第94話 四大種族による魔族対策会議 ~大人たちの口喧嘩③ 禁忌領域と会議終了~
星教皇ベネリウス・セレヴァンが、ゆるやかに両手を掲げ、
聖火の揺らぎすら鎮めるように語りかけた。
「……ジファード、それくらいにせよ」
その声に、銀白の騎士は即座に従った。
ジファードは無言のまま、片膝をつき──素直に頭を垂れる。
まるで、自らの“刃”としての役割を終えたことを示すかのように。
ベネリウスはその姿を見届け、そして、静かにザルカス特使へと視線を向けた。
「帝国の主張は理解した。しかし──今は、教会の在り方を説く場ではあるまい」
その言葉は、帝国への矛ではなく、正しく“秩序”として場に響く。
ステンドグラスを透かす光が淡く揺れ、会議堂全体に柔らかな色彩を落とした。
「各国の置かれている立場は、私にも痛い程分かっている。だが、ギルバートの“同時開催案”についても、諸君らは納得の上で開催に踏み切ったはず、そうであろう?」
場の空気がわずかに揺らぐ。
反論を飲み込むように眉をひそめる者、思わずうつむく者──誰もが、教皇の言葉の重みを否応なく受け止めていた。
「故に、賢者一人に責任を押しつけるような態度は、あまりに稚拙だ」
星教皇の言葉には、誰れもが納得してしまう──それが、この場の“真理”だった。
「重要なのは、“共通の敵”魔族を、これからいかに対処するか。そのための会議であろうて」
「……確かに」と静かに頷く者もいれば、未練がましく舌打ちをする者もいた。
だが、その直後──冷静にして鋭い問いが投げかけられる。
「それについては……一番重要なことが、見落とされておるのではないか?」
静寂を破ったのは、理を重んじるエルフ族のブルーデンス特使だった。
「魔族の“侵攻目的”すら不明のままだ。奴らが何を欲しているのか、どこを狙っているのか──」
その言葉に、会議の間に再び沈黙が走る。その問いは装飾のない直言であり、対魔族の対策の本質、ひいては真理に迫るものだった。
賢者ギルバート・ピアソン。空中庭園を治める知の守護者が、ゆっくりと口を開く。
「……その通り。今いちばん必要なのは、“情報”なのです」
賢者の声は決して大声ではない。
だが、その声音には──奇妙な静寂と確信、そして深く沈んだ覚悟があった。
幾星霜の知と戦を積み重ねた者にしか持ちえぬ、重み。
「今日、諸君をこの場に招いたのは、ただ各国の状況報告を共有するためだけではない」
ギルバートは、卓上に手を添えたまま、会議全体を見渡す。
「この場にいるすべての代表たちに、“宣言”と“覚悟”を示すためでもある」
瞬間、空気が変わる。
誰もが直感していた。
──このあとの言葉が、とんでもない提案であることを。
一同が身構え、息を殺す。
会議堂の奥で、聖火がぱちりと弾けた。
ギルバートの目が、すべての者を射抜くように強くなる。
「……我々は、封印されし竜の禁忌領域《星牢》に踏み込む必要がある」
その発言に、会場がざわついた。
聖なる場で唱えられた禁断の言葉に、高くそびえる天蓋が微かに軋む。
日光が鈍色に揺らぎ、星の加護すら“拒絶”を示すかのような震えが広がっていた。
まるで、そこにあるすべての存在が、その言葉を否定しようとしているかのように。
「な、なんだと……! 何を言っている、本気か、ギルバート殿!」
最初に叫んだのは、ローネアン連合のレナード王子だった。
椅子をなぎ倒し、怒りと焦燥が入り混じった顔で拳を握りしめる。
その指先からは、白くなるほど力がこもり、爪が皮膚をえぐらんばかりだった。
「竜神ゼダと……取引など……! 必ず見返りを求められますぞ!」
レナード王子に続き、ガイアス獣王国のライカ特使も立ち上がる。
その双眸には警戒と恐怖、そして抑えきれぬ焦りが宿っていた。
獣耳がぴくりと動き、獣の本能が危険を察知するかのように、震える魔力がにじみ出る。
「たとえ魔族を一時退けようとも、今度は竜族と戦争をするつもりか!?」
「……諸君、落ち着くのだ」
星教皇の一声に、一同は感情に支配されかけた空気を引き戻した。
聖堂の聖火が、再び穏やかに揺らめく。
ベネリウス・セレヴァンは──目を閉じ、思索の深みに沈み込む。
やがて瞼を上げ、厳かに言葉を紡いだ。
「……たしかに。《全知なるゼダ》がこの星の真実を映すのならば……知るべきも必ずや手に入るであろう」
静かに吐き出されたその言葉に、場がふたたび張り詰める。
「だが、“代償を払い”禁忌を犯してまで得た情報が……果たして“救い”となるのか。それとも新たな犠牲を呼び込むのか。未来とは、“今”の犠牲の上に築くべきではないと……私は、信じたいのだ」
その声音には、ただの感情ではない重みがあった。
生命を紡ぐ者の祈りと、信仰を背負う者の迷い。
しかし、ギルバートの声には一切の揺らぎはしない。
「……それでも、必要なのです」
ギルバートは立ち上がり、ゆっくりと椅子を後ろに押しのけた。
衣擦れの音さえ、厳かに響く。
その背には数多の戦場を渡り、未来を見続けてきた者だけが持つ“覚悟”があった。
「今回の侵攻には、あまりにも多くの謎がある」
声は冷静だが、その奥底に燃えるような焦燥が潜んでいた。
「意図の見えない侵略。……そして、本来あるべき魔王の影すら見えない。不自然すぎるのです」
ざわめきが広がる。
「いつ、“魔神”という未知の存在が動き出したのか」
「どうして、“人魔結界”が崩れたのか」
「なぜ、女神の大陸侵攻に至ったのか」
ギルバートの視線が、全代表を貫くように走る。
「竜族との取引を躊躇う気持ちはわかる。……だが、守るべき女神の大陸を失ってからでは遅いのだ」
短い沈黙を挟み、彼はさらに踏み込む。
「それを知るためなら──私の命を払ってでもかまわない」
その瞬間、聖堂全体に、冷たくも荘厳な孤独が広がった。
あの賢者ギルバートが、ひとりその身に全てを背負って立っている。
怒号も反論も、誰の口からも発せられない。
全員が、誰もが敬う賢者の言葉に込められた“重さ”を、ひしひしと理解していた。
やがて、星教皇ベネリウスが静かに頷いた。
「……よかろう。わたしは賢者の覚悟を受け取った。人族の鍵の使用を、認めよう」
その言葉に、場内がどよめきに包まれる。
だがすぐに、聖堂の空気は吸い込まれるように沈黙へと戻った。
ベネリウスは目を開け、ゆるやかに周囲を見渡す。
「各国の“人の民”の代表たちよ。異論はあるか?」
ローネアンの王子レナードが、苦渋をにじませながら口を開く。
「……此度の侵略でローネアンは何処よりも酷い被害をだした……この選択により被害を抑えられるというのなら、我らも従いましょう」
ギリス王アルベリク十一世は、何も言わず、ただ重々しく頷いた。
その沈黙には、同意と同時に“覚悟”が滲んでいる。
しばしの間を置き、帝国の特使ザルカスがわずかに肩をすくめる。
「……反対したところで、票の数では我が国に勝ち目はなさそうですね。ならば異議は唱えませんよ」
言葉の裏には、冷たい皮肉が滲んでいた。
アデルが小さく「ふん」と鼻を鳴らしたが、ギルバートは片手を軽く上げて制した。
ベネリウスが、再び静かに口を開く。
「……ギルバートよ。分かっているとは思うが──禁忌領域《星牢》は、四大種族すべての“鍵”が揃わなければ立ち入ることはできぬ」
会場の空気が再び張り詰める。
ただの禁域ではない、種族の命運と信義が絡む“絶対の掟”。
ギルバートはゆっくりと視線を巡らせた。
エルフ。ドワーフ。そしてビースター。
三種族の代表者たちの顔を、ひとりひとり確かめるように。
ガイアス獣王国のライカ特使が口を開いた。
「……人族の“鍵”、か」
低く、しかし澄んだ声で呟くと、彼女はその場にいる人族すべてを見渡した。
「アンタら人間は、“女神の民”代表として、世界を導いてきた──我々の教本にも、そう書かれている」
そこで、ライカはわずかに牙をのぞかせる。
「だが、現実はどうだ? エルフは奴隷市場で売買され、獣人の子は見世物として扱われ、ドワーフは“安価で便利な労働力”にされている」
声は決して荒げられていなかった。だが、冷ややかな事実の列挙は、刃のように場を刺し貫く。
「──それを行ってきたのは、紛れもなく“人”だ」
堂内がざわめく。だが、彼女はまったく動じなかった。
「我々は知っている。人は、内部でさえひとつにまとまることができない。階級で差別し、同族で争い──魔族との戦いの最中でさえ、互いに足を引っ張り合う」
獣耳をわずかに揺らしながら、彼女は静かに告げる。
「……そんな人族に、我々が“鍵”を託すとでも?」
凛とした瞳が、ギルバートをまっすぐに射抜いた。
その視線には、怒りよりも“確かな問い”が宿っていた。
「望むならば、我が国の“王”に直接会い、願い出るがいい。少なくとも、我々ビースターは“口約束”だけでは動かない」
場が再び沈黙する。
人族の代表たちが言葉を失う中、ギルバートだけがその瞳を正面から受け止めていた。
やがて、ドワーフ特使マイザードが、岩のように低く唸る声を響かせた。
「……まったくだ。自分たちの理屈で押し通せることでもあるまい。我らが与える“鍵”とは、信用に値するものの証だ。受け取るには、相応の誠意と……それを担う“器”が必要だろうよ」
さらに、エルフの特使ブルーデンスも頷き、澄んだ声で続ける。
「神の聖印をもつ姉弟には、対魔族の戦力としての価値があるのは否定はしない。勇者候補自身が、我らの王に会いに来るというのなら──耳を傾けることもあるだろう」
全ての視線が、再びギルバートに集まった。
彼はゆるやかに立ち上がり、堂内を見渡す。
「……相わかった。我ら人族の未熟を認めよう。だが同時に──信頼を得る努力を怠らぬことを、ここに誓う」
その瞳は、燃えるような覚悟と責任で揺るぎなく輝いていた。
「成長したカナリアとノア……我が教え子たちと共に。必ずや、各国の王のもとへと直接参上しよう」
その言葉を最後に──祝福の大聖堂に、静かに聖鐘の音が鳴り渡った。
星教皇が手を掲げ、聖鐘の音が静まり、長き会議は終結した。
長い廊下に、重厚な足音が二つ並んで響く。
大英雄ジファードと──星教皇ベネリウス・セレヴァン。
厳粛な空気を背にしながら、教皇はわずかに口元をゆるめる。
「……さて、ジファード。これで表向きは“整った”と言えるだろう。
ギルバートめ……うまくやりおったな」
その声音は、先ほどまで聖堂で響かせていた神聖なものとは違っていた。
ベネリウスは、忠実なる銀白の騎士にだけ、会議の裏側を語り始める。
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