……もっとも、竜神ゼダの力なくしては対策のしようがない。そこは私も同意見であったがな」


 ジファードは少しだけ立ち止まり、目を閉じて考え込んだ。


「……だが、“ただ鍵を寄越せ”と言っても、あのガンコな連中が素直に従うはずがない」


 その言葉に、ベネリウスはわずかに笑みを浮かべ、ゆるやかに頷いた。


「そういうことだ。だからこそ……私がやむを得ず、”許可せざるを得ない雰囲気をつくってやった”という訳だ」


 語りながら、その目には冷徹さと同時に、どこかしたたかな満足の色が浮かんでいた。会議場では決して見せぬ本音──それを打ち明けられるのは、ジファードだからこそであった。


 ベネリウスは歩みを緩め、ちらりと横目でジファードを見やる。


「ジファードよ……お前も、聖墓に入る前にギルバートに何か頼まれたのではないか?」


 問いかけに、銀白の騎士はわずかに肩を揺らし、視線を落とした。


「……実を言うと、双子の姉弟の剣の指導にあたってくれと頼まれました」


 ベネリウスの眉がわずかに動く。


「ほう……それで、引き受けるのか?」


 ジファードは迷いなく首を横に振り、静かに言った。


「断りました。私の剣は貴方を守るためにあるゆえ」


 その声音は、揺るぎのない決意そのものだった。

 ベネリウスは短く息を吐き、わずかに目を細める。

 その表情には、教皇としての威厳ではなく、ひとりの人間としてのわずかな安堵がにじんでいた。


 ジファードの答えに、ベネリウスはしばし黙して歩を進めた。


 やがて、低く「くくく……」と喉の奥で嗤う。


「そうなると──ギルバートめ、もう一立ち回りしている頃であろうて」


 愉快とも達観ともつかぬ声音。

 星教皇の瞳には、策を見通す者の鋭さが同居していた。




 会議場を出てすぐの大広間。


「待たれよ、賢者ギルバート!」


 高い天井に声が反響し、ざわりと空気が揺れる。

 教会関係者や侍従たちが足を止め、思わずその声の主へと視線を向けた。


 呼び止めたのは、レグナント帝国のザルカス特使。

 その背後には、二人の従者が控えている。


 ギルバートはゆっくりと足を止め、静かに振り返った。

 その穏やかな眼差しには動揺の色はなく、むしろ相手を真正面から受け止める覚悟が宿っていた。


 隣にいたアデルは、肩をすくめて「やれやれ」といった表情を浮かべる。

 その仕草には、帝国のやり口にうんざりしている気配と同時に、

 ──どうせギル様なら切り抜けるだろう、という確信めいた余裕も漂っていた。


「ふん……今回は教会という大国の後ろ盾もあり、うまくまとめましたな」


 嫌味な声が背後から響いた。

 振り返ったギルバートの視線の先で、帝国の特使ザルカスが冷笑を浮かべながら歩み寄ってくる。


「だが忘れないでいただきたい」


 足を止め、彼は鼻で笑う。


「先日送り付けた書状にも記したが……あなたが軽視した帝国の勇者候補──【神言のアナスタシア】」


 その名を口にすると、場の空気がわずかに揺らいだ。


「彼女もまた、そなたに並ぶ“三属性持ち”の最高戦力だ!あなたの弟子ごときが、及ぶはずも──」



 ギルバートは静かに一歩前へ進み、冷ややかな声で遮った。


「……軽視したのは、貴様らレグナント帝国だ」


 その声音には怒気がこもり、大広間の空気がぴしりと張りつめる。


「無属性であるがゆえに、何も成しえぬと──代表者たちの前で、あの娘を侮辱したな」


 さらに一歩踏み込み、鋭い視線で特使を射抜く。


「だが──その見る目のなさを、すぐに後悔することになるであろう。我らが双子こそが、この戦乱における最高戦力だ!」



「な、何を……貴様──っ!」


 ザルカスの顔がひきつり、声が裏返る。


 ギルバートは真っ直ぐに相手を射抜くように言い放った。


「“刀神のカナリア”は、必ずやこの戦乱の要となる。その可能性すら見抜けぬ帝国に──“賢者”の名など、譲るつもりはない」


 帝国特使ザルカスの顔はみるみる強張り、従者たちですら息を呑む。

 広間全体が凍りつくような静寂に包まれた。


 だがギルバートは微動だにせず、むしろ落ち着いた声音に戻して続けた。


「だが、ザルカス特使。そなたがこうして派遣されたということは──帝国において、そなたが実力者であると同時に、確かな権力も持ち合わせているということだろう」



 ザルカスが指をパチンと鳴らすと、従者のひとりが懐から記録晶を取り出し、光を投影する。


「当然だ。会議の場でも言った──我が一声で何万の兵を動かせるのだ!」


 壮大な楽曲が流れ、帝都の大演習場の光景が広間に浮かび上がる。

 ザルカスの号令と同時に、整然と並ぶ兵士たちが一斉に剣を掲げ、敬礼を示す。


 傲慢な笑みを浮かべるザルカスは、さらに胸を張った。


「軍事力だけではない。私は帝国の最高機関──帝国評議会にも太い繋がりを持っているのだ!」


 別の記録晶には、評議会の重鎮たちと会食する彼の姿が投影される。

 従者がタイミングよく「流石です!ザルカス殿」と頭を垂れた。


「どうだ。私は口だけの男ではないのだ」


 ギルバートは一瞬言葉を切り、静かに口元をゆがめた。

「……では、ザルカス特使。そなたに、ひとつ頼みを聞けるか?」


 ザルカスが思わず眉をひそめた、その直後。


「いや……そなたには到底できまいな」


 ザルカスは少しいら立ち、急かすように言い放った。


「もったいぶっている場合ではあるまい。早く言え! 私に“不可能”など存在せんのだ!」


「……では、帝国のとある人物を、我が領地に召喚することはできるか? もちろん、来賓扱いだ。不当な扱いはしない。自由も約束しよう」


「何を言うかと思えばそれくらい、この私には容易いことだ」


 ザルカスは冷静に言い切る。


「だが成功した暁には──あの賢者ギルバートが、私の名をしたためた感謝の書状を皇帝陛下へ届けることになる。必ず、だ」


 言葉の端に、傲慢と計算が滲む。

 しかしギルバートは動じず、静かに相手の宣言を受け止めた。


「分かった。賢者の名において、約束しよう」


 ザルカスは口元をほころばせ、愉悦を隠そうともせず言い放った。


「……言質は取ったぞ。詳細は追って連絡せよ」


 満足げに頷くと、ザルカスは従者二人を従えて踵を返す。

 高らかな足音が大広間に響き、帝国特使の一行はゆるやかに去っていった。



「……まったく、やかましい連中でしたね。では私達もそろそろ──」


 アデルが肩をすくめるように呟いた、そのとき。


「アデル様!」


 澄んだ声とともに、修道女たちの列から黒髪の清楚な美女が一歩、勢いよく飛び出した。

 純白の聖衣をまとい、光を受けて輝きながら、そのまま真っ直ぐにアデルの胸へと飛び込んだ。


「うおっ……!」反射的に抱きとめたアデルは、少しだけ目を丸くする。


「──ミーティア……聖女殿?」


 神聖な気配に包まれた彼女の登場に、周囲の空気が一瞬で凛と引き締まる。

 修道女たちは口元をそっと覆いながら、互いに小声で囁き合っていた。


「……剣聖様と聖女様、お似合いですわ」──そんな声音が、かすかに漏れ聞こえてくる。


 聖女の肩先には、青く輝く小さな水の精霊が一匹、光を引きながら漂っている。

 まるで聖女の歩みに寄り添い、その清廉さを映し出すかのようだった。


「アデル様、こちらに来ているなら、連絡をくださればよかったのに」


 瞳を輝かせる彼女の声は、熱を帯びていた。

 そのままアデルの胸元に顔をうずめ、離れまいとするように身を寄せる。


 しかし当のアデル本人は──


「いやー、すぐ帰る予定だったからな。アハハ……」


 と、視線を外し少しめんどくさそうに笑ってみせる。


 ギルバートは二人を見やり、ゆるやかに言った。


「さて、アデル。私は一足先に帰るとする。……お前は婚約者とゆっくり過ごしてから戻るとよい」


「……っ」


 ミーティアが頬を赤らめ、そっと目を伏せる。

 そんな彼女は賢者ギルバートを見ながら、ふと口を開いた。


「ギルバート様、なにか……嬉しそうなお顔をしていらっしゃいますね」


 賢者は軽く目を細めた。


「実は明日は、私にとって初めての勇者候補への授業がありましてな……優秀な子たちゆえ、楽しみなのです」


 二人を残し、ギルバートは大広間を抜け、月光の差し込むバルコニーへと歩を進める。

 夜風が吹き込み、衣の裾を揺らした。次の瞬間、風の魔力がふわりと渦を巻き、賢者の身体をフワリと宙へと持ち上げていく。


「……今日のこと、いったいどこから、どこまでが計算だったんですか」


 アデルがため息交じりに問いかける。


 空中で振り返った賢者は、夜空に浮かぶ星明かりを背にして、わずかに笑みを浮かべた。


「賢くなければ務まらぬのだよ──賢者はな」


 その声を残し、彼の姿はセレスティア聖教国の夜空に瞬く星々の間へと溶けていった。

 風に舞う衣の裾が、しばし夜空にたなびく。


 見上げる剣聖アデルと聖女ミーティアの瞳に、賢者の残光が淡く映っていた。

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